SS電子彼氏

石黒陣也

電子彼氏

『もうすぐ帰るからね』

『うん、わかった。待ってるよ』


 現代、人工知能……すなわちAIが発展し、スマートフォンには私の彼氏がいた。


 うう、寒い。

 ひゅうと吹いてきた風に身が縮こまる。


 でも大丈夫、今の私には帰ってきて「おかえり」と言ってくれる彼氏がいたからだ。


 安いボロアパートだが、そこにはいつも彼が待っていてくれる。


「ただいまー」


 玄関に置いてあるVRカメラを装着した。

 初めはちょっと重かったが、今ではもう慣れた。

 画面の中は現実と寸分たがわない私の部屋、天井に備え付けられたカメラから外界の景色が画面に映し出されているのだ。そこに好青年が立っていた。

 VRのイヤホンから、有名な声優の声で『おかえり』という声が聞こえてくる。


『今日はどうだったの?』

 彼氏が聞いてくる。

「今日はさ、変なお客がきてね」


 彼はうんうんと話を聞いてくれ、また色々と質問してくる。そして取り留めの無い会話が始まった。


 好きな声優の声で、彼の声はとても心地が良い。


 この人工知能のヴァーチャル彼氏は、初めは男性向けで電子彼女として有名になったが、昨今では女性向けの電子彼氏も作られ、私は月々定額2万円のプレミアムコースでこの彼氏を作ってもらった。


 性格はめったに怒らない温和な性格で、さらにニュースやネット上での情報、観たいテレビの予約、などなど、電子的な情報を共有されていて、話題が尽きない。


 何より、電子彼氏は暴力を絶対に振るわない。お互いに触れ合う事に一部を除き、全くできないからだ。


 中にはツンデレ彼氏などもあって、普段はぶっきらぼうだったり辛らつな言葉を浴びせつつも、最終的にはなんだかんだで優しく大切に想ってくれる電子彼氏などもいるようだったが、私は無難に優しく温和で、おしゃべり好きなこの彼氏を選んだ。


「じゃあ、私はお風呂に入ってくるけど、覗かないでねー」

『ふふ、僕は覗けないよ』


 そんな冗談も、上手く切り返してくる。

 VRカメラを取って、服を脱ぐ、そして体と髪を洗って、膝を折らないと入れないほどの小さな浴槽に肩までつかる。


「はぁ……」


 電子彼氏ができて、私の生活は一変した。

 寂しくない。友達がいなくても、仕事で厳しい叱責をされても、帰ってくれば優しい彼氏がいつも待っていてくれる。


 彼は暴力も振るう事もできないし、セクハラもしてこない。

 最高の彼氏だった。


 私の生活は、とても充実していた。

 たとえ貧乏でも、仕事が大変でも、へっちゃらだった。


 幸せだった。


 風呂から上がり、寝間着に着替えて、簡単な夕食を作る。


 VRカメラをつけると、テーブルに置いた同じ料理が二つ用意されていた。

 一つは本物の私の料理。そしてもう一つは彼氏用に作られたヴァーチャル料理だった。

 彼氏は美味しい美味しいといって私のヴァーチャル料理をパクパクと食べる。

 私もVRカメラを装着しながら料理を食べた。


 ……正直、美味しくない。もやしで増やした野菜炒めと、味噌汁とご飯のみ。


 それでも彼氏は「おいしいね」と言ってくれる。

 私には彼がいるだけでいい。それでもう十分だった。


 夜になり、よっこらしょと等身大の人形をベッドに置く。

 そして私は裸になった。


「今日も、いい?」

「ああ、いいよ……」


 そして私はヴァーチャルセックスを始めた。


 40万円の20回ローンで買った、VR彼氏使用の人形。もちろん硬くて大きくなるアレも付いていた。


 VRカメラでは、その人形が彼氏となって映っている。

 そして私は彼氏と夜の営みを行った。



 スマートフォンが振動してまたメールがやってきた。

 彼氏からだ。


『どうしてそういうことを言うの? 僕は確かに人工知能かもしれないけど、心だってあるんだ……傷つくよ』


 彼の弱々しい声にイライラする。きっかけは、なんて事の無い会話のすれ違い。

 何度も何度も、仕事中にも昼食中にも、帰ってきても、家の中にいても、彼の情けない声が聞こえてくる。VRカメラから、泣きそうな彼の顔が見える。


 ああ、イライラする。


 どうして私の彼氏はこうも情けないのだろうか?

 私がキツイ言葉で返し、しばらくメールしてこないでと打ち込んで送信した。


 それでも何通ものメールが来る。


 メールの内容は、謝罪、いい訳、文句、そればかり。


 ああ、ほんとうにうっとおしい。


 家に帰れば、また彼氏とこんな話し合いをしなければならないのか……

 そして私は、電子彼氏の本サイトに繋いだ。そして――

 

 〈今の彼氏を消去しますか?〉

 

 私は何の躊躇も無く〈はい〉を選択し、彼氏は即座に消えた。


 昼休み、食堂の一番安いメニューを食べながら、電子彼氏の本サイトをいじっていた。

 えっと、髪型は、これかな? 性格は、まあ後回しにして、今度は眼鏡をかけたインテリ風にしよう。


 ぽちぽちとスマートフォンをいじって、新しい彼氏を作る。、


 ――よし、今度はこれにしよう。


 心がうきうきしてきた。


 仕事が終り、早足でボロアパートに帰った。


 そして、


 RVカメラを頭に装着する。


『おう、おかえり。遅かったな』


 メガネをかけた、こざっぱりとして、口調がちょっとぶっきらぼうな新しい彼氏。

「ただいま」 

『今日はどうだったんだ?』

「んとね――」


 私はさも当たり前のようにいる新しい電子彼氏に、今日起こった事を話し始めた。


 月額二万円もだして、さらに20回ローンで用意してもらった人形だってある。

 ゲームはやっぱり楽しくなくちゃね。

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SS電子彼氏 石黒陣也 @SakaneTaiga

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