9460万秒なんてどうせすぐ過ぎるから
Ai_ne
第1話
カーテンから太陽の光が零れる。
気温も心地よく、よく晴れた良い春の朝だった。
ぼやけた視界と耳から何かが聞こえる。
「……ちゃん。お兄ちゃん! 遅刻遅刻!」
焦っているような楽しんでいるような……そんな少女の声、妹の声だった。
俺は彼女から強めの往復ビンタを食らって目を覚ます。
「痛い痛い痛い! わかったわかった! お兄ちゃん起きた!」
正直高校一年にもなって、まだ中学生である自分の妹に毎日起こしてもらっているというのはあまり人に言えた話ではない。
「ねーぇ!早く早く遅刻しちゃうって! やばいやばい!」
俺の「起きた」という言葉を無視して妹はビンタを続ける。
「てめぇ! 気づかないフリして叩き続けるのやめろぉ!」
俺はベッドから体を起こし妹に怒鳴る。
さっきから気づいていたに違いないこいつは今気づいたかのようにとぼけた返事をする。
「あっ、起きた。おはようっ!」
妹は満面の笑みを浮かべて俺のベッドから地面にぴょんっと飛び下りる。
「椿……てめぇ覚えとけよ……あと起こしてくれてありがとう」
「お礼はお小遣い倍で!」
俺と椿は階段から降りながらそんな話をしていた。
「うちにそんな余裕ありません!」
「嘘つかないでください!」
いや、嘘ではないんだぞ妹よ。
両親が親がいない分ちゃんと貯金もしてるんだ。
そんなくだらない話をしてると否応にも目は覚める。 今日は高校の入学式なのである。
俺は身支度を整えながら今は唯一の家族である妹の椿と会話をする。
「お兄ちゃんも今日から高校生かぁ〜」
制服姿になった椿は洗面所に顔をひょっこり出して俺の学ランからブレザーにフォルムチェンジした姿をまじまじと見る。
「そうだぞ。もうお前とはレベルが違う」
俺がドヤ顔でそう言い放つと椿は鼻で笑った。
「どうせ童貞卒業出来ずに高校卒業するからイキがらない方がいいよお兄ちゃん」
妹に高校生マウントを取る俺。
そして何故か童貞の話を出す妹。
自分で言うのもアレだがすっごい努力して超名門校に入れたのだ。真面目な学校だからど、童貞で卒業しても仕方ないもんね。
「お兄ちゃん妹が処女捨ててたら悲しい」
「シスコンきっも。 早く出てって」
俺が煽り返したらすっごく冷たい言葉が返ってきた。
「冷たっ。まぁいいや行ってくるわ」
「行ってらっしゃ〜い。9460万秒はどうせすぐ過ぎるけど頑張って楽しんでねっ!」
椿はよく分からん数字を口にして手を振って俺を見送ってくれた。
「なんだそのイカれた桁数……まぁありがとよ〜」
そう言って妹に一時的な別れを告げた俺は自転車を漕いで高校に向かう。思わず心が動かれてしまいそうになる綺麗事を並べる大人達のスピーチを聞き流して入学式は終わり、クラスの皆は次々自己紹介をしていく。
入学式で覚えてるのは学園長が若い金髪の女性だったことくらいだ。なんだか学園長感はなく、むしろ大学生と言われた方が自然なくらいだった。
自己紹介が終わったあとの休み時間に俺が一息ついていると後ろから俺の頭をツンツンツンツン! とつついてくる奴がいた。
「なんだおまえぇー!」
いつまでもしつこくつついてくる何処ぞの馬鹿に腹が立って俺は立ち上がる。嫌がらせにも程がある。 仲良くなりたいとしても人との接し方下手くそすぎるだろ!と思いながら振り向く。
「あなた、生徒会入らない?」
「は?」
いきなり言われたその一言につい反応してしまった。俺が振り向くとまぁびっくり。美人がいた。宝石のように美しい翠の眼、風でふんわりと揺れる銀髪の可愛いと言うよりかは綺麗めの美人。 その美少女は俺の間抜け顔を気にも留めずに淡々と話を続ける。
「私がこの学園に入った理由はね、この学園の生徒会にはアニメみたいな学校を握れるほどの権力を持ってるからなの」
急に意味わからないことを言う女だった。
「何言ってんすか」
生徒会が権力持つなどアニメ、漫画、ラブコメだけの話だろう。実際は何もしてないのに事ある毎に生徒から文句を言われるそれもう可哀想な団体である。
「つまり一人は何か嫌だから一緒に生徒会に入って欲しいって言ってるのよ」
つまりこの女が言っていることは学園のヘイト買いませんか?と言うなんのメリットもない誘いだったのである。
そんなのもちろん嫌です……といつもの俺だったら言っているだろう。 しかし、お誘いを受けてるのは物凄い美人。 仲良くなっておけばわんちゃんすあるかもしれない。
だって椿以外の美人とお近づきになれる機会はもう俺の人生で巡ってこないかもしれないのだから。
「……一人じゃなかったら誰でもよさげだったり?」
一応まさか俺に脈アリなのかと思い確認をとる。
「当たり前でしょ」
ですよね。 そりゃ、何も無い俺に一目惚れなどありえないですよね、期待なんてしてないですよ。ええしてないですとも。
「じゃあ入る」
俺は強く答えた。 なら尚更逃す訳には行かない。
「じゃあってなにかしら」
銀髪の美少女は少し鋭い目で俺を睨んでくる。
「美人とは仲良くなっておかなきゃと思って」
そう言うと銀髪は一瞬不思議な顔をしてから呟く。
「……あなた彼女出来たことないでしょ」
「マジ傷つくからやめて」
その一言で少女は微かに口角が上がったような気がした。 それに思わず俺も少し笑みを零した。
「あなた名前は?」
先程自己紹介をしたばかりだろう。
「え、もしかして自己紹介聞かれてなかったですか?」
俺がそう聞くと銀髪は澄ました顔で返答する。
「どうやってあなたに話しかけようか迷ってて聞いてなかったわ」
コミュ障か。
俺は溜息をついて名を名乗る。
「俺は小鳥遊 律。お前は?」
「自己紹介聞いてたでしょ」
俺と同じ返しをしてくる銀髪。
顔は良くても性格は弄れている女だった。
「ごめん早く帰りてぇなって考えてて……」
「最低ね」
「ええ、理不尽」
なんで俺朝から昼まで少女達にこんな罵倒されるのさ。そんな趣味はないぞ。
「鈴原 秋よ。よろしく小鳥遊くん」
「よろしく、秋ちゃん」
怪訝な表情をする鈴原秋。
「今後その呼び方絶対しないでちょうだい、次その呼び方をしたら学年中にありもしない噂ばら撒くわ」
「うっわ、最低」
こうして俺は目の前の少女、鈴原秋という女と出会った。 そして3時間目の時間に部活決めの紙を提出する。 生徒会執行部……と嫌々書こうとした時担任が思い出したかのように声を発する。
「あっ、執行部に入ろうと思うやつだけはちょっとこっち来い」
そう言われて立ち上がったのは俺と鈴原だけだった。 他の奴らは俺……いや、主に鈴原に注目していた。
あれ?
学校握れるほどの権力手に入れられるのに他に誰もいないのか? 少しそんなことを思ったがまぁ多重責務なんかで忙しいから入りたくないんだろう。と思っていたら教師から意外な一言が出てきた。
「お、二人か。鈴原は学年首席で入学したから分かるがお前はなんで入ろうと思ってるんだ?」
こんなぶっ飛んでる奴が超名門校の学年首席なのか。 まぁ頭良い奴は傾奇者が多いからね、うん。
俺は普通の人間だから、そう。
「あ、いや、それは〜……」
俺が理由作りに困っているとすかさず鈴原がサポートする。
「私が誘いました。この人は私に必要なので」
その言葉を聞いたクラスはザワつく。 こいつが言う『必要』は一人じゃなければ誰でもいいから誰かしら一人必要という訳なのだが。
「そ、そうか……なら俺が出来るだけサポートしよう……」
何故か気を遣う教師。 やめろ、変な勘違いするな。 と言うか勘違いする様なことを言うなバカ女。
「お前らは2日後面接がある。それに合格出来れば入れる。応募者の中で合格出来るのは3名、がんばれ」
3名!?この学年で何人いると思ってるんだ…… クラスは12クラス、そこから単純に2人ずつ出るとしても24人だぞ!?
「分かりました」
まるで勿論知っているというかのようにあっさり回答する女。
「え、なにそれ聞いてないで……」
「分かったわよね? 小鳥遊君」
凄い威圧で俺を睨んでくる。女の子の圧怖い。
「はい。分かりました先生! 俺に任せてください」
俺は作り笑いで空元気を見せるしかなかった。
でもこの時彼女の誘いを断っていたら、後の俺の学園生活はガラッと変わってしまっていただろう。
良い意味でも悪い意味でも。
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