第53話 最後は姉として
どうしてこんな結末を迎えてしまったのか。
炎や追っ手から逃れる為に走りながら、幸せの絶頂だった、結婚式の当日を思い出していた。
「とても素敵な式でしたね。でも、まだ終わりではありませんよ。お召し替えをいたしましょう」
侍女達の手を借りながら、城の奥へと誘導されていた。
真っ白いドレスに包まれて、未だ夢見心地な気分だ。
「今日は、広場にも多くの人が集まっていますね」
ポーッとしてばかりではいられない。
緊張感を持とうと、気を引き締めながら尋ねていた。
大聖堂から移動する際に、多くの人の波が見えたのが気になった。
西側の広場にたくさんの人が集まっており、王都中の人が集まっているのではないかと言ったほどだ。
殺気立ったようなピリピリとした興奮に包まれているように感じられたから、不思議だった。
「みな、アリーヤ様を祝福しているのですよ」
そんな風には見えなかったけど、侍女がそう言うのならそうなのだろう。
「あの黒い服を着た人は?」
今度はなんだか物々しい集団が、城の敷地内である窓の向こう側を歩いていた。
「アリーヤ様が気にする必要はありません。さぁ、急ぎましょう」
「それもそうですね」
私に関係の無い事に意識を向けるよりも、今は早く支度を整えて次の場所へ移動しなければ。
バージルが一生に一度のことだからと、せっかく素敵なドレスを用意してくれたのだ。
後で、東側の広場で民衆に向けてのお披露目がある。
そのための着替えを行わなければ、見苦しい姿を見せてしまっては、バージルに迷惑をかけてしまう。
優しい彼のことだから、少しくらいの失敗は笑って許してくれるのだろうけど。
それと、式が終わってから、バージルにはちゃんと話さなければと思っていた。
私の魔法は、誰かのものだと。
言いにくい事を先延ばしにしてしまったけど、夫婦となったのだから、もう隠し事は嫌だ。
この国で雇われている一族の生き残りにも会わせてもらえることだし、誰か、両親のことを知っている人がいればいいな。
そう言えばイリーナはどうしたのかしら。
あの子、結局式場には来てくれなかった。
人の多さにビックリしちゃったのかもね。
また手紙を書けばいいか。
きっと、近くにはいてくれているはずだから。
それから、忙しくも夢のような三日間はあっという間に過ぎ、その三日目の朝。
王都では珍しく、滝のような大雨が降っていた。
その勢いに、気が滅入る。
私達の幸せに、
バージルが聖女様と婚約させられたのは、国王である父が帝国縁者の怒りを買ったせいで、他国から付け込まれないためにも、その婚約をしなければならなかったと、ため息混じりに言っていた。
バージルの苦しみを解放してあげられて良かったと、そこまで思った時だった。
「やっぱり、エルナト様を処刑したせいで……」
誰かの呟きが耳に飛び込んできた。
それを言ったのは、まだ年若い侍女のようだ。
その子の教育係なのか、少し年配の侍女が私に謝ってきた。
余計な事を言ったと、若い侍女に叱責している。
「エルナト様を、処刑した?」
でも、私がその子に直接尋ねていた。
その事実を聞かされ、バージルの元まで走る。
どういうことだと、詰め寄っていた。
私が聖女と呼ばれ、偽聖女としてエルナト様が処刑された。
終わってしまったその事に、体が震えていた。
バージルに、私の魔法は誰かのもので、能力で借りたものなのだと話した。
だから、聖女などではないと。
少しだけ驚いた顔を見せたけど、それでもバージルの態度は落ち着いたもので、それから先は、私の一方的な詰問になっていた。
どれだけ私が感情的になったところで、何もかもが後の祭りだった。
あの日から、坂道を転げ落ちるような日々だった。
今ですらせっかくイリーナと再会できたのに、王都の至る所からすでに火の手が上がっており、この城も間も無く危険な場所となる。
エンリケの後について行ったあの子を追いかけるべきか迷っていた。
「アリーヤ、早く。こっちだ」
バージルが私に手を差し出してくる。
彼の手と顔を見つめて、心を決めた。
「私はイリーナを探します。どうか先にお逃げください」
やはり、エンリケと何処かへ向かったイリーナが心配だった。
今あの子と別れたら、もう会えない。
「君がいれば、聖女はまた擁立できる。それに、私の妻として相応しい聖女は、君しかいないんだ。アリーヤ、君を失ってしまっては」
目の前で喋るバージルの言葉が頭に入ってこなかった。
「イリーナを見捨てることなどできません」
聖女などと、そんなことよりも血を分けた家族の方が大事だ。
「わかった。囮を立てて時間を稼ぐから、西門で合流しよう。そこから先は、地下道を使う」
王家の紋章が入った外套を持って、彼は走っていく。
それが、バージルと話した最後の時間となった。
私の周りに、親しい人は誰一人として居なくなった。
混沌とした城の中でイリーナの姿を探していると、バージルの最期の姿を、離れた場所で見ることとなった。
何本もの槍に貫かれ殺された彼を、助けることができなかった。
重たい鉛を詰め込まれたかのように、足が動かなかったけど、同胞に促され、なんとかその場から離れる。
国王夫妻も殺された。
王都が炎に呑まれかけ、逃げ惑う民衆を救うこともできないのかと嘆きかけた時、奇跡のような雨が降り注いだ。
あれだけ人々を脅かした雨が、最後に救いを齎したのだ。
その雨の恩恵にあやかりながら、私達は無事に王都の外へと逃げることができた。
その後、ロズワンド王国は地図上から消えた。
周辺国に吸収される結果となった。
「聖女様、ありがとうございます」
それを言われるたびに、“お前はニセモノなのにな”、誰かが頭の中で囁く。
壮年の男性がペコペコと頭を下げながら去って行った。
私は無力で、逃げ延びた先にいた人達に、魔法を使ってあげることしかできない。
先程、祖母と孫の二人連れを見かけた。
孫の方は足が不自由な様子だった。
だから治療しようと声をかけると、
「エルナト様を死に追いやった人の施しは受けない。僕は、自力で神聖魔法を覚えてみせる」
そんな冷たい響きの言葉を投げつけられると、私のことを睨みつけながら去って行った。
やはり、中には私のことを恨んでいる民もいるのかと、その現実を突きつけられた出来事だった。
確かに、人々からいくら感謝されても、それは私の力ではない。
エルナト様の力を奪って、その功績を利用しているだけだ。
エンリケが言った通り、都合が悪いからと目を逸らし続けていたのは、エルナト様から魔法を奪ったこともだ。
薄々、そんな気もしていた。
もう、返すことは永久に叶わない。
これからも、死人のように偽りの聖女を演じ続けていくしかないのだ。
例え、偽物で、盗人だとしても。
私が犯してしまった罪は、そう言うことなのだ。
私と逃げてきた同胞の仲間達は、私を中心として新たな国を興すことを計画している。
アースノルト大陸に渡り、今度こそ聖女の力を奪うと話している。
そんな話をボーっと聞きながら、イリーナと過ごした村に帰りたいと思っていた。
今はもう無い、あの村に。
結局、あの子とまた生き別れてしまった。
でも、イリーナの姿を帝国で見たと同胞から聞いた。
希望を抱いて、あの子に会うためだけに、同胞について行く。
原初の民がこれだけ集まっているのだ。
あの子に会う事くらいはできるはずだ。
そのためならば、聖女として振る舞ってもいい。
自分達の国を築いて、静かに暮らすことだってできる。
たとえあの子が私に怒っているのだとしても、最後は姉としてあの子の生活を守りたい。
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