第15話 宇宙要塞

コルビエール艦隊からの攻撃を受け流したその2日後、我々はようやく、水海星という星にたどり着く。その名の通り、青く水々しい色のガス惑星。ここには7つの衛星と、細いリングが一本ある。


以前使用された電波撹乱材は、このガス惑星表面から採取されたものだという。量はほぼ無尽蔵。このガス惑星のガスはまた、彼らの核融合炉の燃料としても使われている。

その大型惑星の一番外側の衛星に、彼らの宇宙要塞がある。


第7衛星ルシファーニ。その名前の由来は、彼らの星の聖典に出てくる、大天使に逆らったある天使の名から来ているという。水海星を大天使として見立て、この小さな第7衛星をそれに逆らう天使としたようだ。ちなみにその小物天使ルシファーニはその後、堕天使となり、悪魔となったとされている。

まさにその第7衛星は、悪魔のような様相だ。言い得て妙とはこのことだろう。


直径23キロ、質量13兆トンのこの小型の衛星は、収容艦艇150隻のドックに、対空、対艦砲が数百基、そして大型の要塞砲が一門、存在する要塞と化している。

ここを拠点とし、水海星の制宙権はパルテノーベ共和国軍が掌握しているという。このため、この巨大惑星とその周辺衛星の資源は、ほぼパルテノーベ共和国が握っている。

逆に言えば、母星である地球アース1000には、よほど鉱物資源がないのだろう。資源探索のために宇宙に出たということのようだし、その資源の取り合いのためにこの宇宙で戦争している。そういう事情のようだ。


我が先遣隊は、その巨大惑星のそばにあるこの小さな衛星ルシファーニに向けて進む。

表面には、びっしりと回転砲塔やミサイル発射口、そしてレーダー基地が見える。そして表面にはぽっかりと、直径数百メートルの大型砲らしき穴が見えた。


だがあの大型砲、相当な威力のある兵器には違いない。が、果たして役に立つのだろうか?この要塞自体は自転以外に、向きを変える手段を持たない。ということはあの砲は、自身で目標を定められない砲ということになる。数度程度ならば向きを変えることができるだろうが、それでは砲の意味がほとんどない。それにおそらくあれは、装填に相当時間がかかる。威力は大きいかもしれないが、戦力としてはいかほどのものか……


我々、連合にもかつて、大型砲を搭載する戦艦が数多く作られた。その直径は数百メートル、威力は駆逐艦に搭載されている10メートル級の数十倍。だが、装填時間が数百秒もかかり、おまけに機動性の悪い戦艦にしか搭載できないとあって、大型砲を搭載する戦艦は作られなくなってしまった。現存するのは、艦暦100年を超える老朽艦のみ。我が地球アース391には、大型砲を持つ戦艦は1隻しかいない。地球アース391遠征艦隊旗艦である、戦艦クルフュルストだけだ。

全長5100メートル、収容艦艇35隻、10メートル級エネルギー砲を20門持つこの艦には、先端に直径100メートル級の大型砲を2門搭載している。

が、建造されて以来、一度もこの砲が使われたことはない。まさに、宝の持ち腐れだ。いや、戦艦そのものがすでに戦闘で使われる機会がほとんどないのだが。


移動可能な我々の戦艦の大型砲ですら使われていないのだ。おそらく、ここの要塞砲も使われていないのではないかと推察される。


要塞砲はともかく、それ以外の装備はまさに要塞の名に相応しい。まるでハリネズミのようだ。よくこれだけのものをここに築こうと考えたものだ。もっとも、この先もここが使われるかどうかは疑問だが。


「司令官殿、パルテノーベ艦隊旗艦デ・ロイテルより通信。旗艦である駆逐艦7310号艦の、要塞内入港の許可が下りた。我が艦後方300メルティを並走せよ、とのことです。」

「了解。他の艦は、現宙域で待機。7310号艦、前進。」

「了解、7310号艦、前進。」


目前に、パルテノーベ第5艦隊の旗艦、戦艦デ・ロイテルがいる。後方の6つの噴出口からは、赤い光が漏れている。その光を目印に、我が7310号艦は前進する。

いくつかの密室型ドックが見えてきた。複座機似の7式という機体が2機、我々の前に現れて羽根を降っている。どうやら、ついてこいと言っている。

その2機の機体は、我々を戦艦デ・ロイテルの右隣のドックに誘導する。微速のまま、ドックの一つに進む。戦艦クラスのドックのせいか、我が艦は余裕で入る。

中には繋留用のタワーがいくつかある。そのうちの一つから、大きなアームのようなものが伸びる。それが我が艦の前端部と、後方側面を押さえる。艦は固定され、ドック後方のハッチが閉じる。


「空気を注入してますね。気圧はまもなく、1気圧になります。」


ここは我々の修理ドックと同じ密閉式のドック。やはり、空気を注入できるようだ。やがて気圧が上がりきったところで奥の扉が開き、何人かの軍人が現れる。

見ると、空中を浮遊している。直径20キロ程度の衛星では、ほとんど重力はない。私は、艦橋を出てエレベーターに向かう。

エレベーター前で待っていると、カバンを抱えたディートリヒ交渉官が走ってくる。


「おい、ちょっと待ってくれ!」

「交渉官殿、慌てなくても大丈夫ですよ。」


ゼエゼエと息を切らせる、やや太り気味のこの交渉官殿は、エレベーターに乗り込むと、そのカバンを下ろす。


「ところで交渉官殿、それほど大きなカバンが必要なのですか?」

「ああ、そうじゃよ。下手をすれば、ここに常駐することになるかもしれん。だから、荷物が多いんだよ。」


そんなことまで考慮しているのか、この交渉官殿は。そんな交渉官と私を乗せたエレベーターは、出入り口のある1階に到着する。そして、通路を抜け、出入り口の前に立つ。

ゆっくりと、出入り口のスロープが降りる。その出入り口の向こう側から、軍人が3名ほど、こちらに向かってふわふわと飛んでくる。それを見た交渉官は、ぼそっと呟く。


「ああ、そうか……ここは微弱重力環境なんじゃな。」

「そうですね。慣性制御はないとのことですから。」

「そうなのか……私はちょっと、微弱重力が苦手でねぇ。」

「宇宙酔いですか?」

「いや、酔いは問題ない。単に運動神経が鈍いからな、こういうところでは、上手く身体を操れんのだよ。」


と、そこに3名の軍人が到着する。彼らは一斉に敬礼し、こう告げる。


「私はこの要塞司令を務めております、ジルベールと申します。ようこそ、我がルシファーニ要塞へ。」

「私は、地球アース391遠征艦隊、先遣隊司令を務めます、フォルクハルト大佐であります。」

「私は地球アース391政府より派遣された交渉官で、ディートリヒと申します。」


互いの挨拶を終えると、我々はこの広いドックの中に招かれる。一歩外に出ると、そこはほぼ無重力空間。身体が、ふわっと浮かぶ。

ディートリヒ交渉官も、あの重い荷物を抱えて前に出る。が、急に重力を失い、身体が浮かび上がる。重いカバンを抱えた衝動が残ったためだろうか、そのまま斜め上方向に浮かび上がる交渉官殿。それを3人の軍人の一人が抱えて、何やら銃のようなものを取り出す。

それは銃ではなく、ワイヤーのようなものだった。先端には吸盤がついており、それを一方の壁に打ち出して、交渉官殿を抱えたまま、器用に手繰り寄せている。私も、他の2人と共に向こう側の扉へと向かう。

そのまま、ドックの奥の通路を進む。しばらく進むと、部屋のようなところに通される。わずかながら重力があるため、一応ここには椅子がある。その椅子に腰掛けて、私は交渉官とともに待っていた。


「あ、フォルクハルト大佐殿!」


と、向こうから効いたことのある声が聞こえてくる。それは、ウルスラ兵曹長だ。ああ、そうか。そういえば彼女の乗る戦艦デ ・ロイテルも、ここに入港したのだったな。


「しばらくぶりだ、大佐殿。」


と、今度はランメルト中佐が現れた。私は敬礼し、応える。


「ウルスラ兵曹長が、お世話になっている。」

「いや、こちらこそ、彼女には励まされた。」

「は?励まされた……?」

「ああ、彼女がいると、艦内の随分と雰囲気が変わった。」


ほんの1、2分の会話だが、ウルスラ兵曹長があの戦艦内でどういう振る舞いをしていたのかを知る。最初の加速で気を失い、そのまま医務室に運ばれるも、その後は周りの乗員と会話して盛り上げていたこと、コルビエール艦隊からの攻撃を我々が受け止めている間は、右往左往して周りの乗員からなだめられていたこと、しかしその後は、我々の戦艦や駆逐艦での暮らしについて、他の兵員らに語っていたこと、などを聞いた。

だが、それのどこが励みになったのやら……ランメルト中佐の言葉を借りれば、要するに愛玩動物のように慕われたということのようだ。それが、男だらけのあの艦内で、乗員らを盛り上げることに貢献したらしい。

我が艦ではあまり目立たないウルスラ兵曹長だが、ここでは思いもよらぬ方向に活躍していたようだな。それを聞いて、安心する。


「あ、ランメルト様、ボタンが外れかけてますよ?」

「えっ?あ、すまない……」

「もーしょうがないですねぇ。ほら、私が直して差し上げますよ。」


ランメルト中佐はここまで大急ぎで来たようで、上着のボタンが外れかかっている。それをウルスラ兵曹長が見つけて、直している。なんだかこの3日の間に、随分と仲が良くなったものだ。


「なるほどな……オリーヴィア少尉の言う通り、ということかな。」

「は?大佐殿、何か言いました?」

「あ、いや、大したことではない。」


もしかすると、この地球アース1000で初の異星カップルは、この2人かもしれないな。そんなことをやんわりと考えながら、私は少しにやけ気味でランメルト中佐を見る。それを彼は、不可解な顔で眺めている。

と、そこにもう一人の人物が入ってくる。ランメルト中佐が直立、敬礼する。その人物は、すぐさま返礼で応える。私はその人物の姿を見て、ハッとする。


「わ、私は地球アース391遠征艦隊、先遣隊司令、フォルクハルト大佐であります!」


私の敬礼に対し、返礼で応えつつ、その人物も口を開く。


「私はパルテノーベ軍、第5艦隊司令、ダーフィットだ。直に会うのは、これが初めてだな。」

「はっ!光栄です!」


予めランメルト中佐から名将だと聞いていたから、余計に緊張する。その名将は私が座る席の向かい側に座ると、私に話しかけてくる。

思えばここ2週間ほどは、このお方が率いる艦隊から敵視され続けていた。砲撃やミサイル、爆雷による攻撃を加えた本人が今、私に笑顔で応えてくれている。妙な気分だ。


「2日前の盾役は、ご苦労だった。おかげでこちらは傷一つ負うことなく、このルシファーニ要塞までたどり着くことができた。貴艦隊の奮闘に感謝したい。」

「いえ、ただバリアを張って攻撃を防いだだけですから、大したことはしておりません。」

「そうか?だが最後に放ったあの30隻からの砲撃によって、その攻撃をも封じてしまったじゃないか。あれは一体、どういう意図で行ったものなのか?」

「ええとですね、威嚇射撃ではあるのですが、砲撃によるエネルギー放出で、レーダーが……」


急に戦術的な話で盛り上がる。さすがは名将だ、我々の取ったあの戦術が気になるらしい。他にも、我々の持つ砲や機関についても、様々な質問を受ける。

にしてもだ、これほど好奇心旺盛な人物だとは思わなかった。だが、探究心があるからこそ、名将と言えるのかもしれない。もしかするとこの方は、我々の戦術や戦略をいち早く取り込んでくれるかもしれないな。この短い会話から、そういう手応えを感じる。

やがて、交渉官殿は別室に呼ばれる。そこで、パルテノーベ政府との初期交渉が行われることとなった。この部屋は、軍人だらけになる。


「そうだ、フォルクハルト殿。」

「はい、なんでしょうか、閣下。」

「この初期交渉が終われば、貴官の艦隊がこの星域内に現れることになると聞いている。と、いうことは、ウルスラ兵曹長が話していた、あなた方の戦艦も来ることになるのだろうか?」

「それはそうですね。我々の戦艦は、駆逐艦にとっての母船の役目をしておりますから。」

「ならば相談だが、艦隊合流後に、我々を貴官の船でその戦艦まで連れて行ってはもらえないか?」

「はっ!?戦艦に、ですか!?」


本当にこの人は好奇心旺盛だ。もう心は、我々の戦艦に向いている。武人だからという以上に、ウルスラ兵曹長の話で興味が沸いたというのが本音のようだ。私は確認するが、おそらく問題なく乗り込めるはずだとその場は回答する。


それから数時間後、交渉官が初期交渉を終えて、戻ってくる。

まず、我が艦隊のこの星域への進出は承諾された。揉めたのは、コルビエール連合国との交渉方法で、パルテノーベ側は我々が行うと主張し、こちらは直接交渉を行うという。結局、3者で同時に会見し、交渉を行う方向で同意された。


これを受けて、私は駆逐艦に戻り、艦隊総司令部に打電することになった。現在、3.7光年先の青色星域に展開中の艦隊主力、約1万隻を、このルシファーニ要塞周辺に集結するよう、連絡を行う。

ここに来てようやく、私の先遣隊としての役目を終えようとしていた。

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