第11話 捕捉

一瞬、私の意識が飛びそうになる。が、次の一言が、私の意識を再び呼び戻す。


『加えて命ずる、貴官を駆逐艦7310号艦艦長、および先遣隊暫定司令官に任ずる!』


これを聞いた私は、すかさずエーデルトラウト准将に尋ねる。


「あ、あの……幕僚長殿、なぜ小官が、暫定司令官なのです?ダーヴィット准将は、どうなるんですか?それに小官は中佐であり、司令官などになれる権限は……」

『ああ、貴官の言いたいことは分かる。だから、順を追って話す。』

「はっ、お願いします。」

『まずダーヴィット准将の処遇だが、彼は先遣隊司令官および駆逐艦7310号艦艦長の職を解いた。で、その代わりに、貴官を充てることに決定した。そういうことだ。』

「あの、それはどういうことでしょうか……?」

『どうもこうもない。先遣隊としての役目を、ダーヴィット准将は果たさず、貴官は果たした。ゆえの決定だ。なお、この人事は昨日さくじつに遡って適用する。ゆえに、貴官が小艦隊指揮をとった件は、正当な指揮権行使として認定される。』

「はっ、承知いたしました。ですが、中佐で指揮官というのは、軍規上の問題があるのではありませんか?」

『貴官には、すでに大佐への昇進が確定している。追って正式に辞令を渡すことになるが、これも昨日さくじつに遡っての適用だ。大佐級ならば、軍規上も暫定司令官の任を担うことは可能とされているから、問題はない。』

「は、はぁ……」

『なお、この決定はすでに先遣隊100隻全てに打電済みである。というわけで、貴官の今後の奮闘に期待する。』

「はっ!微力を尽くします!」


そう言い切ると、エーデルトラウト准将との通信は切れる。後に残ったのは、私と艦橋内の乗員のみだ。


「では、フォルクハルト艦長殿!今後の指示をお命じください!」


その通信を横で聞いていたオリーヴィア少尉が、私にそう話しかけてくる。私は、応える。


「とりあえず、今は待機。あの客人2人を帰還させた後に、他の艦と合流する。以上だ。」

「はっ!」


こいつ、わざと私に艦長として喋らせるために発言したな。だが、肝心の当人にはまるで指揮官としての自覚がない。それはそうだ、たった今、総司令部から何の前触れもなく指揮官に任命されたばかりだ。急に切り替えろと言われても、変わるものではない。

ただそれは、ダーヴィット准将も同じだろう。通信機越しに、急に解任を言い渡されたわけだ。これまでの行いを思えば当然のことだろうが、それにしても急過ぎる。先ほどすれ違った時は、まるで魂を抜かれたゾンビのような様相だったが、そうなるのも頷ける。どう考えても、あちらの方がショックが大きい。同情を禁じ得ない。


とはいえ、そんな准将閣下に構っている余裕はない。なにせ、何の前触れもなく100隻を指揮する羽目になった。これからどうするか……いずれ彼らの星には出向くことになるだろうが、その前にやらなければならないことが多過ぎる気がする。

どうやら彼らは、この星系内で争い事を繰り返しているようだ。実際に我々も、彼らが戦闘をするところを目にしている。だがこの先、この星は一つにならなければならない。となれば、我々はその争いを阻止し、犠牲が出ないよう介入する必要がある。

となれば、接触を果たしたパルテノーべ共和国の第5艦隊との連携を模索せねばならない。彼らの司令官と直接、面会することができると良いのだが……


◇◇◇


「……そして今、砲撃管制室からこの格納庫に戻り、7式の通信機より連絡しているところです、閣下。」

『了解した。だが、まさか砲撃管制や機関まで案内されるとはな……ところで、貴官には今、監視役の人物はいるのか?』

「はっ、監視役というよりは、案内役の女性下士官が一名、おります。」

『女性下士官が?ここは太陽系外縁部だぞ。なぜこんなところに女性が?』

「他にももう一名、女性士官の存在を確認しております。彼らにとっては、さほどおかしな状況ではないようです。」

『そうか、分かった。』

「それではまた、3時間以内に連絡致します。」


7式の通信機を切る。見学に夢中で、危うく時間を忘れるところだった。あと5分遅れていたら、我が第5艦隊120隻が、この艦に向けて一斉に砲撃を始めてしまうところだった。


「どうでしたぁ、話、終わりましたかぁ!?」


下には、あの女性下士官が待っている。


「ああ、終わった。」

「そうですか。それじゃあ……」


この女性下士官も、始めはおかしなやつだと思っていた。が、案内を始めた途端、案外まともな対応に、印象が大きく変わった。

彼女はここの主計科所属だと言っていた。日々、艦内をくまなく周り、それこそ艦内のあらゆる場所を心得ているという。

機関室を訪れた後に、砲撃管制室の前に砲身部と雷撃管を見せてもらった。砲身は大き過ぎて、ほんの一部を垣間見ただけに過ぎないが、おおよその原理とその威力を教えてくれた。なんでもこの艦の砲は、高エネルギー粒子を150メートル、我々の単位で150メルティの長さの砲身中に充填し活性化させて、一気に打ち出す。吐き出されるビームの温度は1万度、その威力は、小さな都市ならば一撃で消滅させられるほどだという。実際に220年以上前に、そういう事件が起きたらしい。星が一つ、滅んでしまったそうだが、その暴挙がきっかけで、今この宇宙は2つの勢力に割れたという。

それ以来、この宇宙では、星の争奪戦が行われている。連合と連盟、この2つの勢力が互いの正義を掲げ、それを果たすために仲間を増やしている。彼らが我々に同盟交渉を持ちかけてきた理由は、簡単に言えばそういうことだ。

そんなはた迷惑な争いごとに巻き込むため、わざわざ我々の星までやってきたというのだ。ご苦労様としか言いようがない。しかも、よりによって宇宙で戦闘を繰り広げている、この星にだ。

こういう星は珍しいとフォルクハルト中佐は言っていたな。では一体、どういう星が多いのだろうか?少し興味がある。

と、そういえば目の前に、ウルスラ兵曹長がいたことを忘れていた。彼女はにこやかに、私とバート少佐にこう言った。


「……食堂、行きません?」


我々の戦艦デ・ロイテルにも「食堂」はある。が、それは、パック式の食事を配る場所といった方が良い。が、ここは重力がある船。我々のそれとは大きく異なるはずだ。

食べ物というものは、乗員の士気に関わる。無重力下での食事の提供には、軍はいつも頭を悩ませている。それが地上と変わらない環境のこの船では、どうか?


エレベーターで降って、食堂に着く。そこはまさに、文字通りの食堂だった。

サラダやハンバーグ、そのほか、ごく普通の食事が、そこで行われている。食事そのものは、我々とほぼ同じ。だが、それはあくまでも地上での話。ここは宇宙空間の只中だ。


「ここのメニューで注文するんですよ。」


ウルスラ兵曹長が、タッチパネル式の大型モニターを指差す。そこには、様々な食事が表示されている。これが地上ならば、宇宙港内の兵員食堂でよく見る光景なのだが、これが宇宙船の中というのがとても信じられない。


「さ、お好きなものを選んで下さい。」

「あ、ああ……」


私とバート少佐に、注文を促すウルスラ兵曹長。私は勧められるままにメニューをめくり、そして気になった食べ物にタッチする。


そこでつい私は、スープパスタを頼んでしまった。これは、宇宙では絶対に食べられない食事だ。それがあって私はスープパスタを選んでしまう。


ここは航宙戦闘艦の中だ。にも関わらず、私の目の前にはスープパスタがある。ウルスラ兵曹長にはごく普通の日常だが、私にとっては異常事態だ。そんな私に、ウルスラ兵曹長が尋ねる。


「ところで中佐殿!中佐は実は、王子様ってことはないですか!?」


……まともなやつだと思えてきた矢先、おかしなことを言い出すこの女性下士官。私は逆に尋ねる。


「いや、王子様と言われてもだな……なぜ、王子などという言葉が出てくるんだ?」

「そりゃあ、発見されたばかりの未知惑星といえば普通、王や公王が支配する国々が存在する星が多いからですよ。降り立ってみたらそこは、剣と弓矢を持つ屈強の騎士達が闊歩し、無数の小国同士が争う群雄割拠な惑星表面に、颯爽と降り立つ駆逐艦。そんなところに私が現れて、2人の王子様が私を巡って争いを始めて、それを私が……」


何百年前の話をしているんだ?しかも後半、話が急に飛躍したぞ。なぜこの女性下士官を巡って、2つの国の王位継承者がわざわざ争いを始めなきゃならないのか?たとえこの女性下士官がそのような星に降り立ったとしても、そんな展開はありえないだろう。

だが、この会話で確信した。どうやらこの宇宙においては、宇宙進出はおろか、銃も持たない文化の星が多いということのようだ。


「何だそりゃあ?せめて魔法やモンスターでもいる星ならともかく、ただ遅れた文化を持つ連中が剣を振り回してるところに行きたいだなんて、思わねえけどな。」


そんな女下士官に、バート少佐が反論する。するとウルスラ兵曹長はそれにこう応える。


「魔法やモンスターなんてものに憧れるなんて、子供っぽすぎですよ。そういう星もあるみたいですけど、私ならもっと現実的に、王子様や貴族様に憧れますけどねぇ。」


いや、それだって十分、子供っぽいのでは……というツッコミは置いておき、彼女の口からさらっと語られた、魔法やモンスターが存在する星があるという事実に、私は少なからず動揺する。

それがいけなかったのだろう。私はつい、口走ってしまう。


「まあ一応、私も貴族ではあるんだが……」


呟くように漏らしたこの事実を、彼女は聞き漏らさなかった。みるみる目が輝き出す。


「えっ!?ランメルト中佐、それどういうことですか!?」

「あ、いや、実家がそうだというだけで、特に深い意味はない!」

「はぁ!?おい、ランメルト、お前、貴族だったのか!?」

「なんだバート。お前、知らなかったのか?」

「初耳だ。士官学校からの付き合いだが、そんな話、俺は知らんぞ。」


思わず口を滑らせてしまった。が、これは事実だ。

パルテノーベ共和国はかつて、30の国に分かれていた。その一つ、オーヴェルヌ王国の王都だったシャンベール市にあるラヴァエル伯爵家が、私の実家であり、私はその家の次男として生まれた。

共和国だというのに、元オーヴェルヌ王国だけは貴族階級が残されている。宇宙に進出する時代だというのに、家名と幾ばくかの領地を持ついくつかの貴族がまだ存在する。ただし王族は存在しない。パルテノーベ共和国が設立される際に、民衆と貴族の反駁にあって滅ぼされてしまった。もう、600年も前の話だ。

それから幾多の紛争と戦争が繰り返されて、地上から争い事が消えた。が、戦いの舞台は宇宙へと移り、そこで私は国益を守るために軍人の道を歩んだ。そして今、幕僚としてあの船にいる。


「それじゃあランメルト中佐のご実家は、城を持っているんですか!?」

「いや、そんなものはない。あるのは領地と昔から続く事業を行っているだけで、特に貴族らしいところなど、もうほとんど残っていない。」

「俺がいうのもなんだが、共和国でありながら貴族制が残された地域があるなんて、俺は知らないぞ。」

「そりゃあお前、表向きは王政の名残りは消滅したことになっているからな。だが、いろいろあって、あそこだけはまだ貴族の家名が残されているんだよ。」

「通りで、お前からは高貴な香りが漂ってるわけだ。その雰囲気、確かに司令部付きの士官に相応しい。さすがは貴族様だ。」


バート少佐まで、私を持ち上げ始めた。しまったな、どうしてこんな話、持ち出したのだろう?どのみち私は嫡子ではないため、厳密には貴族ではない。兄がラヴァエル家の家督を継ぐことになっている。だから私は士官学校に進み、軍人としての道を歩んだ。


私の星でも、人類が宇宙に出て200年が経っている。一つ外の惑星である風王星に到達したのは、それから80年後。以来、地球上の資源が枯渇するにつれて、加速度的に宇宙への進出が進む。

そんな200年の宇宙史を前に、貴族の称号など大した意味はない。そんなものがまだ、権威として残っている方が異常だ。現に、パルテノーベの他の地域ではそんな身分制度の名残りなど残っていない。

ところがこの宇宙の辺境で、そんなものに心ときめかせる人物がいる。キラキラとした眼差しで、私を見つめているウルスラ兵曹長の視線が痛い。


◇◇◇


もうじき、あの2人の客人がここにやってくるという連絡が、ウルスラ兵曹長より届く。なんでも、食堂でおもてなしをしていたと言う。

あんな食堂でもてなしなどできるわけがないだろうと思いつつも、今は正直、それどころではない。何せついさっき、私が艦隊指揮を取ることに決まった。しかも、100隻。そのことで頭がいっぱいだ。

客人の相手などしている心の余裕は、ない。


「ウルスラ兵曹長、お客様2人をお連れいたしました!」


来たか。私はウルスラ兵曹長と客人2人に向かって敬礼する。


「ご苦労。」


ウルスラ兵曹長に応える私。現れた2人は、まず先に窓際に向かう。艦橋の窓の外には、まさに彼らの艦隊がずらりと並んでおり、我々に砲門を向けたまま対峙している。その艦隊からの使者であるランメルト中佐は、私の元にやってきてこう尋ねる。


「ところで中佐殿、ダーヴィット准将殿がいらっしゃらないようだが。」


ああ、やはり気づいたか。私は応える。


「実はダーフィット准将は先ほど、都合により解任された。代わって今は私が、100隻の先遣隊の暫定司令官を務めている。」


それを聞いたランメルト中佐は、意外な応えを返す。


「そうか。それはよかった。」


……何がよかったのだろうか。こっちは大変な役目を押し付けられて、戸惑っているところだ。私は何か言おうとした。が、ちょうどそのタイミングで、通信士が叫ぶ。


「司令官!駆逐艦7360号艦より緊急通信!」


また緊急通信か。今度は何だ?私の解任か?だが、今回は司令部からではない。僚艦からだ。一体、何だろうか?


「読み上げろ。」

「はっ、読みます!『我、敵艦隊発見!数は10、当艦の8時方向、距離45万キロ!』以上です!」


艦橋内の乗員が一瞬、ざわめく。敵艦隊だと?私は確認する。


「おい、敵艦隊とは連盟艦隊のことか!?」

「こちらでも確認、艦色識別、赤褐色とのこと!間違いなく連盟艦隊です!」


我が艦は今、ぐるりとこちらの艦隊に囲まれたままだ。こんな時に、なぜか連盟の艦隊が突如、現れた。

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