ガンマン小説のプロローグ
頬の銃創が砂まじりの風にさらされ、焼けるような熱を伝える。
それが痛みだと気付くのに二秒。
撃たれたのだ、と気づくのにさらに一秒。
俺が見据える先……俺の右手のリボルバーの銃口が向いている方向……には、白煙を上げるリボルバーの銃口がある。
俺のリボルバーではない。俺の銃もまた白煙をあげているが、俺のは黒だ。奴のは白だった。
そう、奴だ。
俺に白銀の銃口を向ける、ガンマン。
紳士的な高い黒のハット、ガンマンらしからぬ長い白銀の髪、襟の立った、膝まである黒のコート。
ハットが奴の顔を目深く隠していたが、そのあごに生えた白い髭、病的な白い肌だけが覗いている。
白と黒、悪魔や教会を思わせるそのモノトーンの色彩が、赤とベージュのこの荒野で、ひときわ威圧的な気配を放っていた。
俺はなぜ気付かなかったのだろう。
その白黒のガンマンの重圧に。
奴の銃に刻んである、白銀の十字架に。
「これで、私の弾丸があなたの眼球を貫けることが、ご理解いただけたと思います」
わざとらしいていねいすぎる口調、その白黒のガンマンは俺をおちょくっていた。
だが奴のいう事は事実だった。
俺はこの“決闘”に敗北していた。
向かい合い、合図もなく早撃ち勝負、勝者は相手の身ぐるみを手に入れて町でチキンを喰う。敗者は死ぬ。それだけの単純な決闘。この荒野の基本的なルール。芝居がかった“遊び”。
俺の弾丸は命中していた筈だ。だが相手に傷はない。認めたくはないが、外れたのだろう。
だが、白黒のガンマンの弾丸は、確実に俺に当たった。
俺の右目から数cm。
日に焼けた俺の右頬を、削り取るように弾丸がはしった。
その事態を理解すると、決闘の高揚を超え、恐怖が止まらなくなる。
焼けるような熱は激痛に、激痛はうめきに、うめきは悲鳴に変わる。
この荒野、イースト・パロ広しといえど、今この時の俺より情けないガンマンは居ないだろう。
そうだ。俺のプライドは砕かれていた。
イースト・パロ一の早撃ちの名手“ブラック・ランス”デイブは、早撃ちで敗北したのだ。
ただ敗北しただけではない。俺は死ななかった。殺されなかった。手加減されたのだ。
つまり、奴は俺、“ブラック・ランス”デイブを前にして、手加減する余裕があるほどのガンマンなのだ。
悪魔だ。
敬虔な十字教の教徒である俺はそう理解する。
賞金稼ぎのガンマンとして多くの賞金首を見てきた俺は理解する。
奴は悪魔だ。
殺しても死なない、十字架の、白銀の銃を持つ男……五年前から行方不明になり、北海政府が血眼で探している賞金首……“100人殺し”“ハードラック”“貴族狩り”と恐れられるガンマン……
「『バルバトス』……!」
そう絞り出した声は半ば悲鳴と化していた。
俺は悪魔の名前を呼んでしまった。
奴は、白黒のガンマンは、“バルバトス”は、その悲鳴をきき、微かに覗く口元をにやりと歪める。
悪魔が笑った!
俺は魂を持っていかれる!
股間が濡れる気配がした。
イースト・パロ一番の情けないガンマンでなくても、そうだろう。
“バルバトス”は最強の賞金首、最も残虐なパブリック・エネミー、不死身のガンマン、狙われたら、死ぬしかない…!
歯ががちがちと鳴った。
濡れた股間が小便でぬるかった。
怯えが感極まり……俺は引き金を引いた!“ブラック・ランス”の名前の由来の、黒塗りの大口径のリボルバーの銃声が轟く!
恐怖によって研ぎ澄まされた感覚が、弾丸の確実な命中を教えてくれた。
もとより、今回敗北したとしても早撃ちの名手だ。俺は。動かない奴を相手に、撃たない奴を相手に、外すわけがない。
一瞬の静寂が訪れる。
鹿撃ちの弾丸が命中したときのような空白、ガンマンが死ぬ寸前の銃声のような空白。
荒野の風が焼けるように痛む頬を撫でる。
俺は絶叫したい気持ちでいた。
間違いない。俺の弾丸は“バルバトス”の心臓に命中した。
あのいけすかない黒コートの、胸の部分に命中した!
だが……空白が、長かった。静寂が、途切れなかった。
結論から言う。
“バルバトス”は、倒れない。
「な……!」
「ミスター“ブラック・ランス”、流石は名前の由来となったリボルバーだ。中々の衝撃でしたよ」
「な、なんだ!?てめぇ、なんで死なねぇ!?」
“バルバトス”は、たっぷり二秒開けてから答えた。
笑いを抑えているような苦し気な声だった。
「あなたでは理解できない力です」
昔、どこかの酒場で腕自慢のガンマンが言っていた。
「バルバトスだって人間だ。俺の腕なら殺せる」。俺は答えた。「違いない」。
今ならはっきり言える。「違う。無理だ」。
なぜなら、こいつは、“バルバトス”は人間じゃない。
断じていえる……悪魔だ。
「さて、茶番は終わりです。ミスター“ブラック・ランス”
決闘のしきたりでは、勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを奪われますでしょう。
ですが、私はあなたの銃や、金や、服や、命を奪おうとは思わない」
絶対的優位に立って、おちょくるようなばか丁寧な言葉つかいで、俺を見下しながら“バルバトス”は言う。
ハットを目深くかぶっていて、視線が全く見えないのが、いやに不気味だった。
「ミスター“ブラック・ランス”。あなたに仕事を頼みたい。
仕事は簡単です。あなたがいつも賞金首を追いつめて殺すように、簡単な仕事です。
『ブランコのビリー』が隠し持っている銃を、奪い、私に捧げなさい」
俺はもう怯え切ってしまって、まるで教会で説教を聞く老人のように、何も言わずうなずくだけだった。
なぜ俺を殺さないのか?分からない。
なぜ俺に決闘を挑んだのか?分からない。
なぜ、そのビリーって奴から直接銃を奪わないのか?分からない。
なぜ分からない?……“バルバトス”が、悪魔だからだ。
「私は『ブランコ』の隣町、『ボラーチョ』の宿で待っています。
必ず『ビリー』の銃を奪い、持ってくるのですよ?
でなければ……あなたの命を、いただきます」
俺は這うように逃げた。足腰はもう立たなかった。
乾いた砂交じりの風が吹く荒野に、撃たれた頬から垂れる血が赤い染みの道を作った。
俺は悪魔と契約してしまった。
命が助かる代わりに、悪魔のいう通りに知らない奴の銃を盗まなけりゃならない。
あぁ、神様。俺を許してください。
悪魔のために盗みをはたらくこの身を。
恐怖のあまり神に祈りながら、道も分からず這いずった先、夜を二つ超えてついた町は……件の、『ブランコ』という場所だった。
壮大になにも始まらない ~トレーラー集~ @syusyu101
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