第17話 殴る理由
「んで、聞きたいことって?」
「さっきの除霊方法なんですけど、あれって普通じゃないですよね」
家に帰ってベッドに腰掛けた僕は、机の前で床に座り込んだ茜さんに対して質問を投げかけた。
先程見た幽霊を殴り倒し、馬乗りになってタコ殴りにする行為。あれが正当な除霊方法なのかどうなのかということを。
僕には一般的な除霊方法だとは到底思えなかった。ただもしかしたら僕の知識不足というか認識違いで、世の中の除霊師が人知れずあのような行動をしている可能性もなくはない。
「一般的とも言えるし、違うとも言える」
返ってきたのはなんとも曖昧な答えだった。だから更に僕は聞き募る。
「どういうことですか」
「俺が元々除霊する時に用いていたのはな、読経と説得だ。ほとんどこの二つで対処してた」
「どちらもやってないじゃないですか」
「考えてみろって、説得は意志のない相手に無意味だし、読経は駄目だろ」
「駄目?なんでですか」
「俺、幽霊。分かるだろ」
自らを指差す茜さん。少し考えるともしかして、という理由が頭に浮かんだ。
「まさか自分も除霊対象に入る……とか」
「そのまさかなんだなー。お経なんか唱えたら自分が昇天しちまう。現世にしがみつくなんて生前考えもしなかったんだが、こうして残っちまったら未練がな」
「未練、あるんですか」
「おっと野暮なことは聞くなよ」
苦笑いを浮かべるだけで、そこは詳しくは語ってくれないようだ。
「まっ、そんなわけでお経も使えないときた。じゃあどうすれば意志の無い幽霊の除霊ができるのか考えた結果、殴ってみるかって試してみたらこれがまあ正解だった」
「それじゃあ一般的じゃないってことですよね」
試してみたらということは初の試みだったのだろう。それなら一般的とは言えないはずだ。なのにどちらとも言えないというような言い方をしたのはなんだったのか。
納得がいかない僕に、茜さんからも質問が投げかけられる。
「祀理君って心霊番組とか見たことある?」
聞かれて思い返すと、夏の特番だったかでそんなテレビ番組を見た記憶があった。
妹の
そんな思い出でも愛おしく、茜さんに声を掛けられるまで僕は少し物思いに耽ってしまった。
「どうした?そんなに深く思い出さないといけないくらいなら、見たことなかったか」
「いえ、心霊番組ですよね。見たことありますよ」
「そうか。ならさ、その中で除霊とかしてるシーンはなかったか」
「………ありましたね」
確か女性霊媒師が数珠を手にお経を唱えたり、幽霊に語りかけたりしていたはず。
それをそのまま茜さんに伝えた。
「俺が昔やってたのもそれな。んでもういっこ確認。やってたのは本当にそれだけか?」
他になにかしていただろうか。より深く記憶を探ってみる。
「塩を振りかけたりとか」
「あぁ、そうする奴もいるな。だけどそれ以外でさ、語りかけながらとか語りかけた後にしてることあっただろ」
ほらほら、と何かを言わせたい様子の茜さん。どうやらそこに幽霊に対する暴力行為が一般的と言わしめるヒントがあるようだ。
今一度テレビで見た除霊の光景を、最初から思い浮かべてみよう。
家で怪奇現象が起きるという家主の元を訪れた番組クルーは、家屋内の数カ所に定点カメラを設置した。翌朝記録された映像を確認すると、深夜にドアや家具がひとりでに動き始め、オーブと呼ばれる光の玉が浮遊する映像が捉えられていた。そこで後日、女性の霊媒師が登場する。彼女が家の中で最も霊が執着しているという場所に座し読経を始めると、家主が突然声を荒げて除霊師を罵倒し暴れ始めた。すると除霊師のアシスタントたちが家主を抑えつけ、彼女たちは一斉にお経を唱和し「この者の身体から出て行け」などと語りかける。そしてその時―――。
「背中を叩いていた」
「そう、それ!」
正解を引き出せたことが嬉しいのか、指を鳴らして笑顔を浮かべた茜さんが饒舌に語りだす。
「憑りつかれた人を叩くってのはいくつか意味があってだな、まず生者の意識を呼び覚ます為。これは霊が意識を奪っている状態からの脱却を促すものだ。そして霊を身体から除去する為。除霊師なり霊媒師なり霊能力者なり、霊を見れてそれに干渉できる奴ってのはオーラとか霊力って呼ばれる力を知覚しているんだが、それを放出して被害者から霊を押し出すんだ。だからただ叩いているわけじゃないんだよ。勿論その霊力は俺も使えたんだけどな、自分が霊になったことでよりはっきりと使えるって感覚があったんだよ。んで手に力を溜めるイメージをしてみたら異能バトル漫画よろしく効果があってな、その状態で他の霊を殴ったら除霊できちまった。でも生きてる除霊師だって力づくみたいなもんだから、俺のやってることは一般的とも言えるし、違うとも言えるってことだ。理解したか?」
長ったらしい説明を頭の中で整理してみて、一応理解はした。
以前であれば信じずに嘘を吐くなと言っているところだが、いくら胡散臭くて非現実的でも幽霊が見えるようになった現在は頭ごなしに否定はできない。
世の中には非科学的なことがあると知ってしまったから。
「理解できました。ありがとうございます」
「おう。祀理君もなんなら霊が見えるんだし霊力を鍛えてみないか。教えてやるぞ」
「結構です」
怪しい勧誘を即座に断り、僕はベッドから腰を上げてキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けると、今日明日分に足る食材が残っていたので買い出しに行く必要はなさそうだった。
なので夕飯の準備を始めることにする。
準備と言ってもお米を炊くくらいのものだ。
凝った料理なんて作れないから、お米プラスなにかおかずと味噌汁があればいい。
おかずも切って焼くくらいの簡単な調理で済むもの、もしくはレトルト食品。味噌汁はお湯を掛けて完成する即席のもの。
こんな感じでお米以外はすぐにできるから、調理するのはお米が炊きあがってからでいい。
炊飯器の釜にお米を入れて砥ぎ、炊飯予約のボタンを押したら準備完了。
もう一度冷蔵庫を開けて飲み物をコップに注いで、部屋に戻る。
「勉強するので静かにしててくださいね」
お米を研いでいるときから茜さんが「なー、霊力の訓練しようぜ」などと、断ったというのに怪しい勧誘をずーっと続けてきていたので釘を刺してテーブル前に座る。
テーブル上に持って来たコップを置いて、通学用鞄から教科書とノートを取り出すとそれも並べた。
お米が炊き上がるまでは、短い時間でもできる今日の授業の復習に充てて、予習は夕食後にやる予定。
さあ復習を始めよう。
転校早々に起きてしまった問題も無事解決し、そこで浮かんだ疑問も解決したからか、この日の勉強は捗った。
パラダイス寿と呪われた僕 足袋旅 @nisannko
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