とあるどん底で―幼女に転生したら奴隷オークションで売られた話ー【短編】

らい

とあるどん底で

 天井から吊り下げられた、とてつもなく巨大なシャンデリア。


 沢山の宙を舞う光にぼんやりと照らし出されるのは、空間を飲み込もうとしているかのような天井画。


 豪華そうな赤い椅子の群れが、劇場のように段々と私を取り囲んでいる。


 そして、その客席に隙間なく座っているきらびやかな服、仮面を身に着けた人々。……多分、この世界でと呼ばれている人達だ。


 派手なドレスや、宝石、タキシード、扇子……誰も彼もが、普通に生きていたら見ることのできないような高級なものばかり身に纏って、仮面の下でも分かるほどに熱っぽい視線を送ってくる。


 

 ……吐き気がする。



 私は汚れた両膝の間に顔を埋め、檻の中で丸まった。


 奥歯がガタガタ音を立てているのを感じる。視界がチカチカと点滅して、意識がぼやけていく。でも意識を失うわけにはいかず、無理やり留める。


 つけられた手枷と足枷……そして首輪。体は小刻みに震えていて、枷は無理に外そうとしてできた怪我をジクジクと刺激していた。足を生暖かい液体……血がつたう。


――そう、私は見る側ではない。見られる側であり、だ。


 檻の中から見る外が、どす黒く歪んで見える。それは絶望の色、恐怖の色。もはや涙も枯れてしまった。


 あぁ、なんでこうなったんだろう。


 この場所に来た他の商品ひと達も考えたであろう、当たり前の疑問が頭に浮かんだ。


 私は、ただ、生きようとしていただけなのだ。


 誰にも迷惑はかけていない、なのになんで……。


 脳裏にフラッシュバックするのは赤。下卑た笑い声。あの家での最後の記憶。

 

「✱✱✱✱✱の皆様、今回の目玉商品はこちらになります!」


 妙に響く男の人の声とほぼ同時に、視界が明るくなる。ハッと我にかえる。檻の影が濃くなっていて……ライトアップされたようだ。観客席がざわめく。


「おおっ、これは素晴らしい!!」


 興奮したような声が、このステージにまで聞こえてきた。感嘆の声、欲しいと誰かに強請ねだる声……。


 やだ、黙れ、聞きたくない! 


 必死に耳を押さえ、歯を食いしばる。私の頭を恐怖が染め上げていく。声だけでも、私を買ったあとに何をするかを物語っていた。


「ご覧ください! このつややかな黒髪! 透き通る肌! そして……」


 ガッと、檻に白手袋をした手が入ってきて、無理やり私の顔を上げさせる。すると、嫌でも観客席が目に入ってきた。興奮したように立ち上がっている人、息の荒い人、値踏みしている人……欲にまみれた大人達の視線がハッキリと見える。


「この黒樹玉こくじゅぎょくのような黒い目! 幼いながらも完成された天使の如き美貌! 値は8000リベルから!」


「では……開始!」


 カンカンという木槌のような音が響いた。


 そして直ぐに9000、10000と競りあう声があちらこちらから響きはじめる。どんどん声が大きくなっていっているみたいだ。リベルというのは、きっと金か何かの単位なのだろう。


 やっと顔から手を離された私は、力が抜けたように下を向いた。


 その間にも値はどんどん積まれているようで、1000000百万なんて声も上がり始める。


 1010000百一万1050000百五万1200000百二十万……。


10000000一千万!」


 しばらく経っただろうか、男性の声の後に、辺りは静まり返った。

 

「他にどなたか、10000000一千万リベル以上を出せる方はいらっしゃいますか!」


 先程まで司会をしていた男の人の声だけが響く。誰も答えない。


「……では! 10000000一千万リベルで落札!」


 割れるような拍手が響く。……どうやら私は落札されたらしい。


 落札主は誰かと目を向ける。一人、細身の男性が階段を降りてくるのが見えた。これまた質の良さそうな……亜麻色のスーツのような服を着ている。


 あぁ、この人に買われたんだ、なんてなぜか客観的に考える頭に嫌でも加わるこれから何をされるか分からない恐怖、考えたくもない未来の景色。


 馬車馬のように働かされる? いや、私の容姿をあんなに高く評価していたのだ。そんなもったいないことはしないだろう。じゃあDV? 性的虐待? ――考えたくもないのに嫌でも考えてしまう。


――――あぁ……近づいてくる。


 男性の足音が鳴るたびに意識が飛びそうになるほどの恐怖が襲う。鼓動が大きくなる。クラクラしてくる。

 言葉を少しだけ変えれば、まるで恋を表してるようね、なんてやっぱり客観的な私もどこかにいる。脳内の言葉だからこそよく分かる。その声はもう諦めてるのだ。


 もう恐怖も絶頂まで達したようで、いっそのこと冷静になってくる自分もいる。といっても体は拒否反応を示している。

 チラッと諦めと恐怖を乗せた顔を上げると男性の姿が目に入った。

 

 エンジェルリングの浮かぶサラサラしていそうな金髪、透き通るかのような白い肌、体はきゅっと引き締まっている。とても容姿の綺麗な人だ、とそう思った。前世だと、モデルに居そうな……。まだ綺麗な人に買われただけマシじゃない? と言う私。下卑た笑みを浮かべるキモいおっさんとかじゃないだけマシじゃない? なんて。

 

「…………ヴッ!?」


  いきなり私の首がグッと絞まった……首輪を引かれたのだと気づく。なんとか指をねじ込み気道を確保しようとするが、それすらも許されない程の力。幼女の力なんて知れている。抗えるわけがない。


「出ろ」


 後ろから声がした。低い男の声だ。引きずられる様に外へ出る。


 檻の外の空気は、やはりひどく淀んでいた。

 私の首輪を引いたのはどうやらこの黒い服を纏う大男らしい。ひと目見ただけで、逃げることは許されない、そう察してしまうような、そんな男だ。


 オォッとどこからか歓声が上がっていた。そちらを見ると、恍惚の表情で、または愉悦だと、こちらを楽しげに眺める貴族達。ヒュッと濁った空気を吸い込む。こんな幼い子どもの苦しむ顔ですら、彼らにとっては良い見世物なのか、と。


「手荒に扱わないでくれ。ソレはもう僕の物だ」


 私の落札者は、そう大男から鎖を奪った。ジャラリと振動が私に伝わり、首が揺れる。苦しい。手を地面につき、足のジクジクとした痛みを堪え、乾いた目で見上げる。


「さぁ、行こうか。僕のファム・ファタール」


 その男は美しいが、その紫の目は私を見る他の貴族達の目と変わりはしない。ドロドロな歓喜と欲望に硬められた飴のような目である。


 その男は汚れることも厭わず、私を姫抱きした。亜麻色だから血の跡はよく残るだろう。それに私はお世辞にもいいにおいはしていない。血の生臭さと排泄にもろくに行けてないための体臭とで物凄い悪臭を放っているはずだ。もう私の鼻は慣れてしまい、ろくに機能してないため分からないが。


 ……私は反抗すらできずにされるがままになる。手枷から、足枷から垂れる鎖が揺れて傷を刺激する。首の鎖は男の手に巻かれているみたいだ。私が持ちましょうか? と問いかけてくる男に「いいや、僕が運ぶよ。大切な物だからね」なんて返す男。私が物としてしか見られていないことがよく分かる。

 

 ……もう、疲れた。


 もう逃げることは不可能だと悟ってしまった。

 だからか、急に睡魔……いや、倦怠感を纏った何かが襲ってきた。駄目だ、と分かりながらも意識が飛びそうになる。このまま寝たら死んでしまうかもしれない、……それも良いかもしれない、なんて思考に陥る。まぶたが重くなる。


 目が覚めたらこれは夢だった、なんてことはありえないだろうか。


 視界が狭まる。光が消える。音も遠のく。初めての感覚だ。味わいたくなかった感覚だ。これまで味わうことはないと思っていた感覚だ。

 

 私はまるで死んでしまうかのような、そんな感覚と共にすぅっと意識を手放した。

 

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