第12話 砲撃戦
「先遣隊全艦に打電!電波錯乱材の中に移動し、待機!」
「はっ!ですが、艦隊があの中に飛び込んでしまっては、通信もできなくなります。」
「距離30万キロに接近したら、こちらから発光信号を送る。もし信号が届かなくとも、各自の判断で直ちに砲撃を開始せよと伝えよ。そう伝えておけば、通信ができなくとも攻撃が可能だ。」
「了解!直ちに伝えます!」
通信士が慌ただしく私の命令を伝えている間に、私は客人2人に言う。
「聞いての通り、我々の敵艦隊が現れてしまった。これより我が先遣隊は、迎撃態勢に入る。」
「そのようだな……」
「で、貴官らには一つ、話しておかねばならないことがある。」
「うかがおう。」
「貴官らの艦隊を、
それを聞いたランメルト中佐の顔色が変わる。
「お……
「あ、いや、貴官の艦隊には指一本触れさせはしない。どのみち、連盟の奴らも我々と同様、こちらの艦隊に攻撃を仕掛けることはない。だからこそ、奴らを引き付けるために使わせてもらう。そういう意味だ。」
あまり釈然とした様子ではなさそうだな。しばらく考え込んだランメルト中佐は、口を開く。
「
「条件?」
「我々にとっては、連合と連盟、どちらも選ぶ権利がある。だから貴官らの陣営に属する方が有益だという何か決定的なものが欲しい。それが、条件だ。」
「……具体的には、どういうことだ?」
「簡単だ。この駆逐艦と同型の艦を一隻、譲っていただきたい。」
なるほど……そうきたか。私は応える。
「すぐにとはいかない。第一、この駆逐艦の操艦方法を知らぬまま渡したところで、持て余すだけだろう。だから、操艦技術の伝授後に引き渡し、そういう話であれば、私が責任を持って総司令部を説得しよう。」
「それで構わない。その条件があれば、私も第5艦隊の司令部を説得することができる。では。」
彼は敬礼すると、パイロットのバート少佐を伴い、艦橋を出る。
に、してもだ。数千隻の艦隊を配置しておきながら10隻の敵艦隊を見逃すとは、艦隊主力は何をやっているのか?だが、相手は高々10隻。先遣隊100隻が事に当たれば、大したことはないだろう。
問題は、こちらの艦隊のことだ。我々のこの策に、同意いただけるだろうか……?
◇◇◇
『
「はい、閣下。」
『そうか。で、その引き換え条件として、そちらの駆逐艦を一隻、要求したのだな?』
「それくらいの見返りがなければ、私は司令部を説得できない。そういうつもりで、申し上げました。」
『なるほど……』
私はまず、ダーフィット大将に彼の言をそのまま伝えた。無論、この言葉の意味が分からないダーフィット大将ではないはずだ。
『ならば、フォルクハルト大佐のその策に従い、
「はっ!ですが閣下、よろしいのですか?」
『なにがだ。』
「我々は外から勝手に現れた艦隊同士の戦いに巻き込まれるのですよ?」
『それはそうだが、考えてもみろ。その艦隊同士の戦い方を、間近で見ることができる。この先のことを考えれば、我々にとっては貴重な体験だ。それに加えて、駆逐艦を一隻、受領できる。いいことづくめではないか。』
「は、はぁ……」
『それにだ、我々の意思を示すいい機会だとは思わないか?』
「は?それは一体、どういう意味でしょう、閣下。」
『それはだな、中佐……』
これがもし他の艦隊の司令官ならば、おそらくは激怒しただろうな。だが我が名提督は、そんなプライドなど微塵もない。あくまでも、目の前の現実を優先する。それがダーフィット大将の、名将たる所以だ。
「もう、終わりましたかぁ!?」
相変わらず、あの下士官がひっついてくる。暇なのだろうか?別についてくる必要もないのだが。
「ああ、終わった。これより艦橋に戻り、我々の司令官の言葉を伝える。」
「そうですか。ではランメルト様、ご案内いたします。」
私が貴族の出身だと聞いた途端、急に様付けで呼ぶようになったな。妙なやつだ。私は7式を降りてタラップを降る。
「そうだ、バート少佐はここで待機。」
「はぁ!?」
「私は無線機を持っていく。何かあったら、艦橋から直接こちらに連絡を入れる。それを直ちにダーフィット閣下の元に知らせて欲しい。」
「おい、この殺風景な格納庫でしばらく待機しろというのか!?」
「命令だ。別に格納庫での待機は、慣れたものだろう。」
「ちっ……了解いたしました!バート少佐、ランメルト幕僚の連絡役のため、待機いたします!」
憮然とした顔で私に敬礼しつつ応えるバート少佐。私も返礼で応えたのち、格納庫を出る。
なぜだか、妙に得意げな顔で先行するウルスラ兵曹長の後ろについて、私は艦橋に向かう。
これまで、彼らの武器の威力は何度か拝見した。だが、我々は彼らの本当の戦い方を知らない。あの防御兵器と大型砲だけで、30万キルメルティ隔てて行われる戦闘。それを我々は、もうじき目の当たりにする。
だがそれは我々にとっても、この先の戦い方のスタンダードとなるはずだ。で、あるならば、我々は見届けなくてはならない。彼らの戦いぶりを。
◇◇◇
「ではこれより、我が艦も行動を開始する。後退微速、然るのちに反転!」
艦橋に戻ってきたのは、作戦幕僚のランメルト中佐だけだった。無線機を持って現れたところを見ると、ここで艦隊戦を実況するつもりらしい。パイロットの方は、中継役としてあの複座機っぽい航空機に残してきたようだ。
「ランメルト様!お席を用意しました!どうぞ、お座りください!」
ところで、ウルスラ兵曹長が先ほどからランメルト中佐のことを様付けで呼んでいるのが気になる。客人向けの呼称かと思いきや、バート少佐のことは単に「少佐殿」と呼んでいることから、どうやらこの作戦幕僚だけの特別対応のようだ。が、どうしてそうなったのかは知らない。
「敵艦隊、こちらに向けさらに接近!我が艦隊との距離、33万キロ!射程内まであと10分!」
たった10隻の敵戦隊は、ここにいるこの星系の艦隊めがけて接近を続ける。一方で、我々の先遣隊はあの電波錯乱材のおかげで、その存在を知られてはいない。それでいて、数は10倍。圧倒的に有利だ。
もはや、戦闘と呼べるものになるかどうかは分からない。敵に同情せざるを得ないが、だからといって、手を抜くつもりはない。
「よろしいか?」
まもなく砲撃戦が開始されようという時に、ランメルト中佐が尋ねる。
「なんだ?」
「砲撃戦開始直前に、我が艦隊宛てに合図を出したいが、よろしいか?」
「ああ、それは構わない。」
砲撃戦前に合図を出すための確認を求められた。が、それは当然の配慮だろう。前触れもなしにいきなり撃ったら、あちらも混乱するだろうからな。
そして直後、レーダー手より報告が入る。
「我が艦隊と敵艦隊距離、30万キロ!射程内です!」
「通信士!レーザー通信にて、砲撃開始の合図!」
「了解!」
私が通信士に、錯乱材の影響でレーダーが使えない味方艦隊に宛ててレーザー通信で砲撃の合図を送るよう下令する。と、横ではランメルト中佐が、無線で何かを知らせている。
「
先ほど通告してきた通り、合図を送ったようだ。私は、前方の窓の外に目を移す。
が、後方100キロの位置にいるパルテノーベの艦隊が動く。それを短距離レーダー担当のオリーヴィア少尉と、熱探知センサー担当が同時に知らせる。
「パルテノーべ艦隊、一斉回頭します!」
「パルテノーべ艦隊より高熱源反応、多数!」
この2つの報告が意味するところは、たった一つだ。つまりこれは、砲撃戦闘体制に入ったことを意味する。
だが、あちらの艦隊はまだ、こちらからみても30万キロ以上先にいる。彼らの射程10万キロにいるのは、我々だけだ。
そしてちょうど我が艦は、バリアの効かない後方噴出口をパルテノーべ艦隊に向けている。
「パルテノーべ艦隊、一斉発砲!」
こっちには、そちらの艦隊の作戦参謀を乗せているんだぞ!?それを知っていて、こちらを撃つか!?私は、背筋が凍るのを感じる。
が、パルテノーベ艦隊のビームは我々をわずかに逸れて、10隻の連盟艦のいる方に伸びる。そして、漆黒の闇の中に消えた。
当然、彼らのビーム砲の射程を遥かに超えた位置に連盟艦隊はいる。当たるはずがない。何を狙って彼らは、連盟艦隊に砲撃を加えたのか?
と、そこに、彼らの作戦幕僚が口を開く。
「あれは、我々の覚悟だ。すでに連合側に与したと知らせるための一撃を、ダーフィット大将閣下は放たれた。」
これを聞いて、彼らの意思を私は確認する。が、あまりに危険な行動だ。私はランメルト中佐に尋ねる。
「だが、射程外の攻撃だぞ?もしあちらがその意図を理解して。パルテノーベ艦隊に向けて攻撃してきたら、どうするつもりだ!?」
「あの砲撃で、彼らの視線は我々に集まる。そうすれば貴艦隊の奇襲攻撃に、貢献するはずだ。
なんと、そこまで考えての行動だということか。彼らの覚悟を、あの一撃で私は理解した。
と、その直後、あのビームを合図に、今度は我々の艦隊から一斉に砲撃が始まる。横方向から青白いビームが数十本、我々の目の前を横切る。
「どうか!?」
「はっ!弾着確認!初弾で3隻撃沈!」
10隻の相手だ。たった一撃で、3隻失ったのは痛いはずだ。当然、敵の敗走が始まる。
「こちらも傍観しているわけにはいかない。砲撃戦用意!」
「はっ!砲撃管制室へ、砲撃戦用意!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦用意!』
バタバタと攻撃態勢に入る駆逐艦7310号艦。
「目標、眼前の連盟戦隊7隻!撃ちーかた始め!」
『連盟戦隊に砲撃!主砲装填、撃ちーかた始め!』
キィーンという甲高い音が起こる。その数秒後に、この艦からの砲撃が始まる。
◇◇◇
とてつもない発射音だ。艦のほとんどが砲身でできているというだけある。移動の際の加速度を打ち消せる慣性制御をもってしても、この砲撃による衝撃振動を消すことはできない。
雷のような爆音と共に放たれたビームの軌跡は、まっすぐ正面に伸びる。回転砲塔を持たぬゆえに、艦全体で目標を捉える必要がある。そのため、今この艦の操縦系は、艦橋ではなく、下にある砲撃管制室に委ねられている。
「弾着補正、下7、右3!続けて撃てっ!」
第2射が、放たれる。ドドーンという大きな雷のような音が響き、窓いっぱいに青白い光が覆う。
ものの数秒で、小都市なら一発で消失させられるほどの威力のビームを真っ暗な宇宙空間に注ぎ込むと、再び砲撃の構えをとる。
が、第3射はなかった。
「敵艦隊、全艦消滅!」
たった10隻とはいえ、それがこの艦が2発撃つ間に消滅してしまった。私は、この艦隊戦の結果に恐怖する。
こちらの艦隊戦では、ビームが直撃したところで、必ずや撃沈できるとは限らない。核融合炉にでも直撃すれば爆発四散するだろうが、そうでもない限りは一撃で沈むなどということはない。
そういえば、ここのバリアシステムという防御兵器について聞いた。あれはこの艦砲射撃の直撃をも跳ね返せるほどの能力があるという。ただしそれは正面のみ、側面にも多少の防御力はあるものの、正面ほどではなく、もし艦砲の直撃を受ければ防げないという。さらに後方には噴出口があるため、このバリアシステムによる防御ができないという。
今回、あの連盟の艦隊があっけなくやられたのは、我々パルテノーベ軍の艦隊に気を取られて、電波錯乱材の中で潜む
もはやこの宇宙での戦闘は、彼らの持つ兵器なしには戦えない。パルテノーベとコルビエール、そしてその周辺国は直ちに団結し、彼らからの技術供与を受け、この宇宙の脅威に備えなければならない。私はこの戦闘を目の当たりにして、新たな時代の戦術を模索し始めていた。
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