第7話 難航
「うーん、何をどうすれば、こんな形の軍艦に行き着くのか……」
偵察隊の持ち帰った映像、そして私からの報告を聞いたダーフィット大将は、当惑しているようだ。
「あれだけ大型の砲ならば、おそらくは艦内の大部分が砲身なのだろう。これではまるで、動く砲台だな。後方の広がった部分がおそらく居住区だろう。艦橋が後方上部にあるのも、そういうことなのであろうな。だが……」
閣下はモニターから目を離すと、私に尋ねる。
「正面にしか攻撃できない艦が取りうる戦術はたった一つ。それは、長距離を挟んだ砲撃戦だ。だが、長距離戦闘は命中率が悪い。それを避けた相手に懐に飛び込まれては、手も足も出ないのではないか?」
確かに、我々の宇宙戦闘の常識からすれば、この武装はあまりにも不可解だ。ましてや、航空機に対する構えがまるでない。対空戦闘をまったく想定していないことになる。
「考えられることが、一つあります。」
「なんだ、ランメルト中佐。」
「はっ、彼らの砲の射程は30万キルメルティ、しかも大口径砲です。おそらくはこの遠距離の戦闘のみを想定した艦艇なのではありませんか?」
「いや、それはそうだが、なればこそ不可解なのだよ。それならば、援護用に短距離砲を備えた艦艇がそばにいてもいい。航空母艦でもいい。しかし、そのいずれも存在せず、ただ砲艦のみがずらりと100隻。まったく不可解極まりない。」
「我々の常識とは異なる戦闘を想定しているのでしょう。つまり、彼らの戦い方は、近接戦闘を必要としないのではないですか?確かに、30万キル離れた距離での撃ち合いしか存在しないのであれば、航空隊は到達するまでにかなりの時間がかかり、その間に戦闘が終結してしまいます。航空隊自体が無用となり、結果、対空防御も不要となります。」
「だがそれでも、多少の備えは必要だろう。」
「その万一の備えが、あの防御兵器ではないのですか?なにせ、熱核融合機雷を至近距離で受けても弾き返せるほどの威力。実際に、私の同乗したバート機から放った爆雷を、あっけなくはじき返しております。」
「……で、あったな。異常なまでの防御力だ。あれだけの防御兵器があれば、並大抵な兵器では到底通用しないということか。」
「それゆえに砲が巨大化し、砲艦同士の撃ち合いとなったのではありませんか?そう考えれば、あの武装は極めて合理的です。」
「なるほど……だが……」
ダーフィット大将は、私の述べた仮説に同意はしてくれるようだ。だが、まだ腹落ちしていない。
「疑問が2つある。一つは、そうは言ってもあの防御兵器を常に展開しているわけではないのであろう?」
「はっ、実際、先の戦闘では我々の放ったミサイル群の1発が、彼らの艦隊の一隻に着弾しました。ということはあの時は、防御兵器を展開していなかったのでしょう。」
「ならば、奇襲に対する備えはどうするのだ?幾ら周囲に注意を払えど、奇襲される恐れがあるぞ。現に我々も、長距離砲のみに頼る戦い方をしてない。いや、できないと言った方が正確だろう。この広い宇宙で、120隻の艦隊では全てを網羅できない。」
「はぁ……」
「それにもう一つ。彼らが戦う相手とは、一体誰なのか?長距離砲撃のみの戦闘を想定しているというが、ならば相手も同じでなくてはならない。」
「それはそうですね……」
「ということは、すでにそういう相手がいるということになる。でなければあのような不自然な兵器に行き着くことなど考えられない。そうは思わないか?」
「はっ、その通りです、閣下。」
「ならばその相手とは一体、なんなのか?」
私は少し考える。そして応える。
「……これより先は、論拠のない仮定の話になります。お話ししても、よろしいでしょうか?」
「分かった、聞こう。」
「一つ目の疑問ですが、確かに100隻程度の艦隊ならば、奇襲や奇策による備えが必要かと思われます。ですが、その数が1000、2000、いや、それ以上の数だった場合はどうでしょうか?」
「……確かに、それだけ多くの艦艇に対して少数の艦艇で奇襲を加えたところで、返り討ちにあうだけだな。かといって1000隻以上の奇襲など、多過ぎてとても不可能だ。」
「加えて、その相手です。もしかすると相手も同様の大型砲を装備した数千の艦隊を保有しているとすれば、確かに長距離同士の撃ち合いとならざるを得ません。」
「……つまり貴官は、我々の想定を超えた大多数の艦艇同士の戦闘ならば、あの艦の武装に合点が行くと?」
「その通りです、閣下。」
「貴官のいうことはもっともだ。だが、それはそれでもう一つ、新たな疑問が湧いてくる。」
「なんでしょうか、その疑問とは?」
「簡単だ。ならば今、ここにいる100隻は、何を目的にここにやってきたというのか?数千の艦艇があるなら、どうして全軍で押し寄せてこないのか?」
この問いに、私は言葉を詰まらせる。少し考えて、閣下に進言する。
「……その閣下の疑問に加え、私なりに不思議に思うことがもう一つあります。」
「なんだ。」
「彼らは長距離射程の大口径砲を持っております。にもかかわらず、それをほとんど使用しない。唯一それを用いたのは、防御目的のみ。我々に対しては、一撃も放ってはおりません。」
「……そうだな。ますます、やつらの目的が分からん。単に我々を愚弄しているだけにも見えるが……わざわざそんなことをするために、どこか遠くの星からやってきたというのか?」
「その疑問に対する合理的、論理的説明を、私はすぐに思いつきそうにありませんね。」
「うむ……」
閣下も私も、困り果ててしまった。いっそ攻撃を加えてくる相手ならば、こちらもなりふり構わず死力を尽くして戦うのだが、そういう様子が一切見られない。ただあの巨砲をこちらに向けたまま、何もせずに睨み合うだけだ。一体、彼らの目的はなんなのか……
◇◇◇
「どうしてそのうちの一機でも、こちらに招き入れられなかったのか!?」
翌日早々に、私はダーヴィット准将に呼び出され、皆の面前で怒られていた。
「いや、お言葉を返すようですが、ではどうやってあの偵察隊をこの艦内に招き入れるというのですか?」
「哨戒機を飛ばして誘導するとか、発光信号を出すとか、いろいろと方法があっただろう!」
「哨戒機など飛ばそうものなら、その場でドッグファイトが始まりますよ。相手は我々を敵だと思っているんです。なればこそ、偵察隊を派遣し、現に攻撃を加えてきております。そんな相手に発光信号など出したところで、相手は解読できないのですから、ますます不信感を抱くだけです。」
「む……ならば、それ以外の手段を考えるのが、作戦参謀の仕事ではないのか!?」
相変わらず、無茶を言うなぁ、この指揮官は。艦橋内にいる20人の乗員らは、このやりとりをじっと見守っている。
だいたい、偵察機だと聞いてそのまま寝てしまったのは、ダーヴィット准将自身ではないか。なぜ今ごろになって偵察機を招くべきだったと言い出すのか?
こりゃもう、ダメだ。次の補給時には、ダーヴィット司令官の更迭と、新たな指揮官の人選をお願いしよう。言っていることが、無茶苦茶すぎる。さすがに総司令部でもこの報告を聞くと、考え直すのではないか?
現に一昨日の定時連絡でも、この司令官はかなり支離滅裂な報告を総司令部にしていた。報告内容は、目の前に120隻の艦隊がいること、この星系には6つの惑星が存在すること。それだけだ。あとは中身のない頑張りアピールだけで、その報告を締め括っていた。幾らなんでも総司令部でも、そろそろこの指揮官がヤバいと気づき始めているのではないだろうか。
「はぁ……」
司令官閣下から、こってりと無意味な説教を受けて心が折れそうな私は、食堂で一人、ジャンクフードを摘んでいた。今はこういうものでないと、喉を通らない。そこに、オリーヴィア少尉が現れた。
「なにしてんの?ピザやポテトばかり食べて。」
などと言いながらこの士官は、私のフライドポテトを勝手に摘んで食べ始める。
「……いや、他のものが食べる気が起こらなくてだな。」
「健康に悪いでしょう?せめてサラダくらい食べないと、身体がもたないわよ。」
「いや、だからといって、なんで貴官が私のポテトを摘んで……」
「ん~っ!このポテト、美味しい~!」
まったく、能天気な娘だ。しかしそれがかえって、私を和ませてくれる。
「……で、貴官はポテトを食べるために、わざわざやってきたのか?」
「何言ってるのよ。あなたを慰めにきたんじゃない。」
「いや、別に慰められるようなことは何も……」
「あのゴミ提督にみんなの目の前であれだけ説教されて、どうして何もないって言えるのよ。現に、憂さ晴らしにこんな身体に悪いものばかり食べて……私だったら、とっくにキレてるわよ。」
そういえばこいつは艦橋勤務だった。あの場にいたわけだから、あの雰囲気も分かるだろう。
「いや、さすがにキレるわけにはいかないだろう。相手は司令官だ。軍組織においては、上官の命令は絶対だからな。」
「そりゃそうよね。だからこそ、あなたがああも言われっぱなしなわけだし、それを周りもわかってるわよ。でもねぇ、いくらなんでも今日のは……こっちを敵だと思ってる偵察機を安易に招き入れろだなんて、どうやったらできるのか、こっちが聞きたいわよ。」
やっぱり、側から聞いててもダーヴィット准将のあの提案はおかしいと思うか。尉官クラスからもダメ出しされるとは、つくづくあの准将閣下はどこか……いや、やめておこう。これ以上考えると、虚しくなる。
ともかく一度、総司令部に判断を仰ぐしかないだろう。その上でどうしたらよいか、判断してもらう他はない。それがこの軍組織における、正しいプロセスだ。
というわけで、私は次の補給に備えて、ダーヴィット准将の弾劾報告書を作成することにした。あくまでも客観的で、事実に即した文書を書くつもりではあるが、普通ならばそれで十分、伝わるだろう。でなければ、軍総司令部そのものを疑わざるを得なくなる。
「で、さっきから難しい顔して、何を考えてるの?」
「いや、この先のことをちょっと、考えていただけだ。」
「そう。」
とうとうこの娘、ピザにまで手を伸ばし始めた。ボリボリと勝手にトレイから私の食べ物を摘んでは口に運んでいる。そんなに食べたければ、食堂の入り口で自分で注文して取りに行けばいいのに……まったくなんなのだ、この女性士官は。
そこに突然、どーんとトレイを叩きつけるように置いてくる奴が現れる。驚いて見ればそれは、ウルスラ兵曹長だった。
「あら、ウルスラ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、ないですよ!」
随分と機嫌が悪いな。オリーヴィア少尉への返答の口調だけでも、それは分かる。
だが一体、何に向かって怒っているのか?普段から、こんな口調の娘だったか?
「一体、いつになったらこの艦隊は、あの星に降り立つんです!?」
と、唐突にこの女性下士官は、司令部から派遣されているこの私に、その矛先を向けてきた。しかしなぁ……そう問われても、私もその答えを知りたいくらいだ。
「いや、今、司令部を挙げて善処しているところだ。」
「善処って、もう何日経ってるんですか!かかりすぎですよ、いくらなんでも!」
うん、分かる。分かるが、それを私に言われてもだなぁ……しかし主計科の人間がこの状況を憂うほどとは、あの准将閣下の無能さを感じる。
「あー、もう!せっかく異星の王子様との出会いが待っていると思っていたのに!いつになったら叶うんですか!?」
ああ、そういえばこの娘は、おかしな願望を抱いていたんだった。相手は宇宙艦隊を保有できるほどの文化レベルの星だ、そんな星に主計科の一員と面会可能な王子様など、どう考えてもいるわけがないだろう。そんな理不尽な理由でキレられても、正直困る。
しかしだ、ウルスラ兵曹長ではないが、あまり時間はないな。艦内の乗員ですらこの有様だ、こちらの事情など知らない
◇◇◇
私は
「おお、来たか中佐。」
出迎えたのは、ダーフィット大将だ。私は敬礼し、尋ねる。
「直接話をされたいとのことですが、何でしょうか?」
「ああ、あの艦隊に対する作戦を考えた。貴官の意見を聞きたい。」
「はっ、了解しました。で、どのような策なのですか?」
「これを見てくれ。」
正面モニターに、作戦図が映し出される。それを見た私は即座に尋ねる。
「これは……しかし、このためにはまず、異星人の艦隊の懐に飛び込まなくてはいけませんが、どうやって10万キルの距離を詰めるのですか!?」
その作戦図は、まさにあの艦隊の艦艇が持つ弱点、すなわち接近戦への備えに対する脆弱さを突いたものだ。だが当然これは、あの艦隊に肉薄しなければ成り立たない。
「どうやって接近するかはともかく、接近さえ出来れば、上手くいく。それは同意してもらえるか?」
「はっ、当然です。が、あの艦隊は我々が接近すれば、距離を保とうと離れます。一体、どうやってあの艦隊に肉薄するおつもりですか?」
「ああ、それなんだがな、これを使おうと思っている。」
「こ、これは!?」
モニターには、ある兵器が映し出されている。私はダーフィット大将に尋ねる。
「閣下、これは撤退用の撹乱兵器ですよ?本作戦に使うおつもりですか?」
「パルテノーベとコルビエールの人間なら、これが何かを知っている。が、外から来た連中には、これが何かを知らないはずだ。であれば、距離を詰めるために使うことは、可能だと思わないか?」
「そ、それはそうですが……しかし相手は、我々よりもずっと広い宇宙で戦っている軍です。ということは、すでに似たようなものを経験済みなのでは?」
「そうかも知れぬ。が、その時は10万キロメルティの距離を取られるだけだ。失敗しても、何の損害もない。ならばここで、試してみる価値はあると思わないか?」
ダーフィット大将のこの提案を、私は少し躊躇う。が、確かに失敗しても、相手が距離を取るだけだ。どういう理由かは知らないが、相手は我々を攻撃してはこない。
確かに、試してみる価値は、ありそうだ。
「閣下、作戦幕僚として、本作戦の遂行に同意いたします。」
「そうか。」
「ただ、一点だけ加えたい条件がございます。」
「なんだ、その条件とは?」
「はっ、条件というより、お願いなのですが……」
作戦の履行に関し一部条件をつけた上で、私はその作戦案に同意する。
そして我が艦隊120隻は、行動を開始した。
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