第2話 雷撃

駆逐艦7310号艦の食堂に、戦闘指揮所CICが設けられる。本来なら、連盟軍との戦闘の際に設けられるものだが、ある意味で、非常事態だ。


「どうしたものかね……」


艦長であり、この100隻の先遣艦隊長でもあるダーヴィット准将は、頭を抱える。


「どうにかして、通信などで呼びかけられればいいのですが。」

「それができていれば、苦労しない。だが、ここの通信プロトコルは、まだ解読できていないのだろう?」

「はっ、思いの外、難解でして。」

「やれやれ、高度な文明相手だというのに、無線の交信もままならんとは……」


ぼやく准将閣下。だが、ぼやいてばかりでは何も決まらない。いたずらに時間が過ぎるばかりである。

この間にも、あちらは動いている。それを我々が知るのは、それから数時間後のことだった……


◇◇◇


「閣下!作戦幕僚、意見具申!」


私は、ダーフィット大将に、ある提案をすることにした。


「具申許可する。で、何か妙案でもあるのか?」

「はっ、雷撃を加えてみてはどうかと。」

「……主砲が効かない相手に、雷撃など通用すると思うか?」

「発射後すぐに慣性航行させ、直前で再点火するのです。そうすれば、あの奇妙な防御兵器を使う前に着弾させられるかもしれません。」

「うむ、なるほどな。やってみる価値はありそうだが……弾着までの時間は?」

「およそ、4時間かと。」

「その4時間の間、やつらは動かないと?」

「保証はありません。が、すでに3時間も動いてはおりません。よくは分かりませんが、あちらは手詰まりではないかと。」

「そのようだな。しかし、わざわざどこかの星からやってきたというわりに、動きが鈍い連中だな。なんなのだ、あれは?」


ぼやく大将閣下だが、作戦許可を頂けた。私はすぐに、それを実行に移す。

あの艦隊での砲撃を分析した結果、どうやら艦の周りに、目に見えない防御兵器を展開していると推測された。それは、3000度のビームをも弾き返すほどの、強力な防御壁。並の攻撃は通用しない。


「雷撃戦用意!全艦、長距離ミサイル装填!目標、未知艦隊100隻!点火タイミングを、4時間後に設定!急げ!」

「はっ!全艦、雷撃戦用意!」


慌ただしく、私の作戦指示が伝えられる。


「全艦、ミサイル装填完了!雷撃準備よし!」

「よし、斉射!撃てーっ!」


ゴゴゴッという鈍い音が艦内に響く。次々と発射されるミサイル群。やがてそれらは、外宇宙の暗闇に吸い込まれていく……


◇◇◇


「それではダメだ。下手に刺激すれば、相手の反発を招きかねない。」


かれこれもう2時間もブリーフィングが続いている。決まらない会議に、私はいい加減、嫌気が差してきた。

いや、私だけではない。10万キロを隔てて睨み合ったまま、一向に動こうとしないこの100隻の先遣隊指揮官ダーヴィット准将の元に、9人の戦隊長らが行動を促すために我が艦に集まった。が、この9人全ての提案をたった今、否定し終えたところだ。もはや戦隊長らの苛立ちは、限界点に達しようとしていた。


にしても、非常にまずい。まさか宇宙の終わりが訪れるまで、ここに止まるつもりではあるまいか?さすがの私も、この100隻を束ねる准将閣下に、疑心暗鬼になりつつあった。


が、その時だった。


『緊急通信!7297号艦、被弾!』


艦橋からもたらされたこの報告に、駆逐艦7300号艦の艦長で、7291号艦から7299号艦までを指揮する第730戦隊長のアシュリー大佐が声を荒げる。


「なんだと!?損害は!」

『左側面シールドに直撃!幸い、不発弾であった模様!左シールド外壁破損、1ブロック閉鎖のみ!船内への影響は軽微!』


それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろすアシュリー大佐。だが、私はその報告をもたらした乗員に尋ねる。


「いや、待て。砲撃など行われていないはずだ。一体何が、直撃したというのか?」

『はっ!分析によれば、ミサイルの類ではないかと。』


それを聞いた私は、血の気が引くのを感じた。すぐに指示を出す。


「全艦に伝達!転舵、反転!全力、即時退避!急げ!」


すると、私の言葉を聞いたダーヴィット准将は不機嫌に応える。


「おい、何を勝手に退避命令を出している!」

「勝手ではありません!緊急事態につき、私の権限下で退避命令を出しただけです!」

「緊急とは、何をもって……」

「ミサイルの直撃弾を受けたのです!ということは、この宙域に無数のミサイルが存在することの証左です!」

「ミサイルなど、バリアを使って回避すれば……」

「ミサイルというものは、熱源目掛けて軌道を変えられる兵器です!ということは、バリア防御のない後方噴出口に直撃を受ける可能性があります!」


それを聞いたダーヴィット准将は、ようやく事の深刻さを理解する。


「ぜ、全力即時退避だ!」


私の出した指示を、事実上、追認する。だが、すでに我が艦を含め、100隻の艦艇が回頭し、機関をフル回転しつつある。そして、その判断の正しさを裏付ける事態が、立て続けに起きる。


『熱源体、多数!数、およそ800!』


艦橋からもたらされたこの報告に、この食堂を一時的に改装した戦闘指揮所CICに集う戦隊長らの表情が、一斉に凍りついた。もちろん、ダーヴィット准将も同様である。


『ミサイル群、急速接近中!』

「全艦、最大戦速!機関の超出力を許可、なんとしても回避せよ!」


もうすでにこの戦闘指揮所CIC内には、全力で回る機関音の音で会話もできないほどの騒音に包まれている。私は、中央に置かれたテーブル型のモニターに目を移す。

そこには、無数の熱源体が表示されていた。報告のよればその数は、800だという。ということは、この100隻それぞれに8発づつ命中できる数だ。もし後方の噴出口に当たれば機関が停止し、無事では済むまい。

推進剤に着火し、加速を続けるミサイル群。それを全力で回避する駆逐艦100隻。私も、ダーヴィット准将も、そして9人の戦隊長も、手に汗握り、その行方を見守るしかなかった……


◇◇◇


「……逃げてますね。」

「ああ、逃げているな。」


正面モニターに映るレーダーからは、点火したミサイル群を避けるべく、しっぽを巻いて逃げ出す未確認艦隊の艦船の動きが捉えられていた。こちらが放った800発以上の雷撃に対し、あまりに無様な姿を晒す艦隊。


「妙だな。ミサイルに気づいているなら、あのビームをはじき返したあの防御力でそれを排除すればいいものを、なぜやつらは逃げ出すのか?」

「分かりません。もしかしてあの防御兵器には、何か弱点があるのでは?」

「弱点?例えば、どのような弱点があると?」

「そうですね……高熱のビームには効果があっても、物理攻撃には効果がないとか、あるいは防げない部分があるのかもしれないと。」

「うむ……やはり、完全無敵ではないということか。」


ミサイル群に気づくや、まるで肉食動物に追われる草食動物のように逃げ回るあの艦船に、我々はむしろ、戸惑いを隠せなかった。

我々の主砲斉射を難なく跳ね返したというのに、ミサイル相手には脱兎の如く逃げるしかないとは、全く理解できない連中だ……


◇◇◇


徐々にではあるが、ようやくミサイル群を引き離し始めた。だがこのミサイル群、距離は離れ回避しても、我々を捉えて離れようとしない。つまり、我々を追尾しているのは間違いない。

今の全力運転は、あと3分が限度だ。あまり超出力運転を続けると、機関に支障をきたす船が出かねない。私は、ダーヴィット准将に進言する。


「閣下!作戦参謀、意見具申!」


一瞬、嫌そうな顔をするダーヴィット准将。だが、私に意見を許可する。


「意見具申、許可する。なんだ?」

「はっ!あのミサイル群先頭に向かって、砲撃を加えてはどうかと!」

「は?砲撃だと!?」


私の進言に、腹落ちしていない様子の准将閣下は再度、私に尋ねる。


「800発ものミサイル相手に、砲撃など加えてどうするつもりか!?」

「あのミサイル軍の先頭に砲撃し、その一部を破壊すれば、おそらくは熱探知型と思われるそのミサイル群は、熱源目掛けて引き寄せられ、誘爆を起こすはずです!」

「……根拠は?」

「我々の後方噴射目掛けて誘導されております!ということはやはり、熱源感知型のミサイルであると考えられます!」

「ならば砲撃など使わず、穏便にバリアで対処すべきではないのか!?」

「その場合、バリアを展開しミサイルを受け止めたその艦目掛けて、残りのミサイルが殺到します!相手は800発、その一部が艦の後方噴出口に着弾する恐れが……」

「うっ……」


あと1分ほどで、限界時間が来る。我々に残された手は、もはや砲撃しかない。小艦隊長であるダーヴィット准将は、決断する。


「やむを得まい……では、本艦は180度回頭し、砲撃を行う。目標、ミサイル群先頭!」

「はっ!直ちにミサイル群を迎撃します!」


私は、この優柔不断な……いや、慎重過ぎる小艦隊長から砲撃命令をようやく引き出し、直ちに砲撃準備に入る。1隻のみ回頭し、ミサイル群に狙いを定めるよう伝える。


「CICより艦橋!!砲撃戦用意!目標、ミサイル群先頭!」

『艦橋よりCIC!!了解、砲撃戦用意!』

『砲撃管制室よりCIC!!砲撃戦用意よし!』

「CICより艦橋!ミサイル群位置、砲撃管制室に伝達!」


食堂を即席改造して仕立てたこの戦闘指揮所CICから艦橋に、そしてその艦橋から砲撃管制室へと指示が伝わる。実にややこしいことだが、もし状況により艦橋と戦闘指揮所CICから同時に指示が来た場合、砲撃管制室は混乱が生じる。だから、艦橋からのみの指示を受けるよう、砲撃管制室には予め申し渡している。私が艦橋にいないばかりに、こういう指示になってしまうのはなんとも歯痒い。

元来、戦闘指揮所CICに我が艦の艦長、すなわち小艦隊長であるダーヴィット准将がいるときは、艦橋には副長か補佐役をおき、艦長代理として行動してもらう。が、あろうことか今はその補佐役である私がこの戦闘指揮所CICにいるために、こちらから直接、指示を飛ばすしかない。

しかし、なんだ。なんだって作戦参謀である私が、艦長を兼務するダーヴィット准将をすっぱかして、この艦の砲撃指示を出さなくてはならないのか?だらしない上層部の対応に苛立ちながらも、私はこの艦をどうにか砲撃態勢に持ち込んだ。


「ミサイル群を迎撃する!砲撃開始、撃ちーかた始め!」

『砲撃開始!撃ちーかた始め!』


号令と同時に、キィーンという甲高い主砲装填音がこのCIC内に鳴り響く。そしてそれから9秒後に、雷音のような砲撃音が鳴り響いた……


◇◇◇


「な、なんだ!?」


我々の放ったミサイルと宇宙人のものとおぼしき艦船との追いかけっこを眺めていた我々に、緊張が走る。

突如、あの100隻の内の一隻が、ビームらしきものを放つ。


「砲撃、探知!長距離ビーム砲と思われます!ミサイル群先頭部に着弾!」


正面モニターには、その砲撃により放たれたビームが、ミサイル群に命中したことを示す熱源の範囲を映し出している。しかしあのビームはたった一撃で、800発の大半を瞬時に消しとばしてしまった。残りも、迎撃されたミサイル群から発生する熱源に引き寄せられ、次々に誘爆を起こす。そしてものの数秒で、800あまりの雷撃は跡形もなく消滅する。

その戦術の見事さもさることながら、驚くべきはそのビームの威力だ。あれが直撃すれば、間違いなく我々の艦艇は跡形もなく消滅する。そして驚くべきは、その射程だ。


「放たれたビーム砲を観測した結果ですが……推定射程距離は、およそ30万キルメルティ。」

「な、なんだと!?」

「スペクトル分析から、推定温度は1万度。ほぼ、恒星表面に匹敵する温度です。」


私とダーフィット大将は、言葉を失った。射程距離は我々の3倍、おまけにそのビームのエネルギーの高さは、桁違いだというのだ。

なぜ、あれほどの砲を持ちながら、草食動物のように逃げ回っていたのか……最初からあの砲を使っていれば良いものを。

だがそれ以上に我々が愕然としたのは、彼らのビーム砲の威力だ。そしてそれらが、こちらに向けられることを懸念する。


「未知艦隊までの距離は?」

「はっ!およそ17万!」

「……直ちに後退する。やつらから可能な限り離れねば。」


順次回頭し、120隻の艦艇が徐々に謎の艦隊から距離を取り始める。あの砲撃の威力を見せつけられれば、距離を取る以外に方法がない。ミサイル群を逃げ回っていたやつらを笑って眺めていた我々が、今度は逃げる番だ……

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