告白、後悔、黒パンツ

リクヤ

告白、後悔、黒パンツ

 俺は今日、好きな女の子に告白する。

 

 いきなり何だ、だって? 文字通りの意味さ。


 応援してる……。上手くいきますように……。サンキュー、力が湧いてくるぜ。





 俺が好きな女の子は隣に住む幼馴染だ。


 ゲームかよって思うだろう? 現実さ。


 家が隣同士で、親も仲が良かったから。子供の頃は一緒に遊んだ。


 公園でのかくれんぼ。追いかけっこ。虫取り。おままごとにつきあったり。


 互いの父親がサッカー好きで、日本代表の試合を観戦に行ったりもしたっけ。





 一緒に遊ばなくなったのは、小学五年生になるくらいだったか。


 きっかけは些細なことで、周りの友人から


「お前ら付き合ってるんだろ!!」


 とからかわれたからだろう。


 年齢的にも恥ずかしくなってきたし、あのときは同性といた方が楽しかったんだ。





 そんな俺たちは高校でまた一緒になった。


 別の中学に通っていたのが嘘みたいに、俺たちは時間を共有した。


 特に同じ部活だったのは大きい。スポーツ推薦で入学した俺はサッカー部に入り、彼女はそのマネージャーになったのだ。


 活発で、明るくて、クラスのムードメーカーで。誰にでも気さくに話しかける人気者だった。




 

 必然的に話す機会が多くなった俺たちだが、彼女を女性として意識したのは一年の終わりだった。


 俺は大腿骨を折る大怪我をしてしまった。


 交通事故だった。学校帰りに猛スピードで突っ込んでくる車を避けきれなかったのだ。


 幸い命に別状はなかった。でも、サッカー部の俺にとっては死活問題だった。


 最初は怒った。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだって。けど、飲酒運転してやがった運転手は電柱に突っ込んでそのまま死んでしまった。もうどうしようもなかった。


 ぶつけようのない怒りは次第に不安に変わった。もしかしたら二度とサッカーができないかもしれない。足に巻かれたギブスを見るたびに鉛を飲んだように胸が重くなった。


 もはや全てが無意味で、無価値に思えた。鬱陶しくて仕方がなくなった。優しくしてくれる看護婦さんも、見舞いに来てくれた両親も、部員も、監督も、担任の先生も。


 幼馴染すらも。


 でも、

「あー、また。どうせ治らないって思ってるんでしょ。あんたは落ち込むとすぐ顔に出るんだから」


「病は気からって言うでしょ。から元気でもいいから出しなさいよ」


「絶対大丈夫。治るって」


 毎日かならず様子を見に来て、励ましてくれた。


 その朗らかな笑顔に俺は不安でいるのがばかばかしくなって、前を向けた。


 もう一度、頑張ろうって思えたんだ。


 おかげで俺は怪我を治し、辛いリハビリも耐えられた。復帰した俺は三年生でレギュラーの座を勝ち取り、大会でゴールを決めることができた。


 全て、幼馴染のおかげだ。





 おいおい、既にできてるじゃねぇかって?


 そう言うなよ。言葉にすることは大事だろう?


 ああそうさ! 俺は彼女のことが大好きだ!


 ……。


 すまん。つい気持ちが暴走した。許してくれ。


 大会も終わった。部活の引退も済ませ、後輩たちには涙で見送られた。


「よし!」


 気合を入れるために洗面台にある鏡の前で頬を叩く。


「おはようございます。本日の天気は晴れ。風が強いので━━━」


 ふふ。天気も最高じゃないか。風すら俺の背中を押してくれているように感じる。


 あとはこの気持ちを彼女にちゃんと伝える。その決意を胸に玄関を出て通学路に出る。


「お……」


 数メートル先に彼女がいた。ちょうど家を出たばかりだろう。


 ふふ、待ってろよ。今日は度肝を抜くような告白をするからな。


 よし、一緒に登校するか。


「よ━━━」


「きゃあ!」


 よぉ、といつものように声をかけようとしたその時。


 天気予報で言ってた強風が吹き、前を歩く幼馴染のスカートを捲り上げた。




 目の前には、ぷっくりと小ぶりなお尻と黒いレースのパンツがあって━━━



「ちょっとお父さん! ソファで寝ないでっていつも言ってるでしょ!」


「んぁ?」


 頭の上から大声がして、意識が覚醒する。


 あくびをして視界がクリアになると、目の前に幼馴染そっくりの顔をした少女がいた。


「早く起きて! 夕ご飯できてるから!」


「ああ……」


 むくりと体を起こし、もう一度あくびをする。


 なんだか、すごく懐かしい夢を見たな。


 結論から言うと、あの告白は失敗した。


 告白自体は上手くいった。屋上に呼び出して、大事な話があるって切り出して、自分の気持ちを伝えた。


 幼馴染は泣いて喜んでくれたのだが、そのあとに余計な一言を呟いてしまったんだ。


「お前も黒い下着が似合うようになったんだな!」


 って。


 ……うん。我ながら本当に最低だ。


 言い訳をすると、パンチラを見たせいでその日は朝から大変だった。思春期のムラムラと告白しようという気持ちが互いに争い、百年戦争もびっくりの戦いを繰り広げたのだ。


 戦いで精神をすり減らした俺は、告白が上手くいって気が緩み、つい言ってはいけない黒パンツの話題を口にしてしまったのだ。


 当然、幼馴染は激怒。俺は頬にビンタをくらい、でかい紅葉を咲かせた。


 三日は口も聞いてくれず、俺は土下座して謝ることでなんとか許してもらった。



 その結果━━━




「もう、あまりお父さんに乱暴な口きいちゃダメよ」




 俺と幼馴染はこうして結ばれている。


 娘も生まれ、順風満帆な生活を送れているのだ。





 

「あなたも。一緒に夕飯を食べましょう」


「ああ」


 三人で食卓を囲み、箸を取る。


「それがね、今日━━━」


「まぁ━━━」


 女性二人の会話に割って入らないよう、黙々と箸を進める。


 どうやら娘の学校で男子生徒が告白したらしい。


 それであんな夢を見るとは、不思議な感じだ。


 ん? 後悔はないのかって?


 そんなもん、ある訳ないだろう。


 まぁ、人生で一度しかしていないからかっこよく決めたかったって本音はあるけど……。


「ねぇ、お父さん聞いてる?」


「ん、ああ」


 話半分に聞いていた俺は咳払いをした。


「いいんじゃないか? 今時告白できる男子の方が貴重だと思うぞ。それより、お前はどうなんだ? 告白とかされないのか?」


「はぁ!? それセクハラじゃん! っていうかぁ━━━」


 ニヤリ、と娘は笑った。


「心配しなくても、告白したあとに黒パンツとか言っちゃう男子とは付き合わないから安心してよ」


 思わず嫁の方を見る。


 娘と同じ笑顔で、ニヤリと笑っていた。


 俺も自然と口角が上がった。





  


 改めて言うけど……


 後悔なんて、してないぜ?

 

 

 

 

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