第10話 交流

ここは本当に、宇宙船の中なのか?


会議室に通されたが、異星人の先遣隊の司令官と作戦参謀が、我々の向かい側に机を挟んで座っている。そして私とバート少佐の前に、カップに入った飲み物が置かれている。そもそも我々には宇宙空間でカップに飲料を注ぐなどとは、到底考えられない。その結果が招く惨事が、我々にそれを躊躇ためらわせる。が、ここでは何の躊躇もなく、地上と同様にお茶が注がれている。それを我々は、地上にいる時と同様に飲むことができる。これが我々にとって、いかに非常識なことか。


その非常識を生み出しているのは、重力の有無だ。聞けばここでは、慣性制御という仕組みで船内に人工重力を作り出しているという。

なお、この仕組みは加減速時の加速度をも打ち消してくれるともいう。ミサイルを上回る速度まで一気に加速をしても、乗員や机などが無事なのはそのためだ。まったく我々には、信じがたい技術だ。


が、それ以上に驚くべき事実がある。とある兵士がこの会議室に入ってきた時のことだ。


「報告!閣下、総司令部より入電!至急、返答を頂きたいとのことです!」


入ってきたのは、女性だ。ここには女性兵士がいる。低軌道ならともかく、こんな太陽系外縁部で女性兵士に出会うなど、予想だにしなかった。


「分かった、オリーヴィア少尉。しかし何だろうな、こんな時に……」


ダーヴィット准将と名乗る指揮官は、現れた女性兵士と共にその場を離れる。


「……以上が、我々の目的だ。ご理解いただけだだろうか?」


指揮官の退出に合わせて、半ば強引に話を締めくくる作戦参謀殿。このごく短時間のうちに、私が聞いて理解した話は、以下のようなものだ。


これまでの話を要約すると、彼らの目的は、我々と同盟交渉を行うこと。この宇宙に2つの巨大勢力があり、彼らは自身の陣営強化のために我々を加えようと考え、ここまでやってきたのだという。

その2つの勢力とは、連合と連盟と彼らは呼んでいる。そして彼らは、連合の側に組みする星だ。聞けばこの銀河の片隅の、1万4千光年の円形の空間内には、人類の生存が確認された星がちょうど1000個あるそうで、我々の地球がそのちょうど1000個目の星にあたる。で、彼らはその中の391番目の星、地球アース391を名乗っている。この星の番号にたいした意味はなく、単に発見順だということだ。


「……で、我々は1000番目の人の住む星、ということになるのか。」

「そうだ。そしてあなた方には、連合か連盟、いずれかに属することを決断してもらわなくてはならない。」

「なるほど、で、あなた方は連合側に我々を加えたいと、そういうことなのだな。」

「もちろんだ。でなければ、我々は危険を犯してまで、このようなところにくるはずがない。」


先ほど退出したダーヴィット准将という指揮官は、我々の総司令官であるダーフィット大将とよく似た名前を持つが、その割には凡庸で、正直あまり知的なものを感じない。しかし、このフォルクハルトという男からは逆に、度量と知性を感じる。

私は確信する。この艦を我が第5艦隊のど真ん中に飛び込ませたのは、まさにこの男の所業だろう。先ほどの指揮官に、それほどの度量と決断力は感じられない。短いやりとりの中で、私はそう読み取った。


「では聞きたい。我々がその連合とやらに加盟すると、一体どのような利益が得られるのか?」

「そうだな……例えば、この駆逐艦の製造技術、それをそっくり、あなた方に渡そう。」


何気なく訪ねた私の問いかけに、破格の回答がかえってきた。私は再び尋ねる。


「いや……で、あるならば、是非見せていただきたい。この船の機関、武器、そして中枢部を。」


いくらなんでも、軍事機密であるこれらの領域を覗かせてくれることなどないだろう。そう考えて私はフォルクハルト中佐に要求する。

が、彼の回答は実に寛容すぎるものであった。


「了解した。そういうと思って、すでに機関室や砲撃管制室には連絡済みだ。さ、行こうか。」


椅子から立ち上がり、軍帽を被って我々を出入り口に案内するこの作戦参謀殿。まったく想定外の待遇に、むしろ我々が当惑する。


「おい、本当にいいのか!?機関や武装など、軍事機密に属するものではないのか!?」

「いや、すでに敵である連盟も、同様のものを所有している。それにいずれ、そちらにも供与される技術だ。秘密にすべきものは、何もない。」


そういうとこの作戦参謀殿は、我々を通路の奥に手招きする。私とバート少佐は、彼の後に続いて部屋を出る。


「……なあ、ランメルトよ。」

「……なんだ。」

「本当に俺らは、望みのものを見られるのか?このまま俺らをどこかに連れ込み、人質にでもするつもりじゃないのか?」

「3時間以内に戻るか、なんらかの連絡を行わない場合は、我々の艦隊は無条件にこの船を攻撃することになっている。彼らとて、それくらいは承知しているだろう。第一、我々を人質にしたところで、彼らには利がない。」

「だ、だけどよ……」


フォルクハルト中佐の案内で通路を歩く際に、バート少佐が私にささやく。彼なりに、不安を感じているようだ。だが私は不思議と、不安を感じない。

もし彼らが我々を陥れようと考えるなら、わざわざ艦隊のど真ん中に飛び込んで、我々を艦内に招き入れる必要などない。あの100隻で我が艦隊をぐるりと囲み、あの巨砲で一斉砲撃すれば済む話だ。それを敢えてこのような回りくどい手段をとっているのは、彼らの言葉通りなのだろう。


そして、通路の先に、エレベーターのようなものが現れた。そもそも、エレベーターなるものがあること自体、この艦の不可解なところだ。わざわざ重力を作り出しておいて、その重力に逆らって上昇下降する仕組みを組み込む。なんという無駄なことか。だが、そんな不条理の塊のような仕組みを、ボタン一つで呼び出すフォルクハルトという男。

エレベーターが開く。すると、中にはまた女性兵士の姿があった。


「あ……中佐殿。」


その女性兵士はこの作戦参謀殿の姿を見るなり、敬礼をする。それに返礼で応えるフォルクハルト中佐。彼女は尋ねる。


「あの中佐殿、こちらのお二人は、どちら様なのですか?」


エレベーターから降りることなく、我々の顔をまじまじと眺めるこの兵士。彼女に向かって、フォルクハルト中佐は応える。


「今、我々の外にいる、この星系の艦隊からの使者だ。これから機関室へ案内するところだ。」


その一言を聞いた途端、急にこの女性兵士の顔が変わる。


「ええーっ!?てことは、こちらの星の人達なのですかぁ!?」


……なんだか急に、目がキラキラと輝き出したぞ。なんだ、こいつは?


「そうだが、それが……」


フォルクハルト中佐は何か話そうとするが、そんな彼を押しのけて、その女性兵士が我々に話しかけてくる。


「あの!もしかしてあなた方は、王子様とその従者なのですか!?」


……この船の人々の言葉は分かるつもりでいたが、急に私には理解できない単語が出てきた。いや、言葉は分かるのだが、意味が通じない。


「すまない、彼女はどうやら外の星に対するイメージをこじらせている者ゆえに、妙なことを口走ってしまったようだ。聞き流してはくれないか。」

「は、はぁ……」


何をどう拗らせればこうなるのかは分からないが、どうやらこの女性兵士がおかしく見えるのは、あちらも同じらしいと分かった。


「ではまず、機関室に向かう。このエレベーターで下に行き、それから……」


ちょっとしたアクシデントはあったが、フォルクハルト中佐の案内で、いよいよこの船の心臓部を見ることができる。と、エレベーターに乗り込もうとしたその時、先ほど准将を呼び出していたあの女性士官が走ってきた。


「中佐殿!総司令部より通信です!直ちに艦橋へお戻りください!」

「オリーヴィア少尉、今、私は彼らを機関室に……」

「それどころではありません!緊急通信です!至急、艦橋へ!」


彼女の態度を見るに、ただ事ではなさそうだ。私は、フォルクハルト中佐殿に進言する。


「我々に構わず、戻った方が良いのではないか?」

「はぁ……そのようだな……では、申し訳ない。そうだ、ウルスラ兵曹長!」

「はっ!」

「貴官に急ぎの仕事がなければ、彼らの案内役を頼めないか?」

「ええーっ!?いいんですかぁ!?あ、いや、承知いたしました!ウルスラ兵曹長、ただいまより客人の案内役をさせていただきます!」

「すまない。私の名前ですでに、機関室と砲撃管制室には了解を取ってある。まずこの2カ所に向かい、その後は彼らのリクエストに応えて見学先を決めて欲しい。」

「はっ!お任せあれ!」


そう言い残すと、あの作戦参謀は急ぎ足でエレベータのさらに奥へと走っていった。

後に残されたのは、このおかしなことを口走る女性下士官と、我々2名だけだ。


「それじゃあまずは、機関室にご案内いたします。こちらへ。」


と、まるでエレベーターガールのように、我々を中に手招きするウルスラという女性下士官。我々が乗り込むと、扉が閉まり、下へと降りる。


「8階が機関室入り口となっておりまして、そこから左右2基の機関を見ることができます。その反対側には砲撃管制室が……」


ますますエレベーターガールだな。まさか太陽系の果てまでやってきて、戦闘艦を案内してくれるサービス旺盛な女性兵士に会うなどとは考えたこともなかった。そんな彼女の案内で、我々は機関室に入る。


少し蒸し暑いこの部屋の中には、馬鹿でかい機関が前後に2つ見える。大きさは、我々の戦艦や巡洋艦にあるものとよく似ている。が、大きな違いは、縦に2つ繋がったこの構造だ。


「この機関は、どうなっている!?」

「ええとですね、前側が核融合炉でして、その後ろにあるのが重力子エンジンです。この2つの機関が左右に2つ。それでこの駆逐艦を動かしているんですよ。」

「では、この重力子エンジンというのはなんだ!?どういう役割なのか!?」

「艦の推進力と、慣性制御を行うための機関なんです。ただ、ものすごいエネルギーを必要としているため、核融合炉のエネルギーの大半が重力子エンジンに吸われちゃうんですよ。」


聞けばこの重力子エンジン、我々にとっては夢の機関だ。あの強烈な加速を生み出す力の源。それが今、私の前にある。


「我々の持つプラズマ推進器は、核融合炉で生じたプラズマをそのまま推進力に変えているが、この重力子エンジンとはいかにして推進力を得るのか!?」

「えっ!?そ、それはですね、ええと……」

「ああ、ウルスラ兵曹長、後は代わろう。それはですね……」


途中、この機関室内にいた別の士官が私の質問に応えてくれた。私は暫しこの未知の機関の説明に、心を馳せる……


◇◇◇


急に総司令部からの呼び出しを受けた私は、オリーヴィア少尉と共に艦橋へと向かう。早足で向かう間、私は考える。

まさか、敵襲だろうか?わざわざ総司令部が緊急に呼び出しをかけるなど、それくらいしか思い当たらない。が、それならそれで、警報が出るはずだ。先にダーヴィット准将が呼び出されていたわけだし、敵の侵入などあれば、准将閣下が何らかの措置をとるはずだ。

その准将閣下が、目の前に現れる。


「閣下、司令部からの緊急の呼び出しですが、まさか、敵襲の報告でしたか!?」


私は、ダーヴィット准将に尋ねる。が、准将閣下からは返事がない。真っ青な顔で、まるで夢遊病者のように無言で通路を進んでいる。その様子を見て、私は察する。少なくとも、敵襲ではないようだ、と。

私は、艦橋に入る。通信機の前に座ると、そこには総司令部幕僚長、エーデルトラウト准将が映っていた。私は敬礼する。


「幕僚長殿!フォルクハルト中佐、参りました!」


恒星間通信機の前で、エーデルトラウト准将が返礼する。そして開口一発、こう切り出す。

それは、衝撃的な一言だった。


『フォルクハルト中佐、現時刻をもって、貴官を先遣隊作戦参謀の職から解任する。』

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