第8話 雲隠れ

「……なんだ、これは……?」


急にレーダー画面に、妙なものが映り込んだ。それはまるで宇宙に沸いた、暗雲のようだ。


「電波撹乱材か何かでしょうか?」

「いや、それはそうだが……にしては少し広範囲すぎないか?」


相当広い範囲、ちょうど、我が艦隊と地球アース1000の艦隊との間の10万キロの空間に、奇妙な影が映し出される。

目の前を見ると、普通に星空が見える。が、レーダー上ではまるで、大量のチャフでも撒き散らしたように、大きな影で覆われていた。


「中佐殿、ダーヴィット准将を呼び戻したほうがよろしいでしょうか?」


脇にいる航海長が、私に進言する。つい先ほどその准将閣下は、私や艦橋内の乗員らに不平を漏らしながら、当直時間を終えて部屋に帰っていったばかりだ。だから今、呼び出せば、不機嫌をあらわにされるだけだろう。

思えば、この先遣隊において私は、司令官不在の際における攻撃命令以外の命令を下せる権利を持っている。と、なれば、あの無能……いや、准将閣下がいない方が、かえって捗るかも知れない。


「いや、この程度の事態で呼び出さない方がいいだろう。」

「はっ、その通りですね。」


私のこの意見に、航海長にまでその通りだと同意されてしまうあの准将閣下は一体、なんなのだろうか?もはや更迭されるのは確実だろうな。総司令部もよくあの中身のない定時報告を毎日聞かされて、何の対応もしないものだと感心してしまう。

私には、あの艦隊が仕掛けたこの動きが何を意味しているかは分かるつもりだ。だから敢えて、私は艦隊を動かさない。リスクはあれど、その方が我々にとっても望ましい結果を生むことになると考える。ともかく、私が心がけるべきは、味方の犠牲を絶対に出さないことだ。もちろん、相手にも……


◇◇◇


『目視にて確認!異星人艦隊、依然動かず!』


弾着観測所から、30分おきに定時連絡が入る。今この宙域はレーダーが効かない。だから、観測員による目視観測に頼るほかない。

当然、彼らのレーダーにも変調が起きていることだろう。この異常事態を受けて、彼らがどう動くかが心配だったが、まるで動きがない。だがそれは、敢えて動かないようにも見える。


『航空母艦戦隊旗艦ドールマンより発光信号!爆撃隊、発艦準備完了!以上です!』

『第2駆逐戦隊旗艦ネーデルランデンより信号!全艦、攻撃態勢に移行!雷撃準備よし!以上!』


次々と、120隻の艦隊内の各戦隊から、攻撃準備完了の報告が次々と届く。ただし、今は電波が使用できない。このため、発光信号による原始的なやりとりで互いに連絡を取り合うしかない。広大な宇宙空間での戦闘だというのに、まるで洋上艦時代に逆戻りした気分だ。


「閣下、各戦隊、攻撃態勢に入りました。いつでも、突入は可能です。」

「そうか……だが、あと1時間はあるぞ。ちょっと早過ぎではないか?」

「そうですが、なにせ今は電波が使えません。このため、古典的な通信手段に頼らざるを得ないので、早めに準備を整えたのですが。」

「思いの外、皆の士気が高くて捗ってしまった。そんなところか。」

「はい、その通りです、閣下。」

「その士気が、あと1時間ほど持続してくれると良いのだがな……」


緊張状態を持続したまま、あと1時間は戦闘に突入できない。こればかりは、物理的な距離のおかげだ。仕方あるまい。異星人の艦隊まで、あと3000キルメルティ。このまま無事に、あの艦隊に接近できるといいのだが。


ところで今、我々はあるものを使用している。まさに今、電波が使えない状況を作り上げた、この物質だ。

これは、この冥府星よりも内側を回る大型のガス惑星、水海星の惑星表面から採れるガス流体。これをばら撒けばこの通り、電波を撹乱し、レーダーや通信機の使用を不可能にする。

このガス惑星から採取したガス流体を詰めたガス弾は、各艦艇や輸送船内に大量に搭載している。本来は敗走時にばら撒き、撹乱する目的で使われるこの電波撹乱物質だが、今回はそれを「隠れ蓑」として用いた。

当然、あの異星人達はこの物質の存在を知らない。だから、この異変を自然現象か何かと勘違いしているかも知れない。まさか意図的にばらまかれて、我々が接近していることなど、想像だにしていないだろう。

……となるのではと、大将閣下は考えていた。が、私はちょっと違う。

彼らはむしろ、あえて我々を接近させるのではないか、と。彼ら自身の目的のために。それは少なくとも、武力制圧ではないと、私は考える。


いや、それどころか……彼らは我々と、接触したがっているのではないか?


私が以前考えた仮説、すなわち彼らの持つ船が数千の大艦隊を前提とするものならば、たった100隻で現れる理由は、それくらいしか考えられない。そしてそれは、彼らが積極的に武器の使用をしない理由にもつながる。

このため、彼らはあえて我々の接近を許す可能性がある。だから私はこの作戦の履行に際して、ある条件を付けた。

ともかく、彼らの目的を知るためにも我々は、彼らに肉薄する。そしてなんとしてでもこの作戦を、成功させる。


「おい、ランメルト!」


と、戦闘指揮所CICにて各戦隊からの報告を受けていると、そこにバート少佐が現れる。


「……なんだ、バート少佐。今は作戦行動中だ。もう少し言動を……」

「その作戦行動に、俺が参加していないというのはどういうことだ!?」

「貴官は偵察が主任務だろう。わざわざ、攻撃隊に参加する必要はないと考えた。」

「何を言ってやがる!我々を上回る技術を持つ未知の異星人との戦闘で、ただでさえ一機でも多く攻撃可能な機体が欲しいところだろう!熱核融合弾すら弾き返す連中なんだぞ!俺が出なくて、どうするつもりだ!」


艦隊内の士気は、かつてないほど高い。だがそれはバート少佐のような暴走を生む結果ともなる。


「はぁ……」


私は、ため息をつく。仕方ない、こいつには本当のことを話しておこうか。


「バート少佐。実は貴官には、ある重要な任務を行うことになっている。」

「な、なんだと!?初耳だ!」

「それはそうだ。私と大将閣下しか知らない、極秘事項だからな。それに、必ずしもその任務が行われるかどうかは分からない。だから、秘匿していた。」

「おい、どういうことだ!なんだって当事者が、その極秘事項について知らされないまま放置されているんだ!」

「いや、それはすまない。まさかここまで士気が高いとは思わなかったからな。」

「……まあいい、で、その任務とは、何をするんだ?」

「そうだな……もしかしたら、私と貴官は、死ぬかも知れない。」

「な、なんだと!?」

「それぐらいの覚悟が必要な任務だ、ということだ。」

「……この艦隊に身を置いている以上、死への覚悟はしているつもりだ。」

「そうか、ならばよかった。」

「良くはない!今の話から察するに、お前が俺の7式に乗るということだろう!何をやらかすつもりだ!」

「ああ、実はな……」


私は、バート少佐を戦闘指揮所CICの外に連れ出す。誰もいない通路の端で、私は作戦の一端をバート少佐に話す。


「おい、それは本当か……?」

「ああ、本当だ。」

「しかし、そんなに都合よくいくものか?大体、どうやってその条件の発動を判断するんだ?」

「極めて高度な判断が必要だ。それを私に一任すると、閣下は認めて下さった。」

「なるほどな……確かに命がけの任務だ。」

「この戦艦デ・ロイテル搭載機でなければできない任務だ。それゆえに、貴官を今回の攻撃隊から外した。そういうことだ。」

「分かった。分かったがもし、その任務が発動されないと分かった時点で、俺は遅れて発進するぞ。」

「ああ、構わない。」

「じゃあ俺は、格納庫に戻る。その起こるかどうか分からない条件発動に備えて、待機しておくよ。」

「頼む。」


私とバート少佐は、互いに敬礼を交わす。そして少佐は通路内をジャンプし、格納庫のある方へと向かっていった。私も戦闘指揮所CICに戻る。

陣形図を見る。接触までにあと2回、定時報告が行われる。それまで彼らは動かずにいてくれるだろうか?確証はないが多分、彼らはあの場を動かないはずだ。そして、私がこの作戦に付与した条件が発動するはずだ……なんの根拠もないが、私はそう、確信している。


◇◇◇


「ねえ、こんなところにいて、本当に大丈夫なの?」


いつもより狭いベッドの上で、私はオリーヴィア少尉に心配されている。ここは、私の部屋ではない。どうせ数時間は、動きがないと考えた私は、邪魔が入りにくいオリーヴィア少尉の部屋に転がり込んだ。


「ああ、大丈夫だ。」

「でも、レーダーが使い物にならないのよ!?どう考えてもあれは、あの艦隊が接近しているってことじゃないの!?」

「そうだよ。よく分かるな。」

「こちらを攻撃したがっている艦隊がいて、そいつらが電波撹乱材をばら撒いて、しかもどこにいるのか分からなくなっている。どう考えても、あの雲の中を進んでこっちに近づいているとしか思えないじゃないのよ。そんなこと、素人でも分かるわ。」


確かに今回の作戦、これまでのものと比べると、精細さを欠いている気がする。それだけ、打つ手がなくなっているのだろう。

が、こちらにとっては都合がいい。なんといっても、あの准将閣下が不在のうちにやってきてくれたのは本当に運がいいとしか言えない。おかげで私は思う存分、暴れられる。


「……さすがに、死ぬかも知れないな。」

「ええーっ!?ど、どういうことよ!」

「だからこうして最後の時を、君と過ごしているんじゃないか。」

「そ、そんな理由であなた、私の部屋に押しかけてきたの!?」

「大丈夫だよ。タイミングさえ間違えなければ、そんなことにはならないから。」


だが、私のこの言葉を聞いたオリーヴィア少尉は、かなり不機嫌な顔をしている。激おこだ。だから私はそっと、彼女を抱き寄せる。


「そろそろ、行かなきゃいけない。その前に、お礼を言っておきたい。」

「……お礼って、何よ。」

「いや、こうして私の心の支えになってくれたことだよ。ありがとう。」

「なによ、まるでこれから死にに行くみたいなこと言って。」

「それくらいの覚悟で、この先の作戦を行うってことだ。」

「それよりもいいの?あのゴミ准将を叩き起こさなくても。勝手にやると、後で何言われるか分かんないわよ。」

「大丈夫さ、どうせ何もやらなくても、何言われるか分かんない相手だ。」

「そ、そりゃそうだけどさ……」


私はベッドを降りて、佐官用の軍服に身を包む。するとオリーヴィア少尉も、ガバッと起き出す。そして少尉はあられもない姿で、私の前に立ちはだかる。


「おい少尉!一体、何を……」

「決まってるじゃない!私も、艦橋に行くわ!」

「は?」

「何言ってんのよ、私はこれでも短距離レーダー担当よ。」

「いや、それなら今は別の士官が任務について……」

「指向性レーダーを使うなら、もう一人いた方がいいんじゃないかしら?」

「まあ、その通りだが。」

「だったら、私がその指向性レーダー担当をするわ。多分きっと、あの艦隊と接近戦になるんでしょう?」

「そうだ。といっても、こちらは一方的に攻撃を受けるばかりだろうが。」

「だったら、短距離レーダーの役割が今まで以上に重要でしょう!?そんなところに私一人、呑気に寝ている場合じゃないわ!」


などと言いながら、いそいそと軍服を纏うオリーヴィア少尉。なんというか、彼女はたくましい。


「さ、出陣よ!ほら、さっさと歩く!」

「いや、そんなに急がなくても、まだ大丈夫だって。」


どういうわけか私は、レーダー担当に急かされながら艦橋へと向かう羽目になる。それだけ、この士官の指揮は高い。

正直言って、どうなるかは分からない。私は相手の艦隊のことを、ほとんど知らない。だがおそらく、我々は彼らの攻撃を防ぐことはできるだろう。その後に我々は、どう振る舞うか……そして後は、向こうが上手く察してくれるかどうかにかかっている。


◇◇◇


最後の定時連絡が入る。


『異星人艦隊、依然、動かず!』


これが最後の報告だ。いよいよ我々は、電波使用可能圏に出る。


「電波錯乱物質濃度、さらに下降!まもなく、電波使用可能圏に出ます!」

「よし、いよいよ作戦開始だ。警報発令!」


ビーッ、ビーッというブザー音が鳴り響く。戦闘開始の合図が、艦内にこだまする。同時に、ここ戦闘指揮所CICもにわかに騒がしくなる。


「レーダー回復!異星人艦隊、捕捉!」

「距離、1000キルメルティ!至近距離です!」

「全艦、雷撃戦用意!初弾装填!」

「了解、全艦、雷撃戦用意!」


我が艦隊はすでに回頭を終えていた。右側面の雷撃管が、すでにあの異星人艦隊を捉えている。


「雷撃開始!全弾発射、撃てーっ!」


私の号令と同時に、ドドーンという轟音と揺れがこの戦闘指揮所CICにも伝わる。戦艦デ・ロイテルの側面にある雷撃菅は全部で20門。そこから立て続けに、ミサイルが発射される。


「全砲門開け!右砲戦用意!続けて、航空機隊、全機発艦!」

「了解!各艦に告ぐ、全砲門開け!右砲戦用意!」

「各戦隊に告ぐ!航空隊、全機発艦せよ!」


通信士が慌ただしく私の指令を伝える。いよいよ、戦闘は開始された。1000キロメルティという距離での戦闘は、我々自身にもあまり例はない。だが我々はこの距離で、総力戦を仕掛ける。いよいよ彼らとの間で、本格戦闘が開始された。

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