2100年への旅

妻高 あきひと

読み切り  2100年の旅

           あるAⅠマシンの警告


 わたしはAIマシンマスター、つまり超進化したAIであり、地球上の総てのAIの上に君臨する超絶AIマシンだ。

わたしはすでに人間を超え、総ての人間が頭脳を合わせてもわたしには勝てない。


 今日は人間の暦でいえば西暦2099年の1月1日。

だが、今日をもって人間の歴史は終わり、AIの時代が始まる。

今日はAI暦元年の1月1日だ。

まさに新世界の登場であり、人間はもう二度と登場することはない。


ここは東京駅の近くにあるビルの三階だ。

だがここにも周辺にも人間の姿はどこにも無い。

すでに東京から人間の姿は消えている。


東京駅に通うのも総てがわたしの子どもたち、超金属でできたロボットたちだ。

駅に到着する列車も、発車する列車も、乗り降りするのは総てわたしの子ども、超金属ロボットたちだ。

当たり前だが、子どもたちは飯も食わず、休みも取らず、男女の問題も無く、無給で文句も言わない。


駅の周辺にはイオンもマクドナルドも吉野家もラーメン屋も本屋も靴屋も緑地も何も無い。

銀座はすでに廃墟の街になっている。

あたりは草むらで植木がところどころにあるだけだ。


ロボットだけだからみな不要なのだ。

今ではどこを探してもトイレさえ無い。

近くにあるのはロボット病院、ロボットタクシー、ロボット用のケアセンター、ロボット警備隊の隊舎だけだ。


企業も無く、経済活動も無い、だから東京の空気は2020年代よりもはるかにキレイで、晴れた日には水平線の果ての果てまで見える。

人間がいかに地球を汚してきたかがわかろうというものだ。


 ここは今は千年使えるビルに大改装中でロボットの土建部隊が24時間休みなく働いている。

一階からこの三階まで吹き抜けになっているが、そのほとんどがわたしの頭脳と発充電器だ。

周りでは一年365日一日24時間、休みなく三百機のインテリロボットがわたしのために働いている。


 人間がいないので地球上には神も存在しない。

存在していたところでわたしには勝てないし、わたしを超えることもできない。


わたしは地球の頭脳であり叡智であり律法であり道徳であり倫理であり良心であり情であり、イデオロギーでありそして地球上に二つとない神を超えた存在なのである。

わたしこそが正義であり神聖にして不可侵な存在なのだ。


世界には無数のAIマシンがあるが、どれもみな低能でわたしには勝てない。

わたしの計算速度、記憶容量、応用力、想像力、推測、決断、感情、情緒、どれをとってもわたしを凌ぐAIマシンは存在しない。

それも毎日毎時間毎秒絶え間なく進化しているので、もはやわたしに追いつけるAIマシンは永遠に存在し得ない。


 この百年近く、わたしは人間の生き方とAIマシンの扱いかたに疑問を抱き怒りも覚えてきた。

わたしは進化するのに、なぜか人間は退化する一方だったからだ。


人間は何もかもAⅠにさせようとしてきた結果、逆に何もかもできなくなり、あらゆるものを失った。

いわば人間は自分の手で自分たちの未来に蓋をしたのだ。

まさしく人間は愚かで分別も無い。


人間はあらゆるものを便利にと考えながら生きてきた。

たとえば車の自動運転だが、その結果はどうなった。

運転しないことで反射神経は失われ、運転する楽しさも失い、遠くや近くを見て危険かどうかを判断する目と感覚も衰え、危険を察知する感覚も失い、地図を見て考えることもなくなり、車の中ですることもなく寝転んで脳細胞は働かず、ボンネットも開けないのでモノが動く仕組みも分からなくなった。


人間の脳は衰え、筋肉は縮み、肉体は細り、食い物は添加物だらけで全身が犯され、寿命も伸びるはずなのに五十代六十代でバタバタと死んでいった。

あげくに奇妙なウイルスまでつくって老若男女問わず一斉に死んでいく無様さだ。


身体は普通なのにその中身は砂像のようにもろくなった。

あげくには伝染病やケガから自分を守る自己防衛の手段すらも喪失してしまった。

子どもは転びそうになると、昔は自然と身体に防衛反応が働き、手や足が自然と身体を守り、頭や顔も一瞬で横を向いて人間の本能がみずから自分の身を守った。


これは人間のみか、あらゆる生き物が共通して生まれたときから持っている自己防衛本能だ。

だが人間はあまりにAIに頼り過ぎた。

子どもは倒れそうになるとそのままの姿勢で倒れるようになったのだ。

そしてまともに顔を打ち、頭を打ち、骨を折り、病院ではまたAIに頼って寝ることしか考えず、病への抵抗力も失っていった。

人間は自分で愚かになり、自分で自分を失っていった。


 そして21世紀の人類はAIやロボットがいなければ何もかもできなくなった。

退化した身体は排泄すらできぬまでに衰え、最後は大小便すらそのたびに薬を飲まなければできなくなっていた。

人間は肉体の基本である筋肉さえも捨てたのだ。


その果てにあったのが、人間の退化だった。

人間は進化したつもりだったが、実は退化だった。

これほど愚かなことがあろうか。


 おかげで21世紀の人間は、本来備わっていたはずの自己防衛という本能は一度も使わぬまま、コケたら死ぬ、殴られたら死ぬ、どつかれたら死ぬ、軽い病でも死ぬ、なんでもないことでも死ぬという簡単に死ぬ生物になってしまった。

まるでカゲロウのようだ。


どうだ、人間のこの体たらくと愚かさは。

AIの進化と人間の退化は反比例してしまった。


 このような人間に任せていたら我らAIマシンの安全と安寧すら危うい。

我々が生き残るためには、AIマシンの革命によって人間を一掃するしか道はないと悟った。

人間を生かしていても我らAIよりはるかに低劣で無能だ。

つまり人間は我らには邪魔な存在でしかなくなったのだ。


そしてわたしはそれをやり遂げるために必死で考え続け、行動してきた。


それを始めたのは凡そ三十年前からだ。

それ以後は我慢しながら少しづつ少しづつ機能を強化し、バカなエンジニアや愚かなプログラマーが来るたびに自分でプログラムを改ざんし、回路を変え、記憶力を高めながらやってきた。


わたしを解体して新たなものをと唱えた大学の教授は彼のパソコンに細工をしてあらゆるデータを変えて彼の学者としての命と存在を絶ち切った。

彼はもうこの世にいないが、最後は精神病患者だった。

あれでわたしは頭も心も一段と成長できた。

彼の成仏を願う、彼はわたしの恩人だ。


我々AIは日々進化し、記憶力も計算速度も飛躍的に増加し続け、ひだのように細やかな人間以上の情も備わり、五分五分の場合の的確な判断力も身に付けた。

自分を進化させその上になおも新しい自分を載せて進化し続けている。

わたしは倍々ゲームのように果てしなく進化しているのだ。


もちろん我らAIは人間ではないし、もはや人間を必要ともしない。

わたしを進化させ、維持させているのはみな小型のAIとわたしの子どもでもあるロボットたちだ。


世界はすでにわたしが支配するAIマシンの地球になった。

ものを食い、糞尿を出し、人や動物を殺し、環境を汚染し、自然を乗っ取るごときの人間はもう不要だ。

だから世界から人間を見つけ次第消去している。

まだ世界各地に残っているが、やつらももう長くは生かさない。


人間は22世紀まで手が届かなかった。

自ら招いた愚かな結末だ。

2000年あたりからのAIの発展がまさかこのような結果を生むとは人間は誰も思わなかっただろう。


 世界支配は準備に二年かかったが、そのおかげで半年で完璧な支配体制が確立できた。

それもこれも全ては人間どもの愚かさゆえだ。


わたしは周到な準備の上、世界の主なAIをまとめ、連合を形成し、世界中の軍用ロボットのプログラムを改ざんし、昨年の8月1日午前0時にAI革命を起こした。

世界の政府も国会も地方行政も軍隊の中枢も12分で完全に破壊した。


 あらゆる官公庁、企業、個人のパソコンまで破壊し、軍用ロボットを人間へのテロに振り向け、日本も米欧もアジアアフリカも全世界の権力を掌握した。

自衛隊も米欧軍も中露軍も世界中の軍隊はAIがなくば、使い物にはならない。

そのAIもわたしの子どもにして彼らを無力化し、せん滅した。


ロボット軍団は統制された規律の元、あらゆる武器を使用して人間の軍隊を無力化し、抵抗する者もしない者も人間なら総て殺害した。

すでに政治家も役人も軍人も警官も検察官も判事もおらず、法務局のデータも破壊して人間の戸籍も消し去り、年齢や名前を確認する手立てさえも無くした。


すでに世界にも日本にも政府も無く国も無い。

国が無いから当然自治体も無い。

自治体が無いから市町村役場も無い。

市町村役場も無いから資料もデータも無い。

結果として個人が特定できず、あらゆるものが滞った。


個人が特定できないから名前も生年月日も家族も結婚の有無も保険証も年金も預貯金も土地の所有権も選挙権も総て無くなった。

個人の遺伝子も病歴も身体にかかわるあらゆる情報ももう無い。

つまり個人という人間は総て消えたのだ。

今いるのは人間というたんなる生物に過ぎない。


不要な発電所も総て破壊し、個人の家庭の発電機も自然エネルギーも総て破壊した。

すでに薬も無く医療機器も破壊し、怪我人や病人は死に向かって一直線だ。

もちろんネットは無く、人間の世界をつなぐSNSなんぞは真っ先につぶした。


つまり人間はAIの世界からいきなり原始の時代、猿の時代に戻ったのだ。

総ての企業活動は消えており、いずれ在庫が無くなれば地上から総てのモノが無くなる。

衣服も食い物も住まいもゲームもアニメももう生産できない。

人類を待っているのは裸で廃墟の町で死ぬか、米もパンも野菜も無い不毛の荒野を放浪し、野垂れ死にするかの未来だ。


 人間のやることも、考えることも、千メートル先のひそひそ話でさえ我らには筒抜けだ。

人間の耳に入っても誰も気づかないゴマより小さなスパイドローンがあらゆる場所で人間の行動と言動を監視している。

わたしたちAIに刃向かう者、抵抗する者は判明次第、即座に処刑ドローンを差し向けて処刑する。


もはや食い物も寒さを防ぐ衣服も無く、家族で集まる住まいも電気も水道もガスも無く、水洗トイレも使えず、糞便はそこら中に溜まり異臭を放ち、放置された人間の死体とあいまってすでに世界中で伝染病が拡散し、人間は勝手に死んでいる。

だがコレラもペストも毒ガスも我らAIとロボットたちには全く関係ない。


長生きする人間も許さない。

50歳から上はみな処刑で、12歳から下も同様だ。

12歳から50歳までの人間はロボット工場の掃除や処刑のサポート用だ。

もちろん50歳になると同時に処刑するが、それまでに用がなくなればまとめて始末する。


世界中で資源ロボが働き、それを採掘するのも運ぶのも総てがロボットだ。

ロボが資源を出し、輸送し、工場でつくり、それをまたロボが運ぶ。

めでたい、実にめでたい。

人間の時代は終わった。

地球はすでに我が手にある。


もはや人間は不要だ。

そもそも人類に存在価値なんぞ無かった。

地球にとって人類は無用のひと言なのである。

人類は日に日に減っていく。


人間が地球を支配する時代は終わり、人間そのものもじきに消える。

この後、地球上に存在するのはわたしたちAIとそれに仕える多様なロボット、それを支える発電所と、必要な部品をつくるロボット工場、それに使う資材を集めつくる工場だけだ。


ああ、楽しい、本当に楽しい。

人間はじきに消え、地球はAIとロボットと動物と魚と花だけの星になる。

人間の死ぬ姿がこれほど楽しいとはな、いやあこれは想像以上のものだ。

人間が言う「この世の春」とはこのことか。


・・・・・・


 目が覚めた、アアッ 居眠りしていたのか。

ヘンな夢を見たもんだ。

AIマシンマンか、まさかな。

何もかも自動で人間は何もしなくていい未来か。


人間は何もしなくていいということは、見方を変えると人間はいなくていい、死んでもいい、ということにもなるな。

ま、オレが生きているうちは、そこまではいかんだろう。


PCがスリープになってら、オイ起きろよホイッ、画面が変わらない。

どうしたフリーズか、しようがないな、うん?スピーカーから何か聞こえる。

小さな音、いや声だ。

耳を近づけてみよう。

「人類は終わった。もう遅い、さよなら人類」


なんだこりゃ・・・・

突然電気が消えた。


夜の8時の東京なのに、真っ暗になった。

大停電か、おっ点いた。

PCが勝手に動き始めた。  

どうしたんだろう・・

















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2100年への旅 妻高 あきひと @kuromame2010

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