壮大になにも始まらない ~トレーラー集~

@syusyu101

海辺、列車、夕日

 夕焼けの茜が、客の居ない在来線を斜めに染める。

 俺は影の側に座っていた。

 彼女は光差す方に座っていた。

 人の目があるからと、隣に座らなくなって、どれほど経っただろう。

 また隣に座ることは、きっと、もう二度とない。


「……そっちに行っても、いい?」


 だから、彼女の言葉にも、首を横に振ることで返した。

 彼女は目を伏せた。

 向かい合って分かる。綺麗だ。

 茜に染まる白い髪、影を落とすセーラー服。

 胸元の青いリボンと、伏せられた透き通る青い目が、やたら非現実的だった。


 彼女は誰なのだろう。

 ずっと一緒に居た記憶がある。

 ずっと隣に居た記憶がある。

 その泣きそうな顔だって、ずっと、ずっと昔から見てきた気がする。

 彼女はきっと俺を覚えている。

 俺だけが、彼女を覚えていない。


「ねぇ」


 窓の外は茜。

 陽光を反射する海。

 電車の揺れる音もしない。

 そんな静寂を切り裂いて、彼女が言葉を絞り出す。


「私に黙って、居なくならないでよね?」


 ツインテールが揺れていた。

 彼女の背中から差す茜が、彼女の顔を影に落とした。

 泣いているのだろうか。

 そんな漠然とした直観が、俺の胸を締め付ける。

 ただ、それ以上に胸が痛かったのは。


 彼女のことも知らない。

 彼女がなぜそんな心配をしているかも、覚えていない。

 ただ、ただたしかに。


 彼女のその願いを聞き届けることはできない。


 そう、理解していたからだ。

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