第2話

入学初日は午前放課だった。

俺はまるで餌を待たされていた犬のように素早く帰ろうとする。しかし、俺のその目論見は一瞬にして背後へ立つ女に阻まれた。


銀髪の少女に手を掴まれ引き留められる。

そんな嬉しいギャルゲのようなイベントは普通ドキッとしてしまうものだがこの女に関しては別の意味でドキッとしてしまう。


「どこ行くのかしら」


鈴原は俺の腕を掴んで俺の下校を阻止する。

この女、思ったより力が強い……!


仕方ないので俺は話し合いで説得することにした。

無論力で勝てないと思った訳では無い。

女に負けるわけがないだろう。


「我が家だよ」


「なんでよ」


なんでよがなんでよ。


「お前終業のチャイム聞こえなかったの?」


俺がそう言うと少し不機嫌そうな声で鈴原は返答する。


「聞こえてたわよ」


「じゃあまた明日わよ」


「ぶっ飛ばすわよ」


「ごめんわよ」


俺が鈴原を煽ると気に入らないというふうな顔をする。


「チッ」


「あ、舌打ちしたこいつ」


「あなた面接どうやって挑むつもりなの?」


鈴原は大きな溜息をついたあとに話を急に真面目な方向に変えた。とはいえそんなに厳しいのか面接。


「この学校入った時みたいに……?」


俺はそうとしか答えられなかった。


「ほんとに大丈夫なんでしょうね……」


「そんなに俺と一緒がいいのか」


「ええそうよ」


「ふっ」


その答えに少し嬉しくなってしまった。


「うわぁ……気持ち悪いから早く帰ってくれる?」


やっぱり嬉しくなってない。


「自分から呼び止めておいて酷くない!?」


俺を追い払うかのようにシッシッとやる鈴原に舌をべーっと出して帰った。


追い払うのだからお互い様ってやつだ。




「はぁ……落ちないように私がフォローしとかなきゃね」


俺は家の玄関を開けて一家の大黒柱代理の帰宅を家に知らせる。


「我、帰還す……って誰も居ないことはわかってるんですけどね」


返って来るはずもない返事を気にもせず、俺は制服を脱いで普段着であるジャージに着替える。

やはり家はジャージ。これに尽きる。


スマホに入っているAmezowprimeを付けてTVに繋ぐ。家に帰ってこれでアニメを観るのが俺の日課だ。


「……そう言えば鈴原とは妙に話しやすかったな」


アニメのopを見ながらそんな事を呟く。

あんな理由で学校決める、あのバカも相当なオタクなのだろう。


そして夕方。

アニメを見ながら料理をしてると椿が帰ってくる。


「たっだいま〜っ!」


椿はだいぶ元気に帰ってきた。

俺と同じで放課後はテンションが高い系の人種なのだ。さすが兄妹。


いや、でもこの子に関してはいつもテンション高いかも。


「おかえりー」


椿はバッグを置いてテレビに映るアニメを見て口を開く。


「お、お兄ちゃん! 私そのアニメ最終話まで観たよ」


「マジ? ネタバレやめてよね」


「あのねー、魔神タルタルがマヨネーズに溺れて死んだ」


意味がわからない。


「絶対嘘じゃん。誰だよ魔人タルタルって…これラブコメなんだけど」


俺のその切り返しを無視して椿は全く関係の無い質問をしてくる。


「ところで高校どうだったー?」


俺は椿は予想もしないだろうと思いながら答える。


「生徒会に入る事になった」


「アニメの見すぎでしょ〜。いくら現実から目を背けたいからって夢見すぎー」


椿は冗談きついわー、と言って食卓の椅子に座る。


「それは俺もそう思う」


俺が嘘をついていないということにやっと気づいた椿は少し驚いた顔をしてから不思議な顔に変わった。本当に表情豊かなやつだ。


「え、本当に入るの? 意味分かんないんですけど」


「俺が一番意味わかんねぇわ……ところで椿はクラス替えどーだったよ」


「ふつーふつー」


「普通が一番だ」


二人分の夕食を食卓に並べ、俺と椿はしょうもないアホ話をしながら食事に手を付ける。親は離婚して父は海外やら何やらで家には、ほとんど帰ってこないが毎月普通の学生が見ると頭が痛くなる程の大量のお金が銀行に振り込まれる。


そんな余裕があるなら帰ってきて家事のひとつやふたつくらい手伝って欲しいものだ。


「そう言えば…可愛い女の子いた?」


椿が俺にそう聞く。


これは毎年恒例の会話である。


「おう、いたいた。銀髪美少女がな」


俺は椿に鈴原の話を軽くする。


「うわぁー…いいなぁ。お兄ちゃんが絶対に関わる事のない人種を遠くから拝めて」


妹が軽く俺をディスりながら羨ましがる。


妹……いや、俺達兄妹は美男美女が好きなのだ。


「……と思うじゃん?」


「……えっ? 嘘でしょ?」


「そいつが俺の席の後ろの子で生徒会に誘われたんだよね」


椿はそれを聞いて椅子から立ち上がって俺に顔を近づけてきた。


「は!? まじでッ!? なんでお兄ちゃんなのッ!?」



有り得ないと言わんばかりの形相で、俺に差し迫って来る。


「前にいたから」


それを聞いた椿はポカーンと口をあける。


「え……それだけ?」


「うん、それだけ」


椿は先を越されなくて安心、と言った感じで一息ついた。なんか腹立つ。


「超可哀想なんですけど〜」


椿は安心したからなのか、俺を煽りながらケラケラと笑っていた。


「それな」


「でもまだ女の子の友達出来ただけマシだね」


そして謎のフォローを入れられる。

やめて、お兄ちゃんのライフはもうゼロよ。


「そういう椿はいたのか、イケメン」


「一人だけ居たけど私のタイプじゃなかったかな。ご馳走様でした」


「折角その神に愛されたような外見で生まれたんだからさ、男の1人や2人引っ掛けとけば? てかお前俺と腹違いだったりしない? ご馳走様でした」


俺と似ても似つかないこの妹は誰もが認める程の美人だが彼氏がいた事がない。俺の持論だが、美人ほど彼氏いなかったりするよね。うん。


「尻の軽い女だとは思われたくないからさ」


「あーなるほどね、純粋を装っていきたいってことね」


「はぁ!? 純粋なんですけど、まだピンクなんですけど!


「聞いてねぇわ!」


俺たちは皿を洗いながらそんな話をしていた。


その後、風呂に上がった椿は濡れた髪のまま俺の隣に座り、一緒にアニメを観る。


………………だが。


「……せめて髪乾かしてきてくんない?」


「髪長いからめんどい」


「その邪魔くせぇ濡れた髪が首にあたって気持ちわりぃんだよ!」


「じゃあお兄ちゃんが乾かせばいいじゃん」


そう言って椿は髪を振り回す。


濡れた髪は水分を周りに撒き散らして俺に不快感を与える。


「わかったわかったわかった! やってやるから振り回すのをやめろ!」


俺は視聴中だったアニメを止めて椿のうざいくらい長い髪をドライヤーで乾かす。


「俺ショートの子が好きだから髪切ってくんない?」


俺が長い髪を乾かすのがめんどくさいのをいい訳に自分の好みを提示する。正直別にショートだとかロングだとかはどうでも良くて似合えばそれで良いのじゃないかと思っている。


後でその話を椿にしたらそういうのが一番嫌だと言われた。

女の子難しい。


「ショート好きな男は童貞って言ってたよ」


「誰がだよ」


「魔法少女まいかちゃん」


「まじかロング派にならなきゃ」


そのくだらない会話の後、会話の話題が特に無くなった部屋にはしばらくドライヤーの音だけが響いていた。


「お兄ちゃん彼女出来たら連れてきてよね」


「絶対出来ないんだよなぁ……彼氏できたら連れてきてよね」


俺たち小鳥遊兄妹はまだお互い1度も恋人がいた事がない。


「多分作らないんだよなぁ……」


椿はそう言う。出来ないとかではなく作らないのだ、この女は。それが尚更腹が立つ。


「なんでよ」


「推しに貢ぐ金無くなるじゃん……」


「お前が貢いでるのは推しじゃなくてオタプレックスだぞ」


お兄ちゃんが二次オタの厳しい現実を妹に叩きつけてあげる。


「心は推しに貢いでるの」


…………1本取られた。

いや、取られたのか?


「なるほどねぇ……ほら、乾いたぞ」


思考を放棄した俺はそう言ってドライヤーの電源を切ると、椿は髪をわしゃわしゃと触って確認する。


「ここ甘い。やり直し」


「うぇ〜めんどくさぁ」


この後30分くらいかかったのでこの日はアニメ消してそのまま寝たのだった。



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9460万秒なんてどうせすぐ過ぎるから Ai_ne @ai_ne_kakuyo25

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