第14話 盾

「パルテノーベ軍、第5艦隊より通信!」


艦橋に持ち込まれたパルテノーベ側の通信機が鳴り出す。


「私が出よう。」


その通信機の前に私は立つ。応答ボタンを押すと、初老の人物が現れた。その瞬間、私はあの艦隊の司令官である人物だと直感で察した。私は敬礼する。


「ダーフィット大将閣下であらせられますね。私は先遣隊暫定指揮官、フォルクハルト大佐であります。」


するとその司令官は私に返礼すると、こう応える。


『私は第5艦隊司令を務める、ダーフィットだ。』


やはりそうだったか……うっすらと笑みを浮かべるダーフィット大将だが、何やら私の顔を見て嬉しそうだな。ランメルト中佐からは名将だと聞いているが、名将ゆえの余裕だろうか?それとも、こちらの指揮官の若さに苦笑したか?


『貴官の方でも、コルビエール軍の艦隊を捉えているだろう?』

「はっ!130隻の艦影を捕捉しました。ですが、あれがコルビエール軍のものとまでは……」

『そうか。あれが今、我々が敵対し、戦っている相手だ。』


わざわざあれがコルビエール軍だと知らせるために、司令官閣下自らが通信をしてきたというのか?そんなことを知らせる程度ならば、通信士が知らせれば良い話だ。何かあるな……そう思った直後、ダーフィット大将がこう続ける。


『では、本題に入る。貴官らは我々に、どうして欲しいと考えているか?』


急に悩ましい質問が飛んできた。私は一瞬、考えるが、こういう事態に備えて考えていた案を基に、こう応える。


「貴艦隊には、予定通りの航路を進んでいただきます。我々も、それに追従いたします。」

『だが、コルビエール軍は我々の航路を閉塞するべく、我々の予定進路上を前進し続けている。このまま行けば、3時間後には10万キルメルティ以内に入る。そうなればもう、戦闘は避けられない。それでも良いのか?』


なるほど、試しているな。私は応える。


「はい、ですが、戦闘は絶対にさせません。あくまでもコルビエール軍の横を、ただ通過するだけです。」

『だがそれでもあちらは確実に我々に向かって撃ってくる。それでも我々に、撃つなと言われるか?』


少し強い口調で、私に迫る名将。だが、私はそれでも応える。


「我々が盾になります。一発のミサイルもビームも爆雷も、貴艦隊の艦艇に当てさせません!ですから、戦闘する必要などないことを、私の責任においてお約束致します!」


私のこの一言を受けて、ダーフィット大将はこう応える。


『その一言が欲しかった。では、水海星第7衛星、ルシファーニにて会おう。』


そういうと大将閣下は敬礼して、通信を切った。


さて、これで3時間後には、大変な役目を我が艦隊が担うことが決定した。この瞬間、私の労働時間も3時間は延長されることが確定する。やれやれ、あのダーヴィット准将よりも安い給料だというのに、それ以上に働かなくてはならないのか。我ながら、損な役回りを選んだものだ。

それから3時間の内に、私は仮眠を取り、再び艦橋に戻ってくる。戻った頃には、コルビエール艦隊は、30万キロまで迫っていた。


「罠の存在は?」

「今のところ、デブリすら確認されません。進路クリア。」

「了解、進路そのまま、微速前進。」


前方から、一列に並んだコルビエール軍の艦隊が迫ってくる。やつらは、戦闘する気満々だ。もっとも、すでに我々の砲の射程内ではあるが、こちらは彼らを撃つつもりはない。

あちらから見れば、こちらは220隻の艦隊。数の上では、大きく上回る。しかも、明らかに異様な艦艇が混じっている。にも関わらず、彼らは接近を止めようとはしない。


そして距離13万キロの時点で、彼らは動き出した。我々から見て、左側へと移動し始める。そういえば先日の戦闘で、コルビエール艦隊はパルテノーベ軍のこの第5艦隊に手酷くやられていた。てい字戦法を受けて、コルビエール側に行動不能艦が続出。その時の教訓もあってか、早めの進路変更を決めたようだ。


彼らの戦い方は普通、互いに一列に並び1万キロ程度まで接近しつつ、すれ違いざまに砲撃、雷撃を行う。基本的には、この1回すれ違いの間で戦闘が終わる。その間、だいたい30分から1時間。反転、回頭して再度攻撃することは、滅多にないという。としても、最大1時間はあちらの攻撃に耐えなくてはならない。


コルビエール艦隊が使用する兵器も、主にビーム砲とミサイルだ。接近時には航空戦闘もありうる。我々には不慣れな兵器による攻撃に、我々はひたすら耐えなければならない。すでにそういう道を、選択してしまった。だが、これは我々の意思表示でもある。

すでにこの星系内部同士の戦いは、終わったのだ。この先の同士討ちは不要だと宣言するために、我々は敢えて盾となる。

それからしばらくは、両艦隊とも前進を続ける。


「0時方向、距離7万キロ!まもなく、我が艦隊の左側面を通過します!」


こちらの通常の会戦では、大体3~5万キロまで接近するのが常道らしいが、今回は早めの進路変更のおかげと、異様な船が100隻も混じっている相手のためか、いつもより距離をとっているようだ。

そろそろ、我々の左側面に並ぼうとしている。だが、コルビエール軍に動きはない。このまま両軍とも、何事もなく通過することになるのか?


が、やはり静寂は破られる。短距離指向性レーダー担当のオリーヴィア少尉が叫ぶ。


「前方300キロ、0時方向にデブリ多数!数、1100!ミサイル群と思われます!」


やはりそうきたか。やつらは進路変更前に、こちらの正面に多数の罠をばら撒いていた。私は艦隊配置を管理する士官に確認する。


「我が艦隊、最も前方に位置する戦隊はどこか!?」

「はっ!7350号艦を旗艦とする、エッカルト大佐麾下の第735戦隊です!」

「では通信士、第735戦隊に打電!前方デブリ群に向け一斉砲撃、これを排除せよ、と!」

「了解!」

「デブリ群より高熱源多数!こちらに向けて加速中!」


どうやらミサイルが点火したようだ。とその直後に、こちら側の砲撃も開始される。第735戦隊10隻による砲撃の光が、我々の前方で青白く光る。


「デブリ群、消滅!」


目の前で多数の爆発が連鎖的に起こる。最初の一撃で消滅したミサイルの熱目掛けて、残ったミサイルが引き寄せられたようだ。1100発のミサイル群は、たちまちのうちに消滅する。

ミサイルの消滅と同時に、コルビエール軍は艦砲射撃に移行する。


「コルビエール艦隊より熱源反応、多数!」

「ついに砲撃を開始したか……全艦に下令!バリアのみでこれに対処せよ!」


直後、真っ白なビーム光が我々の艦隊を横切る。そのうち何発かが、側面に命中する。ギギギギッという不快なバリア駆動音が、艦橋内に鳴り響く。


ところで今、我が艦隊とパルテノーベ第5艦隊の陣形は、次の通りだ。

まず、コルビエール艦隊から最も近いところに、我々、地球アース391先遣隊が並ぶ。その内側10キロのところに、パルテノーベ軍の戦艦、巡洋艦、そして無傷の駆逐艦が並ぶ。さらにその内側20キロのところには損傷した駆逐艦、航空母艦、そして輸送船を配置している。

要するに、我々駆逐艦群の影に、パルテノーベ軍に隠れている。ただし、戦艦だけは全長が750メートルあり、とても我々の駆逐艦一隻では隠しきれない。

我が艦は戦艦デ・ロイテルを担当している。第5艦隊旗艦である戦艦だ。あちらもどうやら、ここに旗艦があるのだと気付いたのだろう。砲撃を集中してくる。それを我が艦と駆逐艦7309号艦の2隻で防ぐ。


「ここが踏ん張りどころだ!1発もこちらの艦艇に当てさせるな!」


とは言ったものの、大変なのは航海長だ。ビームの軌跡を予測し、通常とは逆に、敢えてそれを受けるために動く。こんな戦い、今までに経験はない。

にしても、まるで豪雨のようにこちらに砲火が集中する。最初はまだらだった砲撃が、徐々に密になっていく。どうやら、こちらが反撃してこないと知るや、ますます戦艦3隻に攻撃が集まっているようだ。おかげでこちらは駆逐艦3隻で戦艦デ ・ロイテルを防御する羽目になる。


このまま彼らの攻撃を受け流そうかと思っていたが、不快音を聞き続けているとだんだん腹が立ってくる。このまま防御に徹するのもいいが、やはりいつまでも不快なバリア駆動音を聞き続けるのも精神的に悪い。


そう思った私は再び、艦隊配置の担当に向かって叫ぶ。


「現在、攻撃が手薄な戦隊はどこか!?」


しばらく配列図とバリアの作動状況の数値を確認していたその担当が、私に返答する。


「第735、732、729戦隊が現在、攻撃を受けておりません!」


それを聞いた私は、通信士にこう告げる。


「通信士、735、732、729戦隊旗艦に打電!3戦隊全艦90度回頭、砲撃準備!」

「はっ!……ですが司令官、目標はどこですか!?」

「コルビエール艦隊上方、10キロだ!」

「はっ?」

「返答は!」

「はっ、はい!了解いたしました!3戦隊に対し打電します!」


通信士がこの3つの戦隊の旗艦に向け、打電を続ける。その間も、あちらの長距離砲のビームが我が艦側面に着弾し続ける。バリアがある以上びくともしないが、いい加減この音にも聞き飽きた。やはり、少しはこちらの力を示さないと、気が済まない。


「3戦隊旗艦より入電!砲撃準備よし!」

「よし、全艦斉射、撃てーっ!」

「司令部より735、732、729戦隊!砲撃開始、撃てーっ!」


私の号令に呼応して、30隻の駆逐艦で装填が開始される。そしてしばらくすると、砲撃が行われる。その砲撃から数秒後、我々への砲撃が止んだ。


あれは威嚇砲撃ではあるが、最大の目的は、あちらのレーダーを封じることだ。どうやらこちらの星系の艦隊は、我々の艦砲射撃を間近に受けると、レーダーが機能しなくなるらしい。それをランメルト中佐から事前に聞いていたことを思い出した。実際、レーダーが使えなくなったであろうコルビエール艦隊からは、砲撃がピタリと止んだ。


「全艦、隊列を整えつつ前進!進路そのまま!」

「了解、進路そのまま!」


そんなコルビエール艦隊の脇を、悠々と進む地球アース391先遣隊100隻と、パルテノーベ第5艦隊120隻。その間に、距離は10万キロまで離れる。

威嚇砲撃も効いたのだろう。彼らが反転、迎撃に移ることはなかった。コルビエール艦隊はそのまま、我々から離れていく。

そして、それから1時間が経過する。


コルビエール艦隊は、すでに40万キロ以上離れている。が、本来ならば、私は寝ている時間だ。静かになった艦内で、私は思わずウトウトし始める。が、その私を叩き起こす声が突然響く。


「司令官!パルテノーベ第5艦隊旗艦、デ・ロイテルより入電!」

「な……なんだ!読み上げろ!」


突然大声で呼ばれて、思わず艦長席から落っこちるところだった。軍帽を正し、私は通信士に応える。


「はっ!読み上げます!貴艦隊の大勝利に、心より祝福申し上げる!宛、地球アース391先遣隊司令官、フォルクハルト大佐、発、パルテノーベ共和国軍、第5艦隊司令、ダーフィット大将!」


あれを勝利と称したか。ただの1発も、彼らに向けては撃っていないのだけれど……が、それは我々の意思を示す行動であり、それが達せられたことをこちらの名将は評価してくれたようだ。

私の元上官と名前が似ているせいか、彼らとの接触に至るまでの毎日が、たった今、救われたようにも感じる。

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