第5話 罠
だが、それを打開する策を、この指揮官は持っていない。
「閣下、いつまで睨み合いを続けるおつもりですか?」
かれこれ3日ほど、私は幾度となく進言し続けている。が、答えはいつも同じだ。
「動かざること、山の如し!」
……あの、今は動く時ではないのか?まさかこのまま、この恒星系の終焉の時までじっとしているつもりなのか、この司令官は。
それにしても、なぜこんな人が将官にまで上り詰めたのだろうか、甚だ理解し難い事実だ。
私は、レーダーサイトを覗く。120隻のこの星域の艦艇。10万キロを隔ててじっと対峙しているが、不意にミサイルを撃ち込んでくる連中だ、黙ってこちらを見ているわけがない。今ごろは一体、何を企んでいるのやら……
◇◇◇
「大将閣下、作業、全て完了いたしました!」
「うむ、ご苦労だった。」
私は、ダーフィット大将に完了報告を行う。報告を聞いた閣下は立ち上がり、正面モニターに目を移す。
「ですが閣下、こんな簡単な罠に、あの艦隊が引っかかるものでしょうか?」
私は大将閣下に尋ねる。するとこの歴戦の名将は応える。
「優秀で賢明で高貴だと思っている奴らこそ、簡単な罠にかかるものだ。」
あの連中が優秀で賢明で、かつ高貴かどうかは分からないが、確かに奴らはこちらを見くびっている。あの場から動かず、射程内にいる我々を攻撃するでもなく、ただ圧殺しているところを見ると、そうとしか思えまい。
だが、我々とて何もせず傍観しているわけではない。正面から戦えば、まず勝ち目のない相手だ。だがせめて一撃、奴らにダメージを与え、我々の力を見せてやらねば、我々の気が済まない。
我らに力あると見れば、やつらが何らかの交渉を仕掛けてくるかもしれない。武力衝突以外の解決策が見出せるかもしれない。だから我々は、あらゆる手段を用いて全力で仕掛ける。それが、大将閣下の基本方針だ。
すでに裏では、パルテノーベ共和国が、コルビエール連合国との交渉に動いているはずだ。この地球を挙げての難に、内輪揉めなどしている場合ではない。もっとも、交渉には時間がかかるだろう。異星人の侵略などと急に言われても、かえって策略ではないかと疑われる。それについ4日前に、コルビエールの艦隊を一つ、行動不能にまで陥れてしまった。これがかえってコルビエールとの交渉を困難にしたことは疑いない。
それでも我々は、戦わなければならない。5つの艦隊、1人の名将を抱える我がパルテノーベ軍ならば、あの異星人相手にも負ける気がしない。常勝の提督と謳われたダーフィット大将の今回の作戦で、あの異星人の艦隊に少なからずダメージを与えることができるだろう。
航空母艦2隻が、ゆっくりと戦艦デ ・ロイテルの脇を通過する。今回、罠の敷設のために、爆撃機隊を全機動員した。第1段階を終えて、後方に回る航空母艦。
10隻の航空母艦が後方に回ったのを確認すると、ダーフィット大将は下令する。
「よし、全艦、後退だ!」
我が第5艦隊は、一斉に後退を始める。
それにしてもだ。異星人とは一体、どんな連中なのだろうか?まるでB級映画に出てくるような軟体動物な姿なのか、それとも光に覆われた不思議な生命体か、あるいは……
私は窓から、罠の敷設された宙域を眺めながら、その彼方にいる異星人の船に、いつしか想いを馳せていた……
◇◇◇
「120隻の艦隊が、後退を始めます!」
モニターには、120隻の艦艇が動く様子が映し出されている。艦艇を示す光点と、それぞれの天から延びる移動方向のベクトルが、あの艦隊の行動を示している。
「なぜ、今頃になって後退など……」
訝しげな顔でモニターを睨むダーヴィット准将。私がその疑問に応える。
「補給のためではないですか。」
「補給だと?」
「我々もつい4日前まで補給を受けてましたが、あの艦隊はずっとこの宙域に留まっております。そろそろ、補給のために動かざるを得ないのかと。」
「なるほどな。」
珍しく、私の意見が受け入れられる。だが、その意見を受けてこの提督が下した判断は、私には不可解なものだった。
「よし、前進だ!」
……なぜここで、前進なのか?私はダーヴィット准将に尋ねる。
「あの、閣下。なにゆえ前進なのですか?」
「なんだ、貴官は再三私に前進せよと進言していたではないか。」
「それはそうですが、状況が変わりつつあります。相手が補給のために後退しているのに、その後ろを追いかけると、かえって相手から不審がられるのではありませんか?」
「いや、補給となれば、油断や隙ができるはずだ。もしかすると、チャンスが生まれるかもしれぬぞ。」
ダメだ、これは。補給の時こそ、もっとも警戒する時だというのに、この准将はそんな基本的なことも理解していないらしい。第一、補給を受けられるような場所ならば、それ相応の備えがあると考えるのが妥当だ。要塞か基地か、あるいは大艦隊のど真ん中か。いずれにせよ、我々の補給先が戦艦であるように、相当な防御兵器の構えがあると考えるべきだろう。
いや、もしかしたら、それこそが彼らの狙いなのかもしれない。例えばその補給基地には大型の要塞砲があって、その只中に我々の艦隊を誘い込もうとしている……そう考えると、あの撤退行動はあまりにもあからさま過ぎる。
だが、そのあからさまな行動に、我が司令官閣下は乗ろうとしている。
「閣下、それにしてもあの艦隊の動きは、やや露骨すぎる気がします。警戒なさった方がよろしいのでは?」
「うむ、そうだな。では、その辺りのことは貴官に任せた。」
……丸投げされてしまった。まあいい、任された方が、こちらとしても行動しやすい。
相手は当初、毎時3000キロのペースでゆっくりと後退している。回転砲塔が数基取り付けられた旧式艦にもかかわらず、我々に側面ではなく、前方を向けたまま後退を続ける。その彼らの動きに合わせるように、10万キロの距離を維持したまま、我々は前進する。
やがて、彼らは回頭する。向きを変えて増速し、毎時2万キロほどの速度まで上げた。当然、我々も呼応して増速する。
やはりあれは、補給のための撤退なのだろう。もし、我々を警戒しながら移動するならば、あのように無防備な行動には出ないはずだ。さすがに、物資に余裕がなくなってきたとみえる。そう考えるのが合理的だ。
それから3時間ほどは、彼らの行動に合わせる。
……だが、何か違和感を感じる。なんだろうか、この違和感は?
そういえば彼らは一度、我々に向けてミサイル群を放ってきた。それも、あえて点火タイミングをずらして、我々に悟られぬような小細工を加えていた。
そんな彼らが、何の備えもなく、ただ後退などするだろうか?
「指向性短距離レーダー、探索!」
私は叫ぶ。短距離レーダー担当のオリーヴィア少尉が、私のこの叫びに応える。
「短距離レーダー、照射します!」
前回の補給で、司令部に直談判して取り付けてもらった哨戒艦向けのレーダーを使うことにした。これは30万キロ以内の短距離にある、狙った先のごく狭い角度しか探知できないが、その代わりに分解能はきわめて高い。相手が300キロ以内にあれば、数十センチ程度の物体でも識別可能なほどの精度だ。
そろそろ、彼らが元々いた宙域に達する。何か置き土産があるとすれば、このレーダーでひっかけられるはずだ。
すぐにオリーヴィア少尉から、応答がある。
「前方、100キロの宙域に、デブリ多数!」
「デブリ?大きさは!」
「はっ!50センチから1メートル程度!」
「まさか……隕石群か?」
「にしては、大きさが揃っております!自然界には、これほど粒の揃った隕石群は存在しません!」
オリーヴィア少尉の述べた通りだ。そんな不自然な隕石群は聞いたことがない。と、なれば、間違いない、これは多分、置き土産だ。だが、それにしては小さい。1メートル程度なら、ミサイルではないな……では一体……
私はふとあるものが脳裏に浮かぶ。そして私は慌てて無線機を取り、全艦に呼びかける。
「全艦、バリア展開!急げ!」
艦橋はにわかに騒がしくなる。私の指示は即座に実行に移される。乗員の一人が、私の指示を復唱する。
「バリア展開!」
だが急に叫んだ私に、ダーヴィット准将が尋ねる。
「おい、高々デブリ相手に、バリアなど……」
しかし、この能天気な准将にも、その深刻度合いが分かる事態が、すぐ目の前で起こる。
猛烈な光と轟音が、我が艦を覆い尽くす。突然起こったこの事態に、さすがの准将も驚愕する。しかし、爆発は一度では終わらない。
次々に、光と爆発音が鳴り響く。と同時に、ギギギギッというバリアの作動音が聞こえてくる。辛うじてあの置き土産による攻撃を、バリアが弾き返してくれていることを実感する。
「な、なんだこれは!?」
ダーヴィット准将が私に尋ねる。私は応える。
「おそらく、敷設機雷です!」
「き、機雷だと!?」
そうだ。大きさがあまりにも小さいから、危うく発見が遅れるところだった。が、これは紛れもなく機雷だ。それも爆発力からして、熱核融合機雷である可能性が高い。
それを裏付ける報告が、私の元に届く。
「外部爆発内に、衝撃波と強放射線を検知!」
やはりそうだ。私の想像した通りだ。だが、我が艦のバリアはこの放射線もろとも弾き返してくれている。
数分間、爆発が続いたが、どうにか凌いだ。周りを見ると、横陣形を保ったままの僚艦の姿が現れる。
「各艦、損害を報告!」
私は直ちに無線機で確認する。すると、各艦より損害状況に関するデータが送信されてくる。その結果は2分ほどで、前方のモニターに表示される。
「全艦、損害なし!健在です!」
私はほっと胸を撫で下ろす。我が7310号艦と同様、彼らのバリア防御は間に合ったようだ。
だが同時に、私は背筋がゾッとするのを覚える。もしあの時、短距離レーダーによる確認が遅れていたら……司令部で哨戒艦用の装備をつけていなかったら……さすがの駆逐艦といえども、バリアなしではあの爆発に持ち堪えられなかっただろうことは間違いない。
「全艦、後退する!」
ダーヴィット准将が下令する。さらなる置き土産の可能性を考慮し、前進を取りやめることにした判断は正しい。しかしこれで、この司令官はますます慎重になるだろう。
再び静けさを取り戻した漆黒の宇宙を眺めながら、私はこの先の見えない任務に苛立ちと失望を覚えていた……
◇◇◇
「10万キル先にて、機雷原の爆発を確認!」
遠くに、一筋の光の列が見える。あれはまさしく、我々が敷設した機雷原が炸裂した証拠だ。まさかあれほどまでにあっさりと、あの罠にかかるとは。
「どうか?」
ダーフィット大将は、私に尋ねる。
「はっ、現在、機雷の誘爆に阻まれ、あの艦隊の姿を確認できません。」
「そうか……だが、あれだけの爆発だ。普通に考えれば、とても耐えられるはずはないが……」
今回敷設した機雷は、熱核融合型のものを使用した。直径は1メルティほどだが、その爆発力は小規模な都市ならば壊滅的なダメージを与えられるほどの威力はある。到底、数百メルティ程度の艦船が耐えられるはずがない。
しかし、こうもあっさりとあの艦隊が壊滅するだろうか?我々の長距離砲をあっけなくはじき返したあの異星人達の船が、この程度の爆発で消滅するとは考えにくい。
「爆発光、消滅します!」
「直ちに、あの艦隊の状況を確認せよ!」
「はっ!」
すぐに、レーダーによる探知が行われる。その結果は、正面のメインモニターに映し出される。
「100隻の異星人艦隊、健在!」
そこに映っていたのは、爆発前と変わらない陣形で悠々と前進する、異星人の艦隊だった。
「ば、馬鹿な!あの熱核融合爆発をはじき返すなんて……」
私の横にいた別の士官が叫ぶ。だが、私も大将閣下も、この結果をある程度は覚悟していた。
「……やはり、だめか。」
ため息をつきながら、座席の上で腕を組んで落胆するダーフィット大将。私も落胆としつつも、大将閣下に応える。
「やはりあの防御兵器には、我々の持つ兵器では通用しないようですね。」
「そうだな……だが。」
大将閣下は軍帽を脱ぎ、頭髪を少し整えると、再びそれを被り直す。
「防御兵器は常に展開されているわけではなかろう。おそらくは、我々の仕掛けた機雷原の存在を見抜き、それを防いだ者がいるということだ。」
「確かに、そう考えるのが妥当でしょう。」
「それを承知で敢えて、我々の目の前で機雷原に飛び込んで見せた。自らの力を我々に見せつけるために。そうは思わないか、中佐よ。」
「はぁ、そうですね。」
ダーフィット大将のおっしゃる通りかどうかは分からない。が、少なくともあの異星人の艦隊には、生半可な戦術程度ならばそれを見抜ける奴がいる。少なくとも私と大将閣下は、そう察した。
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