第4話 冥府星会戦
けたたましいサイレン音が鳴り響く。
「敵艦隊、捕捉!距離、70万!接敵まで、あと8時間!」
「CICより艦橋!進路を冥府星に向け、最大戦速で向かう!」
『艦橋よりCIC!了解、進路変更、面舵30度、最大戦速!』
大急ぎで私は、
戦艦デ・ロイテルの6基の核融合炉と、その後方に取り付けられたプラズマ推進器が唸りを上げている。その機関由来の振動と強烈な加速Gが、私の身体を襲う。
目の前のモニターを見る。さっきまでボヤッとしていた敵艦隊らしき船影はみるみる鮮明になり、1隻づつの船影が捉えられるほどまでになった。
「敵艦隊、捕捉!戦艦2、巡洋艦21、駆逐艦57、航空母艦17、輸送艦13!総数、110隻!」
レーダー手が敵の艦種を伝える。我々よりわずかに少ない敵だが、致命的なほど差があるわけではない。ほぼ、互角と言っていい。まともに当たれば、双方それなりの損害が出るだろう。
「敵艦隊、さらに接近!距離、50万キルメルティ!」
敵艦隊は、1列でまっすぐこちらに向かっている。こちらは縦に3段で、上下段に駆逐艦隊、中央段に戦艦と巡洋艦を配置、その後方に、航空母艦と輸送艦隊を置く。
さて、迫る敵艦隊は我々に向けてまっすぐ一直線に向かっている。通常ならば、ある地点で互いに方向転換して側面を向かい合い、砲撃に雷撃、そして航空隊での攻撃となる。総力戦となれば、数の多い我が方が有利だ。下手な小細工などせずとも、確実に勝てる。だが、今回はそうはいかない。
我々には、あの異星人達との戦いが残っている。通常の艦隊戦を行えば、損害は免れない。120隻もいれば、平均的には駆逐艦が7、8隻、巡洋艦も1、2隻はやられる。大きな
と、なれば、その後に控えた異星人達への牽制に支障が出る事は間違いない。ただこの宙域を確保すればよいと考えている敵艦隊とは、訳が違う。
まったく……異星人が来ているんだぞ?我々に向けるその砲を、少しはあっちにも向けてくれ……と、ぼやいたところで、彼らには届かない。
そんなことを悶々と考えつつ、数時間が経つ。双方、長距離砲の射程に入りつつあった。
「距離、まもなく10万!」
ここで通常ならば、双方とも向きを変え始める。そのまま距離を保ったまま接近し、5、6万キルメルティで総力戦というのが艦隊戦の常道だ。
が、ここで我が軍の名将、ダーフィット大将の知略が、炸裂する。
艦橋から、その名将の予想外の指示が飛んでくる。
『全艦、右砲戦、用意!』
……名将ともあろうお方も、気が触れたか?一瞬、そう感じた。敵はほぼ正面から迫ってくる。しかも、どちらかといえば我々から見てやや左に動き始めている。どう考えても、右方向に敵はいない。
だが私は、次の指示でその意図を察した。
『取舵90度、順次回頭、両舷前進いっぱい!』
ここで大将閣下は、全艦に左へ急速回頭せよと命じてきた。航海長の復唱が聞こえる。
『とーりかーじ!』
身体が右側に押しつけられる。我々の艦隊は3列のまま、敵の前で大きく方向転換している。だが、私はここで大将閣下の意図を理解した。なるほど、どおりでこの陣形をとっていたわけだ。
『全砲門開け!砲撃戦用意!』
大将閣下が叫ぶ。
「全砲門開け!砲撃戦用意!主砲装填、開始!」
敵も我々の動きを見て、自らの置かれた状況を理解したらしい。慌てて回頭を始めた。だが、100隻ほどの長い艦隊の順次回頭は、非常に時間がかかる。
だが、こちらは3段に分かれている。つまり、3分の1の長さだ。だから、あちらと比べても回頭は短時間で終了する。敵がまだ回頭している最中に、すでに我々は右側面を敵に向け終えていた。
『先頭艦に向けて一斉砲撃!全艦、砲撃開始!』
大将閣下の声が、ここ
「先頭艦に照準、撃ちーかた始め!」
16門の長距離砲が、一斉に火を噴いた。ガガーンという音と、ビリビリという衝撃が伝わってくる。艦橋の弾着観測員から、初弾の結果が返ってくる。
『命中!先頭の駆逐艦、大破!』
約100隻からの長距離砲による一斉射撃だ。当たるのはせいぜい2、3割程度だが、相当数が命中したことになる。大将閣下の声が続く。
『戦闘不能の船には目もくれるな!次、後方艦に向け斉射!』
あちらはまだ回頭中で、戦闘態勢にはない。その間にも、回頭中の敵艦を順に各個撃破しようという作戦だ。
洋上戦闘との大きな違いは、こちらが縦方向へ3段に分かれて並んでいるというところだ。列の長さを3分の1にして、早めに回頭を終えて主砲のみでけりをつける。
だが、次に会った時は、もうこの手は使えない。敵の油断がなければ、成りたたない戦術。次回はさすがに警戒してくるだろう。つまり今回限りの禁断の戦法。宇宙空間という3次元の自由度を最大限に活かした陣形で、通常の艦隊戦では不利なこの陣形も、回頭し先頭艦への集中砲火を浴びせるという目的には、最大限の効果を発揮する。
『戦艦級、大破!敵艦隊、反転、回頭!』
『逃すな!全艦、追撃戦に移行!』
しかし砲撃戦のみでかたをつけようというのか?こんな艦隊戦は、前代未聞だ。だがすでに敵は20隻ほどが大破、戦闘不能に追い込まれている。戦闘開始からわずか10分で、損耗率は20パーセント。もはや、壊滅といっていい。ミサイルも航空隊も使わず、敵を壊滅的状況に追い込んだ。なおも敵艦隊を追い込む。
一方の我々は、駆逐艦一隻が中破し、戦線離脱しただけだ。組織的抵抗を受けることなく、我々の勝利は確定する。
に、してもだ。ダーフィット大将の戦いぶりは、いつも感心させられる。味方の損害を最小にするその手腕、前回の水海星域会戦でも、我々よりも多い敵艦隊130隻に対して勝利した。予め敷設した機雷群に上手く追い込み、3分の1の敵艦艇を水海星の惑星表面のガス体の中に消していった。味方艦艇の被害は2、まさに完全勝利だった。
こんな勝利を2度も続けるとは、さすがの私も感心を通り越して、恐怖を覚える。敵でなくて良かったと、胸を撫で下す。
そして追撃戦は、まだ続いている……
◇◇◇
「一方の艦隊が、撤退行動に移行しつつあります。」
「そうか、間に合わなかったか。」
我々の哨戒艦用レーダーが、150万キロ彼方の戦闘の様子を捉える。それをモニター越しに見るダーヴィット准将。
しかし、間に合わなかったというのはいささか言い過ぎではないかと私は感じる。その気になれば、我々は砲撃開始前にあの2つの艦隊の間に割って入ることができたはずだ。だが我々は巡航速度で接近し、あの艦隊同士の戦闘を見ているだけだった。
見事な戦闘だったが、それを防げなかった私にとっては、実に苦々しい結果だ。
いや、まだ戦闘は終わってはいない。今、突入すれば、まだいくつかの命が助かる。私は進言する。
「閣下、まだ戦闘は続いております。今すぐ全力で突入し、威嚇砲撃を加えれば、戦闘を終わらせることができます。」
が、このヘタレ閣下は、こう応える。
「そんなことをすれば、相手が萎縮し、交渉どころではなくなるだろう。却下だ。」
ああ、うちの司令部も、できればもう少し真っ当な人物を先遣隊の指揮官として選ぶべきだったな。何という度量のない指揮官か。
目の前では、大勝利を収めた艦隊がいる。あの指揮官の元であれば、どれほど報われたであろうか……儚い願望を抱きながら、私はモニター越しに艦隊戦の行方を、ただ見守ることしかできなかった。
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