第9話 異文化戦闘

「来ました!ミサイル群、多数!距離1000!」

「到達予想時刻は!?」

「およそ7分!」

「そうか……が、その前に砲撃が来るぞ。全艦、バリア展開!」


短距離レーダーが、無数のミサイル群の接近を捉える。

ついに彼らは、総力戦を挑んできた。まずは雷撃を、そしてその直後に航空隊の発進を確認した。そして今、回転砲塔がこちらに向くのが確認されたばかりだ。


「熱源多数!砲撃、来ます!」


この報告の直後に、無数の真っ白なビームがこちら目掛けて放たれる。すでに何本かが他の艦艇に着弾する。だが、バリアシステムがそのビームを弾き返す。


「回避運動しつつ、彼らの陣形面下方向へ移動する。全艦、砲撃戦用意!」

「了解、全艦、砲撃戦用意!」

「目標、前方ミサイル群!艦艇や航空隊には、絶対に当てるな!」


私の権限では、攻撃命令は出せない。が、危険物排除のための防御砲撃ならば、作戦参謀としての権限において許されている。もっとも、司令官不在という条件付きだが。

だが幸いなことに、今はこの場に司令官がいない。だから私は、その持てる権限を大いに発揮できる。


「ミサイル群到達まで、あと2分!」

「よし、全艦、砲撃開始!」

「砲撃開始!撃てーっ!」


ビームの装填音が響き渡る。そして9秒で、初弾の装填が終わる。その直後に、砲撃が開始された。

ガガーンという、落雷のような音が鳴り響く。青白い閃光が、漆黒の闇の中に放たれる。だが、我々のすぐ目の前で、それは炸裂する。

無数の光の玉が見える。間違いなく、あれはミサイル群だ。一度起こった爆発の後に、立て続けに爆発が起こる。最初の爆発が作り出した熱源に向かって、他のミサイルが引き寄せられて誘爆を起こしているからだろう。


さて、この砲撃によって、困ったことが起こる。


あれだけの砲撃音だ、間違いなく准将閣下は目覚めたことだろう。ただ、低血圧気味のダーヴィット准将はいつも、目覚めて動けるようになるまでに5分かかると言っている。そこから着替えてこの艦橋に到着するまでに、だいたい2分。つまり、私の権限でこの艦隊を動かせる時間は、合計であと7分ということになる。

私は腕時計をチラッと見る。そして私は、大胆な行動に出る。


「全艦、最大戦速!」


あちらの航空隊が、こちらに向けて接近を続けている。それをかわしつつ、あちらの艦隊に我々が逆に肉薄する。


◇◇◇


「砲撃を確認!ミサイル群、全弾消滅!」


目の前で消滅するミサイル群が放つ最後の光を、私は戦闘指揮所CICのモニター越しに見る。


「やはりダメか……」


いともあっさりと消された800発の雷撃に、落胆する大将閣下。だが、こうなることは当然、予想されてはいた。実際につい先日、同様の手でやられたばかりだ。

だが今回、違うところがある。


「貴官の言う通りだな。やはりやつら、我々に砲撃が当たらないよう、敢えて我々から軸線をずらしているようだ。」

「はっ、想定通りです。」


ダーフィット大将が呟く。我々の頭上を掠めたその砲撃によるビームは、当たりはしなかったものの、相当なノイズを発生させ、我々のレーダーをしばらくの間、使用不能に陥れる。それだけでも、凄まじい威力の砲撃であることが分かる。

しかし我々は砲撃の手を緩めない。戦艦デ・ロイテルの16門の主砲からは、絶え間なく砲撃が続く。

だが、ここにきてようやく、あの艦隊は動く。


「異星人艦隊、前進!」


これも想定通りだ。これだけ至近距離から間断無く攻撃を加えられれば、嫌でも動くだろう。航空隊も接近している。じっとしていたら、スズメバチの大群のような航空隊に囲まれてしまう。ハチに追い立てられたように、全速で離脱する異星人艦隊。

レーダー画面上では、航空隊とあの艦隊がすれ違う。もっとも、高さ方向がずれてるから、衝突する恐れはない。だが、問題はすれ違った後だ。


あの艦隊は、猛烈な速度でこっちに向かっている。あまりの速さに、航空隊がすれ違いざまに攻撃を加えることができなかったほどだ。すぐに反転し、あの艦隊を追い始める我が航空機隊。

……が、追いつかない。どんどんと引き離される。信じられないことだが、この短時間であの艦隊は、航空隊よりも速い速度まで増速している。以前にも我々が放ったミサイルから逃げていたことがある。至近に迫ったミサイルと追いかけっこできるほどの加速力を持つ船。そんな艦隊に、我々の航空機隊が追いつけるわけがない。

そしてものの2分ほどで、我が艦隊のすぐそばまで迫ってきた。私は叫ぶ。


「来るぞ!」


さて……ここから先は、どうなるかは分からない。あとは、相手次第だ。しかし、もし私が思うような相手ならば、ここで何らかの行動に出るはずだ。

だがレーダーを見ると、あの艦隊は我が艦隊を通り越して、電波撹乱材の雲に飛び込もうとしている。一見すると、このまま我々を突破して、我々の太陽系内に侵入しようと試みているように見える。


やはりやつらは、単なる侵入者なのか?


そう思った矢先、乗員の1人が叫ぶ。


「中佐殿!1隻、こちらに向かってます!」


あの集団から、たった一隻だけ、こちらに向かう艦艇がいる。それは我々の後方からまっすぐ突っ込んでくる。

我が艦隊の軸線上に、その艦は乗った。それを見て私は本能的に、危険を察する。

まさかあの船は、我が艦隊を巨砲で一撃の元、葬ろうとしているのではないのか?戦慄を覚える。


「ぜ、全艦、散開!」


私は大急ぎで、あの艦の軸線から外れるよう指示する。一直線に並んでいた我が艦隊は、上下左右バラバラに散開する。

まったく予想外の動きだ。とにかく、あの砲撃を受けても一撃で全滅しないよう構えなくてはいけない。咄嗟に私が出した指示で、我々の陣形が大きく乱れる。

その乱れた陣形のど真ん中に、その一隻の艦が滑り込んできた。そしてそれは、我々の艦隊のど真ん中で停止する。


当然、我々の艦隊の砲塔は、一斉にその艦に向く。

そこで私は、叫んだ。


「戦闘停止!」


ここで私は、ダーフィット大将の作戦同意時に確約させた「条件」を発動する。

その条件とは、私の判断で「戦闘停止命令」が出せる、というものだ。


すでに我が艦隊の全砲門は、あの艦艇に向けられていた。が、私のこの一言で、1発のビームも放たれていない。

だがもし、あの艦艇に妙な動きがあれば、私は即座に攻撃再開命令を出し、一斉に砲撃を加えるつもりだ。まさに、一触即発の状況。

他の99隻は、あの電波撹乱の雲の手前で停船している。そして、我々のど真ん中に突っ込んできたこの艦も、停船したまま動こうとしない。

これを見て私は、行動を開始する。


「格納庫のバート少佐に連絡!発艦準備!私もすぐに向かう、と!」


◇◇◇


「おい!今の砲撃はなんだ!おまけに、全開運転までしているじゃないか!一体、何が起きている!?」


あの砲撃から6分。予定より1分早く、ダーヴィット准将が艦橋に現れた。

「閣下、あちらの艦隊が、急に行動を起こし、我々に向けて攻撃を開始しました。ゆえに、作戦参謀権限において、回避措置を行なったところです。」

「か、回避措置で砲撃など、一体何を考えて……」


早速、私に説教を加えようとする准将閣下だが、艦橋の窓の外の光景を見て、愕然とする。


「な……なんだここは!?」


周囲には、砲口を向けた大小数十隻の戦闘艦がぐるりと囲んでいる。まさに、いつ撃たれてもおかしくはない状況。窓際にて周囲を見回すダーヴィット准将は、しばし言葉を失う。


「……中佐、私が寝ている間に一体、何が起きていたんだ……」


もはや、説教をするどころではなくなったようだ。目が覚めたら、まさか周囲を自艦隊以外の戦闘艦にぐるりと囲まれていようなどと、予想だにしていなかっただろう。

と、そこに、オリーヴィア少尉の声が響く。


「右後方の大型艦より、航空機らしき機影1!大きさは20メートル程度、ゆっくりとこちらに向かってきます!」

「了解、しばらく監視を続けよ。」

「はっ!」


やはり、来たか。予想通り、相手は私の意図を理解してくれたようだ。あれはおそらく、使者の乗った機体。となれば当然、受け入れなければならない。


「第一格納庫を開放せよ!」

「了解!第一格納庫、開きます!」


言葉を失ったままの准将閣下に代わって、私は格納庫の扉を開けるよう指示する。


「閣下、これより私は、使者の出迎えのため、第一格納庫に向かいます。後の指揮を、よろしくお願い致します。」

「あ、ああ……分かった……」


私はダーヴィット准将に敬礼し、艦橋の出口に向かう。その後ろで、オリーヴィア少尉が私に小さく手を振ってくる。私は右手を軽く振って、それに応える。そして私は、艦橋を出る。


◇◇◇


「おい、あそこ、ハッチが開いているぞ!」


バート少佐が叫ぶ。私はあの艦艇の上面に開いたハッチを目にする。


「つまり、あそこに来いと言っているのだろう。アプローチに入れ。」

「了解!」


と言っても、互いに通信もできない相手だ。管制もなしに着艦を試みるなど、初めてのことだ。ましてや、敵とも味方とも分からぬ相手。となれば、あそこに飛び込んだが最期、2度と私は故郷の地に足を踏み入れることができなくなるかもしれない。そんな恐怖心と葛藤しながら、私はあの艦艇へと向かう。


開放されたハッチの側まで接近すると、中から大きなアームが伸びてくる。一瞬、驚くが、そいつは構わず我々の乗るこの7式を掴むと、そのまま格納庫らしき場所に我々を引き入れる。そして、ハッチは閉じられた。


灯りが点く。格納庫内には誰もいない。ただ、シューッという空気が挿入される音だけが聞こえてくる。私は持ってきた軍帽を被り、しばらく様子を伺う。

やがて、奥の扉が開く。軍帽らしきものを被った、紺色の軍服姿の人物が数人、中に入ってくる。彼らはずらりと1列に並ぶ。1人が、その列の一歩前に出て、我々の方を向いている。


「おい、キャノピーを開くぞ。」


バート少佐が私にいうと、キャノピーを開き始めた。が、私は慌てて制止する。


「ちょっと待て!まず気圧と成分のチェックを……」


だが、少佐はキャノピーを開けてしまった。私は息を止めようとするが、すでに遅かった。しかしそこは、我々の大気とほぼ変わらぬ環境。問題なく息もできる。

いや、それ以上に驚くべきことがある。


ここに入ったときから違和感を感じていたが、ここには重力がある。この格納庫の床に向かって、明らかに身体が引っ張られている。

この重力も、我々地球とほぼ同じものだ。問題なく立ち上がることができる。だが長いこと無重力の生活に慣れた身体は、急に加わった自らの重みに戸惑っている。


コックピットの脇に、タラップが寄せられる。私はそのタラップに降り立ち、階段を降りる。予期せぬ重力でギクシャクした動きをしながらも、私は一列に並ぶ彼らの元に歩み寄る。


いよいよ、初期接触ファーストコンタクトだ。そういえば、彼らとはどうやって会話すればいいのか?異文化、異星から来た人との会話など、まったく経験がない。しかし、先頭の1人が、私に向かって話しかけてきた。


「まず確認したいのだが、私の言葉は通じますか?」


この瞬間、私は再び衝撃を覚える。言葉が通じる。姿格好だけでなく、言葉まで同じとは……私はすぐに応える。


「はい、分かります。」

「そうですか。よかった、幸い、統一語を理解できる方だったか。」


そういうと、私の目の前の人物は、敬礼してこう告げる。


「私は地球アース391遠征艦隊、先遣隊の作戦参謀、フォルクハルト中佐と申します。ようこそ、我が駆逐艦7310号艦へ。」


後ろに並ぶ軍人も、一斉に敬礼する。私も返礼して、こう返した。


「私はパルテノーベ宇宙軍、第5艦隊司令部付き作戦幕僚、ランメルト中佐です。」


ついさっきまで砲撃や雷撃を叩きつけていた相手から、歓迎されるというのも妙な話だ。が、なぜか彼らは我々と同じ礼儀作法のようだ。私もその礼に対し、礼で応える。


それにしても、いくつか驚いたことがある。

ここの空気、彼らの姿格好、重力の大きさ、そして言葉。とても異星人とは思えない。言語が異なる、紛争相手のコルビエールの連中以上に、我々に近い感じがする。


異なる部分も、もちろんある。全長が300メルティはあろうかというこの船のことを、彼らは駆逐艦だと呼称した。我々の基準ならば、巡洋艦クラスの大きさはある。しかも、7310号艦だと言っていた。これはつまり、少なくとも彼らには7310隻以上の艦艇があるということになる。これは、私が予想していた通りだ。


それにしても予想外だったのは、私の前に現れたこの人物だ。


私と最初に接したこの異星人は、私と同じ作戦参謀役の人物、しかも、私と同じ中佐だと言っている。

そしてこの人物には、見覚えがある。あの偵察の際に、窓際で私の方を見ていた人物ではないか。


この偶然に、私はただならぬ運命のようなものを感じた。

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