第13話 水海星

パルテノーベ軍の提案で、我が先遣隊とパルテノーベ軍第5艦隊は合流し、この星系の第4惑星である水海すいかい星という巨大ガス惑星の第7衛星ルシファーニという星に向かうこととなった。そこに彼らの宇宙要塞があるという。

そこではまずパルテノーベ政府関係者と接触し、暫定的な条約締結を行う。しかる後に、我々の艦隊主力の進宙を認可してもらう手筈だ。


ここが宇宙進出を果たしていない星だったなら、我々は勝手にこの星域に入り込んで艦隊を展開させるのだが、最外縁部の惑星にまで進出可能な艦隊を保有する彼らがいる以上、勝手に入り込むわけにはいかない。


そこでまず、総司令部より一隻の駆逐艦が派遣された。その艦は、パルテノーべ政府との交渉にあたる交渉官をこちらに移乗させる代わりに、元先遣隊司令官であるダーヴィット准将を引き取って帰っていった。


この時点で先遣隊の目的が、未知惑星探査からこの星との初期交渉に変わってしまった。


ところで、我々の艦には彼らとの連絡用の無線機と、7式戦闘機と呼ばれる航空機が一機、そしてバート少佐と2名の士官がこの艦に常駐することとなった。

その代わりに我々からも、彼らの旗艦である戦艦デ・ロイテルに哨戒機が派遣される。それに付随してパイロットが一名、そして連絡係として、ウルスラ兵曹長が着任する。


◇◇◇


「えっ!?ここ、重力ないんですかぁ!?」


到着早々、文句を言っているのは、あのウルスラという女性下士官だ。わざわざここに志願してやってきたと聞いたが……ここは宇宙空間で、かつ我々には慣性制御なる便利な装備はないと予め伝えておいたはずだが、人の話を聞いていないな。


「でもまあ、ふわふわと浮いていればいいので、楽は楽ですねぇ。」


しかし、すぐにその状況を肯定的に捉えていた。この星系に来てからも、やれ王子だの貴族だのと呟いていたというから、何事も都合よく捉えることは得意なのだろう。

が、それから30分もすると、彼女は艦橋の端っこでゲーゲー吐いていた。いわゆる、宇宙酔いだ。


「……うげぇ、無重力って、こんなに気持ち悪いところでしたっけ……うっぷ!」


まあ、航宙艦に赴任したばかりの新兵によく見られる病状だ。だが、もうすでに数ヶ月以上は宇宙で暮らしているというのに宇宙酔いにかかるとは、よほど恵まれた環境で暮らし続けてきたという証拠だろう。

が、宇宙生活が長いというだけあって、しばらくするとその宇宙酔いも克服する。それからは、連絡係を志願しただけあって、積極的に周りの士官らと関わっていた。


「へぇ、ここから300光年も先の星から来たのかい。でも、どうやってここまで?」

「ああ、それはですねぇ、ワープ航法というのを使うんです。」

「ワープ?あの、何光年もの距離を一気にジャンプするっていう?でも、具体的にはどうするの?」

「ええとですねぇ……詳しくは知らないんです。でも、ワームホール帯という場所がどこの星系にもあって、それをくぐると何光年も先に移動できるから、そのワームホール帯っていうのをいくつも辿って移動するんだと聞いてますよ。」


考えてみれば、愛嬌のある娘が突然、この艦内に乗り込んできた。それも、我々からみれば異星人だ。皆、珍しくて仕方がない。


「全艦、移動準備完了!」


と、そこにある士官が、出発準備完了を告げてきた。その報告を受けて、ダーフィット大将が下令する。


「よし、これより水海星へ向けて出発する。全艦、加速準備!」


ジリリリリッとベルが鳴り響く。ウルスラ兵曹長を囲んでいた士官らも、一斉に近くの壁際に移動する。


「あ、あれ?皆さん、どうされたんですか?」


……おっと、しまった。彼女はこの艦の常識を知らない。


「艦隊加速だ、強烈な加速度がかかるから、すぐに壁際や柱にあるベルトで身体を固定して……」


などと言っているうちに、艦隊加速が開始される。


『艦隊加速!全艦、全速前進!』


このままでは、彼女は物凄い勢いで壁に叩きつけられる。私は叫ぶ。


「ウルスラ兵曹長!こいっ!」


慌てて飛んできた彼女を受け止める。そして、私のすぐ脇に彼女を寄せて、大急ぎで私のベルトを巻きつける。そしてその直後、加速が開始される。


「ひえええぇっ!」


3、4Gの加速度が、一気にかかる。6基の核融合炉によるプラズマ推進の生み出す強烈な加速で、全員、壁に押し付けられる。

考えてみれば、ウルスラ兵曹長の乗っていた船ではこの加速度を打ち消す仕掛けがある。常に地上と同じ重力を受け続け、加減速の衝撃も受けることなく有意義な宇宙生活を歩んでいた。それがいきなり、無重力と強加速が断続して発生する船に乗り込んできた。何も知らず志願したとはいえ、ちょっとかわいそうだ。


「面舵20度!ヨーソロー!」


と、そこに右旋回が加わる。私の右隣にいる彼女の身体が、私にのしかかってくる。咄嗟のことで、本来一人用の固定ベルトに2人もくくりつけてしまった。彼女の身体が、私にのしかかる。

……にしてもだ、肩のあたりがちょっと、柔らかいな……私はちらっと、自分の方を見る。すると案の定、彼女の胸のあの柔らかな部分が私の肩に触れている。

強烈な加速度で目を回しているウルスラ兵曹長、一方でその彼女の女性らしい部分を押し付けられて動揺する私。回頭が終わり、再び前進方向への加速に切り替わるが、ウルスラ兵曹長は私にもたれかかったままだ。

20分ほどで、艦隊加速は終了する。加速終了を知らせるベルが鳴り、私はベルトを外す。


「おい、ウルスラ兵曹長!」


最大5Gもの加速度がかかったためだろう。ウルスラ兵曹長は、口を開けたまま気を失っていた。さっきまで元気に士官らと会話していたこの女性下士官は、今や空中を漂うただの生ける屍となった。


「あらら……大丈夫ですかね、彼女?」

「うーん、そうだな……心配だから、このまま医務室まで運んでやれ。」

「はっ!承知しました!」


すぐ横にいた士官に頼んで、彼女を医務室に連れて行ってもらうことにした。これも、新兵にはよくある現象だ。ましてや、加速度訓練を受けたことがない彼女には、今回の加速はちょっとキツかったようだ。

そういえば、ウルスラ兵曹長を乗せてきた哨戒機には、慣性制御があると聞いた。大加速時には、あれに乗って貰えばよかったのか。今さらながら気づく。次回からは気をつけねば……私は、肩の温もりの余韻を感じつつも、医務室に運ばれるウルスラ兵曹長を見送りながら、そう決意する。


◇◇◇


現在、パルテノーベ軍 第5艦隊と共に、順調に航海を続ける。ここから目的の水海星までは、およそ3日の行程だ。

が、我々の船ならば、3時間もあれば到着する距離だ。しかし、行動を共にする以上、彼らの足に合わせなくてはならない。

ところで、連絡係として送り込んだウルスラ兵曹長だが、慣性制御のないあの艦内で、果たしてあの加速に耐えられたのだろうか?哨戒機パイロットならば、耐G訓練は受けているから問題はないが、ウルスラ兵曹長は兵学校を2年で卒業してこの船にやってきた。兵学校ではまず、加速度訓練などやらない。そのことをちゃんとランメルト中佐に話しておくべきだったな。うかつだった。


まあどのみち、気絶する程度で済んでいるだろうから、たいした問題ではないだろう。それよりも、この先の政府間交渉の方が心配だ。我々が受け入れられるかどうかは、まずこの初期交渉にかかっている。

パルテノーベ政府との交渉は問題ない。問題は、もう一つの大国の存在だ。この星域内には、コルビエール連合国も艦隊を繰り出しているという。まず一方の政府との間に同盟関係を樹立できたとして、もう一方の国とはどうか?

未知の地球アースとの交渉では、特に複数の大国が存在し、かつその大国同士の利害関係がぶつかり合っている状況では、難航することが多々あると聞く。こちらは宇宙空間上にまで戦いの舞台を広げている者同士だ、その憎悪の念は遥かに大きいのではないか?


だが、これは政治的な話だ。軍人の私には、どうしようもない。ただ、コルビエール軍の艦隊と接近することはあるだろう。その時はどう、対応するか。それだけは想定しておかねばならない。


「フォルクハルト大佐。」


艦橋の艦長席に座る私に、声をかける者がいる。赴任したばかりのディートリヒ交渉官だ。


「はっ、交渉官殿。どうされましたか?」

「いや、そういえば貴殿とはあまり話をしていないと思ってな。」

「はぁ……」

「私の交渉の基本は、相手と対話し、その相手を知ることだ。そのためにはまず先に、味方を知るべきだと思ってな。」


交渉の前座として、まず私に対話を仕掛けてきた。交渉官の今の言葉を解釈すると、そういうことになる。


「貴殿は中佐でありながら、准将を差し置いて艦隊を指揮し、パルテノーベ軍と一戦交え、そして先遣隊旗艦であるこの駆逐艦7310号艦をパルテノーベ軍のど真ん中に飛び込ませた。その結果、彼らとの交流が叶い、こうして条約交渉にこぎつけることができた。その認識で、間違いないか?」


いきなり直球だな、この交渉官は。


「はい、私の権限下では、あれが精一杯でした。運良く相手が我々のメッセージを読み取り、この艦に士官を派遣してくれたからよかったものの、場合によっては我々は、彼ら一斉砲撃を受けるところでした。」

「いや、出過ぎた行動だと責めているわけではない。リスクはあれど、見事な采配だったと言いたかった。大体、まったく交流のない者同士の初期接触など、リスクのなかろうはずがない。その上で貴殿は上手く自らの権限の中でそれを実現した。」

「はぁ、ありがとうございます。」

「だが、貴殿にそれをさせたのはなんだろうね?」

「あの、それはどういう……」

「このままあの臆病な准将に従い、ずるずると物事を先延ばしにするという選択肢だってあったはずだ。いや、おそらくほとんどの士官は、この選択肢を選んだことだろう。一歩間違えれば、命令違反ととられて軍法会議もの。にも関わらず、貴殿は敢えて上官の意向に逆らい、危険を伴う危うい選択肢を選んだ。そう貴殿を駆り立てたのは、一体なんだね?」

「それが任務だからとしか、答えようがありません。が、敢えて申し上げるならば、そうですね……」


私は少し考えて、こう応える。


「あのパルテノーベ艦隊の見事な動き、あれを指揮する提督と、それを補佐する作戦参謀役がどういう人物か、興味がありました。私自身、作戦参謀ですから。その好奇心が、私をあの行動に駆り立てた、とも言えるでしょうか。」

「うむ、なるほど……」


交渉官殿が求めている回答かどうかは分からない。私も今の問いに、良い答えを見いだせていない。なんとなく感じたままを応えただけだ。


「想像以上の回答をいただいた。それでは司令官殿、この先の安全な航海をお願いしたい。では。」


あんな応えで、満足されてしまった。ディートリヒ交渉官はそのまま、艦橋を出ていかれた。


それから3時間ほど、私は当直の任が終わるまでの時間、艦橋で過ごす。そこで何人から聞いたのだが、あの交渉官殿、どうやら他の士官にも対話を仕掛けているらしい。私だけではなかったようだ。まあこの先、3日もの時間がある。持て余しているのだろう。

そして私は当直の時間を終えて、艦橋を後にする。その足で私は、食堂へと向かった。


「へぇ~、あんたの星に、そんなところがあるんだ。」

「そうだぜぇ、これが綺麗なところでさぁ。有名な観光スポットなんだぜぇ。」

「そうなの、行ってみたいわねぇ。なにせもう数ヶ月、この真っ暗な宇宙の、狭い駆逐艦の中で暮らしてるのよ、私。」

「そりゃあ災難だなぁ。それじゃあ一緒に……」


軽い夕食を摂ろうと寄った食堂で、オリーヴィア少尉とバート少佐が、楽しげに話し込んでいるところだった。私は少し離れた場所に座り、一人、食事を始める。


「あら、フォルクハルトじゃないの。どうしたの?一人で寂しく食事を始めちゃって。」


と、私に気づいたオリーヴィア少尉が私を呼ぶ。白々しい女だな。私は応える。


「別に、楽しく話す相手もいないからな。それに、今日は交渉官殿を迎えたりと大忙しだった。ボーッとしていたい気分だ、別に寂しくはない。」


すると、何やら雰囲気を察したバート少佐が立ち上がる。


「おっと、お邪魔なようなので、小官はこれで失礼致します。では……」


私に敬礼すると、オリーヴィア少尉に手を振って、食堂を後にする。それを見送ったオリーヴィア少尉は、今度は私のそばにやってくる。


「……邪魔して悪かったな。」

「いいのよ、本命が戻ってきたから、こっちに乗り換えるわ。」


嫌な言い方だな、こっちが気にしていると思って、わざと言ってないか?


「って、もしかして妬いてるの?」

「いや、別に妬いているわけじゃ……」

「大丈夫よ。これでも私、見る目はあるのよ。ランメルト中佐ならともかく、あのパイロットじゃあ、私には釣り合わないわ。」

「てことは、ランメルト中佐だったらOKだと言いたいのか?」


つい私も、ツッコミを入れてしまった。まったく、大人げない会話を仕掛けたものだ。だが、オリーヴィア少尉は応える。


「うーん、ダメね、彼は。」

「なぜだ?」


さっきと言っていることが違う。私はつい尋ねる。


「彼にはね、先約があるの?」

「先約?」

「そう、もう彼のこと、狙っちゃってる人物がいるのよ。」

「誰だ、それは?」

「ウルスラよ。」

「はぁ!?」


意外な人物の名が出てきた。


「なんだってウルスラ兵曹長が、ランメルト中佐を狙うんだ!?」

「どうやら彼、貴族の出身らしいのよ。で、そういうものに憧れていたウルスラが、すっかり彼のこと、気に入っちゃったらしいのよ。」


ああ、そういえば重度の妄想癖があの下士官にはあったな。もしかして、パルテノーベ軍との連絡役を志願したのは、そういうわけだったのか?


「だから、大丈夫よぉ。ほら、今夜だってこのまま、あなたの部屋で……」


オリーヴィア少尉が調子良く私を誘いかけているところに突然、私のスマホが鳴り出す。


「フォルクハルトだ。」

『司令官殿!至急、艦橋にお越し下さい!』

「どうした、何があった!?」

『艦隊が、接近中です!』

「艦隊!?まさか、また連盟艦隊か!?」

『いえそれが、こちらの星系の艦隊の模様!ともかく、急ぎお越しください!』


急に不穏なものが現れた。これは後で判明するが、その艦隊とはコルビエールの艦隊だった。

我々はもう一つの大国の艦隊と、いきなり接触することになってしまった。

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