第3話 休息

「未確認艦隊、撤退していきます。」


30キルメルティ先にいたあの奇妙な艦隊が、突如、引き始める。後退し、そのまま転舵、反転して離れていく。


「今度は、なんだ?」


ダーフィット大将が、訝しげに私に尋ねる。いや、大将閣下、聞きたいのは私の方ですが。だが、私は応える。


「……おそらく、補給のためではないでしょうか?」

「補給だと?」

「はっ、どう見てもあの艦隊には、戦闘艦しか見当たりません。補給艦も簡易ドックも見当たりません。ということは当然、補給のために一旦、後退する必要があります。」

「それはそうだが……もう補給なのか?」

「先ほどの雷撃からの回避運動の際に全力運転をしたようですから、燃料の消費が思いの外、多かったのではないでしょうか?また、報告によれば先ほどの攻撃で、先行し過ぎた点火前のミサイルが1発、あの戦闘艦の一隻に着弾したようです。どれほどの被害かは分かりませんが、その艦の修理も兼ねているのではないかと。」

「うむ……確かにな。だが、そうなれば今度現れる時は、さらに多数の艦艇が押し寄せる事になるかもしれん。警戒を厳にせよ。」

「了解いたしました。ところで閣下、作戦幕僚として意見具申。」

「許可する。なんだ。」

「こちらも、可能な限りの増援を呼んだほうがよろしいのではないかと。近隣の天闇てんあん星軌道上に、我がパルテノーベ共和国軍の第2艦隊が展開しているはずです。」

「だが第2艦隊は今、コルビエール連合国の艦隊と対峙しているところだ。あれを放置して駆けつけるなど……」

「ですが閣下、事は我々、地球全ての人類に関わる事なのですよ。我々が惑星間紛争で相争っているところに、異星人が漁夫の利を得て、我々や他国の艦隊を各個撃破しないとも限りません。ここはまず、パルテノーベ政府に具申し、政治的判断を仰ぐべきではありませんか!?」

「うむ……」


ダーフィット大将は考え込む。それはそうだ。我々の置かれた状況は、極めて複雑だ。


元々、我々第5艦隊の任務は、外惑星系におけるコルビエール軍の動きを探る事。だが、肝心のコルビエール軍の艦隊は、全て内惑星系にあり、補給中であることが判明する。そこで我々はここ外惑星系で待ち伏せし、外部に進出してきたコルビエール軍の艦隊を叩く予定だった。

が、その最中に我々は、異星人のものらしき艦隊に巡り合ってしまった。


現在、この宇宙では、コルビエール連合国と、我らパルテノーベ共和国の2つの大国が覇権を争っている。コルビエール軍には4つの艦隊が、我らパルテノーベ軍には5つの艦隊があり、この太陽系の地球以外の4つの惑星派遣争いをしている。


この太陽系には、6つの惑星が存在する。太陽から近い順に、火光かこう星、地球、風王ふうおう星、水海すいかい星、天闇てんあん星、冥府めいふ星と呼ばれている。この内、太陽に近く灼熱の惑星である火光かこう星と、すでに不可侵条約が締結され領土の確定された地球の、この2つの惑星を除く4つの惑星で、この2つの大国が競り合っている。


惑星を狙う理由は、たった一つ。それぞれの惑星やその衛星に存在する豊富な資源だ。風王星は地球とよく似た惑星であり、地球化テラフォーミングが進められている星。ボーキサイトなどの鉱物資源が豊富だ。水海星はガス惑星だが、周囲を回る7つの衛星からは、地球では手に入れられない希少鉱物が多く採れる。同じくガス惑星の天闇星にも、希少鉱物の豊富な衛星が11もある。また、ガス惑星からは核融合に必要なヘリウムが大量に採れる。

そして最外部となる冥府星には鉱物資源以外に、液体ヘリウムの海がある。寒冷な惑星ゆえの自然環境だが、この海の利用価値を狙って覇権争いが繰り広げられている。

第5艦隊がいるのは、まさにその冥府星軌道上だ。


そこから外には、我々は足を踏み入れる事はない。開拓すべき惑星がないからだ。あるのはせいぜい小型の準惑星で、資源的戦略的価値のない星ばかりだと分かっている。そこから外は、3.7光年先にあるアーレウス星系だが、そんな遠くまで行く術が、我々にはない。

だからこそ、その外側からやってきたあの異星人らしき集団は、我らにとっては想定外の脅威だ。


そもそも、我々の主力兵器が通用しなかった。途方もない力を持った相手である事は間違いない。だが……それにしては、行動が不自然だ。


あれだけの力がありながら、なぜ我々を攻撃しないのか?

その論理的な解釈を、私はまだ得てはいない……


◇◇◇


「閣下、増援を求めましょう。」


私は再び、小艦隊司令官であるダーヴィット准将に提案する。


「しつこい!今は増やす道理がない!」


が、再び却下される。そろそろ私も、嫌気が差してきた。

なお、我が艦隊100隻は今、3000隻の艦艇が集結しつつある、3.7光年先の青色星域にワープアウトしたところだ。遠くには、我々の太陽の3倍の大きさの青色の星が輝く。

その星域の外縁部にある小惑星帯アステロイドベルト付近に達しようとしていた。


この星域からあの地球アース1000と呼ばれる予定の星までは、一回のワープで達する。ここの小惑星帯アステロイドベルトとあの恒星系を結ぶワームホール帯があるためだが、半径10光年以内にある天体はその星の領域として認められるため、ここはいずれ、地球アース1000のものとなることだろう。

だが、彼らはそのことをまだ知らない。


せめて大軍で現れれば、彼らは戦意を喪失し、接触を試みるのではないか?そうすれば我々も、早くこの事態が解決できる。中途半端に相手と同じ数で対峙するから、あちらも戦意をむき出しにしているように思う。何事も、中途半端はいけない。

が、増援はかえってあちらの不信感を招く。そう主張する准将閣下だが、それは何もせず、ただ一定の距離をおいて対峙している我々の態度にこそ、不信感を抱く。そう申し上げているにもかかわらず、聞く耳を持たない。かといって、他に策があるわけではない。


「はぁ……」


食堂で私は、ため息をつく。今回の派遣任務、先遣隊の作戦幕僚に任命されてここに送り込まれたが、いろいろと運が悪い。


この銀河の端、1万4千光年の円形領域の中には、1000個の人類生存惑星が発見されている。ちょうど今回は、その1000個目の星だ。

どの星も、自身の星を「地球」と呼称していることが多いため、その発見順に「地球アース」に番号を加えた名前で呼ばれている。例えば、我々の星は391番目だから、地球アース391だ。


問題は、この宇宙の状況だ。1000もの星々は連合と連盟と呼ばれる2つの勢力に分かれ、もう200年以上も争いを続けている。

きっかけは地球アース001という、この駆逐艦の技術を作り出した、この宇宙でもっとも進んだ星が引き起こした虐殺事件で、なんでも一つの星を艦砲射撃でダメにしたらしい。地球アース003の悲劇と呼ばれ、何十億もの人々が死に、その恨みが引き金となって「銀河解放連盟」なる星の連合体が結成される。

地球アース001もそれに対抗し、「宇宙統一連合」を設立するわけだが、それがもはや手がつけられないほど拡大し、今に至る。


連合も連盟も、設立した当時は両者合わせて180ほどの星だった。その後両者は未発見の星を探し出しては仲間に引き入れて、争うように自身の勢力を拡大してきたわけだが、800以上の星にとっては当時の悲劇など知る由もなく、ただ、最初に接触した相手の陣営に加わり、もう一方を「敵」と認識しているに過ぎない。そんな不毛な戦いを、もう200年以上も続けていることになる。

それが分かってても、私如きがどうこうできるものでもなく、ただその争いの渦中に身を投じている。


が、今、さらに厄介なことに巻き込まれている。

ただ我々の連合に加えるべく訪れたあの1000番目の星は、高度に発達した技術を持つがゆえに、迂闊に近づくことができない。

その上、我が先遣隊の指揮官が極度の慎重派ときた。おまけにこの先遣隊には、私以外の参謀役がいない。驚いたことに、幕僚は私一人。たった一人で、あの堅物を相手にしなくてはならない。だが、私の提案に対してただできない理由を並べ立てるばかりで、一向に事が進まない。しかもこの間のように、10隻ごとの戦隊をまとめる戦隊長から出てくる苦情まで対応しなきゃならない。苛立つ戦隊長とド慎重な指揮官とに挟まれて、憂鬱極まりない役目だ。


「あれ?フォルクハルト中佐、こんなところで考え込んじゃって、どうしたの?」


と、そこに、声をかけてくる人物が現れる。それは、オリーヴィア少尉だ。


「……いや、ちょっとね……」

「どうせ、まーたあの慎重親父に意見して、反対されたんでしょう?」

「ああ、そうだが……どうして分かる?」

「同じ艦橋にいるんだから、分かるわよ。にしてもここ3日くらい、怒られっぱなしじゃない。大丈夫なの?」


非番時のオリーヴィア少尉は、なぜか私に対してはタメ口だ。階級差などお構いなしに、この調子で私に話しかけてくる。


「大丈夫……と言いたいところだが、そろそろやばいかもな。」

「ええーっ!?不味いじゃない!だったら私が癒してあげ……」

「いや、私じゃない、この艦隊と、そしてあの星が、だ。」

「な、なんだ、そっちなんだ……」


何をがっかりしているんだ、オリーヴィア少尉は。それはともかく、このまま接触すらできない状態が続くことはよくない。連盟側がここを嗅ぎつけ、我々よりも先に接触を果たすようなことになれば、我々の準備は水の泡となる。

補給のため、戦艦クルフュルストに入港しつつある我が艦。被弾した7297号艦の修理もある。最低、3日はここに滞在することになりそうだ。この3日が、致命傷にならなければ良いが……


「あ、オリーヴィア少尉殿!」


もう一人、誰かがやってきた。誰だろうか?私はこの艦に来てまだ3週間ほどしか経っていない。おかげで、艦長と一部の士官、そしてオリーヴィア少尉くらいしか面識はない。


「ウルスラ兵曹長、もうすぐ入港でしょう?あなた、そろそろ忙しくなるんじゃないの?」

「いえ、主計科は入港してからが忙しいんです。今はまだ大丈夫ですよ。」


といいつつ、なにやら食事を抱えている。ピザやポテトなど、簡単な食事だ。


「ところでオリーヴィア少尉、こちらは?」

「あら、あなた、司令部付きの参謀殿をご存知ないの?」

「ええーっ!?も、もしかして、艦隊司令部から派遣されたっていう、フォルなんとか中佐ですかぁ!?」

「そうだ……フォルクハルト中佐だ。」

「あ、そうでした!フォルクスハーゲン中佐でしたね!失礼いたしました!」


いや、かなり失礼なやつだ。盛大に名前を間違えている。オリーヴィア少尉が呆れた顔で、そのウルスラ兵曹長を一瞥している。

で、私の向かいの席に座って、持ってきた食べ物をガツガツと食べ始めるウルスラ兵曹長。先ほどの会話から察するに、彼女はこの艦の主計科所属のようだ。


「ところでオリーヴィア少尉。なにゆえこの青色星域に引き返してきちゃったんですかぁ?」

「あなた、艦内放送を聞いてなかったの?接触しようとした相手が突然、雷撃してきたものだから、被弾した艦が出て、その修理のために一旦、引き返すってことになったのよ。」

「ふーん、そうなんですかぁ。そういえば昨日あたりは機関音が鳴り響いてバタバタとしてたから、何事かと思ってたんですけどねぇ。」

「でも、こちらの司令部付き参謀殿が、見事な采配を発揮してくれたおかげで、一隻の損傷で済んだのよ。」

「ふぇ~っ!それは凄いですねぇ!」


どうもこのオリーヴィア少尉は、私を司令官付きということで、妙に買い被っている節がある。別にこの艦にいる他の士官と、大して変わらないと思うのだが。


「に、しても、あの星の人達もなかなかですねぇ。」

「ええーっ!?どうしてよ!」

「だって、この駆逐艦よりも強い船ばかりってわけじゃないんでしょう?にも関わらず、こちらに被害を与えたってことは、それなりに賢い人があっちにはいるってことなんですよね。」


ずいぶんと痛いところをついてくる軍人だ。それはその通りなのだが、聞いててあまり気分の良いものではない。


「ところで私、将来は別の星に暮らすのが夢だったんですよぉ。で、うちの遠征艦隊がついに未知惑星に乗り出すって聞いて、やったぁって思ってたところなんです。ただ、話を聞く限りでは、どうやら宇宙船を持ってる人達なんですよねぇ……どうせなら、剣と槍を抱えた兵士達が闊歩し、それらを指揮する王子様や公爵様が暮らす星だったらよかったんですけどねぇ。」

「……まあ、普通は未発見の星って、そういう文化レベルの星が多いからね。でもまれにこういった文明の進んだ星に当たることもあるのよ。今回はそうだったって話。」

「そうなんですねぇ……うう、どうせなら私、王子様や貴族様に会って、そこで燃えるような恋をしてみたかったなぁ……いや、宇宙進出するような星にだって、王子様や貴族様くらいいるかもしれないし、諦めちゃダメですよね!うん!」


漫画やアニメ、小説じゃあるまいし、そんな話、そう滅多にあるものではない。ましてや、いち駆逐艦の主計科にいる兵曹長では、たとえ向かう先が中世レベルの星だったとしても、王子や貴族が相手にするだろうか。

この丸っこい顔付きの図々しい兵曹長の下らない話を聞いていたら、まもなくこの艦が戦艦クルフュルストに入港するという艦内放送が流れてきた。


◇◇◇


「輸送艦、接続しました。まもなく補給作業を開始します。」


異星人達の船がいなくなり、本来の任務に戻るため、我々は補給作業に入っていた。主砲のビーム粒子にミサイル、それに食糧などが補給される。


「今のところ、異星人らしき艦艇も、コルビエール軍も見当たらない。補給作業者以外は、休息を取るよう。」


全艦に対し、ダーフィット大将の名で休息指示が出る。戦艦デ・ロイテルでも、一部兵士を除き、休息に入る。

私はまず食堂へと向かう。そこで私は、食事を受け取る。無重力の宇宙船内では、袋詰めの味気ない食事しか摂ることができないが、それでもこの先にある戦いを考えれば、今のうちに食事を済ませる必要がある。

それにしても悩ましい。ただでさえ、コルビエール軍との紛争を抱えているというのに、この上さらに異星人である。コルビエール軍にも手伝ってもらいたいほどだ。

が、大将閣下が送信した電文に、未だ政府からの返信はない。となれば、我々だけであの得体の知れない艦隊に対応しなくてはならない。まったく、厄介なことになった。


「よっ、ランメルト。」


食堂の壁際で味気ない食事をしていると、向こうからふわっとこちらに浮遊してくる人物がいる。パイロット服に身を包んだその男は、バート少佐だ。


「なんだ、バート。」

「なんだじゃない。出番がないからな、そろそろ俺が出張る事態でも起きてくれないかと思ってな。」

「偵察任務は今のところ、ない。」

「なーんだ、残念。てっきり、異星人の船とやらに接近できるものとばかり思っていたんだが。」

「あいつらは今、この宙域にはいない。どこかへ去ってしまった。」

「どこかって、どこへ?」

「さあな……今ごろアーレウス星にでも行ってるんじゃないのか?」

「あそこは3.7光年先だろう。どうやって行くというんだ?」

「知るか。第一、本当にアーレウス星に行ってるかどうかなんて分からない。ただ確実に言える事は、冥府星よりも外に向かい、そこで消えたってことだけだ。」


奴らがどこから来て、どんな手段でここに到達できたのか?そして今、どこにいるのか?残念ながら我々の力では、捉えることができない。


「またやつら、来るのかな?」

「おそらく、来る。」

「なぜそう思う?」

「やつらはまだ、何もしていない。今度現れたときは、間違いなく何か仕掛けてくる。」

「仕掛けるって、何を?」

「分からん。艦隊への攻撃か、それとも我が地球へ直接向かうか。いずれにせよ最外部にいる我々の対応次第で、地球の運命が決まる。」

「はぁーっ、我々が人類最後の希望かぁ。かっこいい役目だが、それにしちゃあ、その守るべき人類の一部と戦う羽目になってるんだろう?」

「司令官閣下が今、政府に打診している。コルビエール政府との間でなんらかの交渉がまとまれば、あちらの戦力も合わせて、あの異星人らに対抗できるのだがな……」


袋詰めのポテトグラタンを食べながら、私は今の我が艦隊の置かれた状況を憂う。ただでさえ未知の脅威と戦わなくてはならないというのに、なんだって同じ惑星の者同士と争わなくてはならないのか?我々は、守るべき相手とも戦わなくてはならないというこの理不尽な情勢を、ただ憂うしかない。


◇◇◇


「失礼しました!」


私は司令官室を出る。ここは地球アース391遠征艦隊総司令部の置かれた戦艦クルフュルストの艦橋。といっても、ここは全長5100メートルの船の艦橋だけに、300メートル級の駆逐艦よりも大きい場所だ。

通路を歩き、下層につながるエレベーターへと向かう。


増援を司令部に直訴したが、断られてしまった。まだ艦隊集結中であり、連盟軍への牽制のため、一隻でも多くの艦艇が必要だというのが司令部の意向だ。それに、100が200になったところで、事態の解決にはならない、そこは我が小艦隊司令官であるダーヴィット准将と同じ意見だ。

が、いくつかの要求は認められた。短距離の指向性レーダーの申請が通り、我が駆逐艦7310号艦を含む各戦隊に1隻づつ、計10隻の艦に取り付けられることとなった。本来は哨戒艦用の装備だが、重力子エンジンを搭載していないあちらの星の艦艇の探索、およびミサイル感知にどうしても必要だ。これが通ったことで、前回のような事態は避けられる。


だが、事態の打開は引き続き、どうにかしろの一点張りだった。幕僚の追加もなく、私一人で対処せねばならないことには変わりない。せめて、今の小艦隊司令官を変えてくれるだけでもいいんだが、そんなことは私の立場で要求できることではない。


ああせめてもう一人くらい、相談相手でもいてくれたらなぁ……


「やっほー、元気ー?」


と、エレベーターの前で声をかけてきたのは、オリーヴィア少尉だ。なんだこいつ、まさか私が司令部に出向いていた2時間もの間、ずっとここで待ってたのか?


「……元気ではないが、任務は終わったところだ。」

「そうなんだ……じゃあ、今から一緒に、どう?」

「どうって……何をするんだ?」


彼女との付き合いは、3週間ほどになる。艦橋任務を終えた後に、食事を共にする日々を過ごしてきたが、このところ妙に積極性を感じる。

いや、彼女の場合、戦艦での司令部付きの仕事に憧れているだけだろう。司令部付きを、エリートと見る傾向が彼女には強いようだ。これまでの会話からは、そう伺える。だからこそ、私に付き纏っているようだと感じる。先遣隊の役目が終わり、この星域に本格進出が叶えば、私はこの戦艦クルフュルスト内の司令部に戻ることになる。それに便乗しようと企んでいるのではないだろうか。


「中佐殿は、どこで、何したい?」


というわけで、露骨なまでに誘いをかけてくるこの女性士官に、私は節度を持って接するよう心がけている。が、しかし……なんだか、妙に際どい服装だな。あざとい格好にも関わらず、私の理性は、仕事をしてくれない。ついつい胸元に視線が集中する。そんな私をあしらうかのように、オリーヴィア少尉は応える。


「……って、赤い顔して、何考えてるか知らないけど、私は街に行きましょうって言ってるのよ。さてと、まずは食事かしら。」


この女狐め、散々、意味深な言葉を並べ立てておきながら、結局は食事か……憮然としつつも、どうせ相手もいない私は、彼女の誘いに乗る。


「んふふーっ!どこにしよっかな!」


制服姿の私とはアンマッチなほどギリギリを極めた、目のやり場に若干困る服をきたオリーヴィア少尉とともに、街の第3階層に降り立った。その少尉は妙な息使いで興奮しつつ、あちらこちらの店を物色している。

どの戦艦の艦橋の真下にも大抵は400メートル四方、高さ150メートルの空間に作られた4階層構造の街が存在する。この戦艦クルフュルストも例に漏れず、4階層の街がある。

食事に服、雑貨に本屋と様々だが、映画館やスポーツ施設、それにゲームコーナーなどの娯楽施設が多い。ここは狭い駆逐艦乗りの息抜きの場として作られたような街でもあるので、その性格上、娯楽関係が多く作られている。

食事も、駆逐艦内の味気ない食堂の料理とは比べ物にならないほど、凝った店が多い。

で、オリーヴィア少尉と入った店は、鉄板焼きの店だった。


ボワッと音を立てて、紫色の炎が上がる。大きな鉄板の上には厚めの肉に、ブロッコリやマッシュルームなどの野菜類が広げられている。それを長めのフォークとナイフで器用に捌き、皿の上に乗せていくシェフ。

その料理を、ワイン片手に一口食べては悦楽な表情を浮かべるオリーヴィア少尉。何がそんなに嬉しいのやら。


「んーっ!おいひい!さすが中佐、こんな良い店を知ってるなんて!」

「ああ、まあ、ここは司令部でも有名な店だからな。」

「へぇ~、やっぱり司令部の方々って、いいもの食べてるんですねぇ。」


半分褒め言葉で、半分皮肉がこもったこのオリーヴィア少尉の言葉に、私は少々ムッとしながらも、焼きたてのそのステーキ肉を頬張る。だが、確かに駆逐艦の食堂などと比べたら、ここの料理は逸品だらけだ。駆逐艦乗りが妬むのも、止むを得ないだろう。

とまあ、そんな感じでワインと料理を交互に飲み続けたオリーヴィア少尉。食事が終わる頃には、オリーヴィア少尉は自身の制御が不可能なほどグテグテになってしまう。


「お、おい、大丈夫か!?」

「だいじょうぶれすよ~っ!」

「もうちょっとしたら、酔い覚まし薬が効いてくる。それまで、どこかで休もう。」


一応、店を出るときに、酔い覚まし薬を飲ませた。大体30分ほどで効いてくるはずだ。しかし、いくらなんでも飲みすぎだな。

そんな彼女を引きずるように歩き、第4階層にある公園にたどり着いた。そこのベンチにオリーヴィア少尉を座らせる……というより、寝かせる。ベンチの端で、私の太腿を枕に上機嫌で寝そべるオリーヴィア少尉。

まったく、なんだってこんなところで、こんなことを……酔っ払いの介抱までさせられるとは、やはり近頃の私には運がない。


「なあ、少尉。」

「なんれすかぁ、中佐殿ぉ!」

「……貴官は、司令部付きになりたいがために、私に近づいているのか?」


少し苛立っていることもあって、私は思わず本音を漏らす。すると、オリーヴィア少尉が応える。


「うーん、最初はそういうの、あったかなぁ……でも……」


と、不意にオリーヴィア少尉はムクっと起き上がる。まだふらつく身体をベンチの背もたれで支えながら、私の顔を見る少尉。


「でも、中佐見てたらさ、司令部付きだからって、恵まれた人ばっかりってわけじゃないんだって思ってね。」

「……そんなに、恵まれない男に見えるか?」

「そりゃあ普段はこの大きな艦の、こんな街のそばで働いていいものばかり食べてるだろうし、給料も高いし、あたしら駆逐艦乗りと違って命の保証はあるし、正直、羨ましいなぁって思ってたけどさ……あの堅物艦長と、毎日のようにやりあっているのみてたら、ちょっとね。」


どうやら私は、かわいそうな男に見えるらしい。なんだかそれはそれで少し、私の癇に障る言い方だな。私は思わず、こう返す。


「で、少尉はそんな私をみて、惨めな男だと?」

「いや、かっこいいなぁって。」

「は?かっこいい?」

「そうだよぉ、あんな准将なんて適当にあしらっておけばいいのに、自身の役目とこの艦隊のため、そして、こっちにミサイルまで撃ってくるあの星の人達のために、粘り強く真面目に説得を試みてる中佐殿をみてたらさ、なんだかあたし……」


急に、オリーヴィア少尉の口調が変わってきた。どうやら、酔い覚ましが効いてきたようだ。急激にしらふに戻り始めた少尉の顔は、酔っているとき以上に赤みを増し始めている。


「……ええと、な、なんていうのかなぁ。ほ、ほら、よくドラマである展開で、男女が語り合うっていう場面のようにね……」


タイミングよく、いや、悪く、酔い覚ましが効いてしまったおかげで、オリーヴィア少尉の態度が面白いことになっている。私はつい、からかいたくなってきた。


「と、言われても、私はドラマを見ないからなぁ……具体的には、どういうことが起こるんだ?」

「え、ええとね、ど、どちらかがもう一方に、す……好きだって告白してね……そして……」


と、突然、オリーヴィア少尉は私の顔を両手で手繰り寄せ、私の顔前でこう言い放つ。


「……もう、もうちょっと酔っていれば、スムーズに本音を言えたのにぃ……」


といいながら、彼女は私の顔をそのまま自身の顔に引き寄せる。そして、私の唇を奪うように……キスをする。

先日のミサイル攻撃並みの不意打ちだ。想定外の着弾を受けた私は、体温の上昇と鼓動数の上昇を感じる。


そしてそのまま、私とオリーヴィア少尉は、街の外れにあるホテルへと戻っていった……


◇◇◇


この戦艦デ・ロイテルは、全長750メルティの大型艦だ。だが、いかに大きな艦であろうが、機関音や人の行き来で絶えず音が響き、あまりよく眠れなかった。だが、目覚ましの音で交代時間が来たことを知ると、私は起きる。身体を固定するベルトを外し、ベッドから扉にジャンプする。

奴らが消えて、4日が経つ。依然として奴らは現れない。まさかとは思うが、もうここを諦めたというのか?

通路に出て、戦闘指揮所CICへと向かう。指揮所の扉を開くと、なにやら室内が騒がしい。


「どうした?」

「あ、ランメルト中佐!」


レーダー手が、私を手招きする。そのレーダー手の指差す場所を見る。そこには、何やらノイズらしきものが見える。


「おそらくこれは、艦影かと思われますが、どう思われます?この集団の大きさから推定すると、100隻以上の大艦隊ではないかと。」

「……間違いない。方角も速力も、第2艦隊からの報告通りだ。」

「と、いうことは、やはり……」

「そうだ、敵だ。コルビエール第1艦隊が、この冥府めいふ星域に現れた、ということだ。」


そして私は、戦闘指揮所CICの奥にいる通信士に向かって叫ぶ。


「警報発令!コルビエール軍 第1艦隊らしき艦影捕捉!艦内哨戒、第一配備!」

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