第10話


 曽我部の告別式の朝。


 僕は喪服に身を包み、腕には時を刻まない茶色いベルトの腕時計をはめた。


 そして車を自ら運転し、あの斎場を目指す。


 山道を上っていく道すがら、僕は前だけ見据えていた。不思議と心が落ち着いている。


 斎場へ到着すると、昨日同様、すでに駐車場は満車状態だった。


 空いているスペースに車を停めて、香典と念珠の入った鞄を手に、車を降りる。


 少し足早に受付を目指した。



 受付には数人の女性が座っており、その一人に香典を渡しながら記帳する。流れるように香典返しを受け取って、


「お式は第三会場で行われます。」


 俯き加減の女性に教えられた第三会場へと赴いた。



 第三会場の入り口の扉は思いの外大きくて重い。

 それを引きかけて、僕の手は止まる。


「…すごいな、曽我部。」


 隙間から見える会場は、たくさんの人で埋め尽くされ、あちらこちらから啜り泣きが谺する。


 僕は一気にその扉をしっかりと開き、そのまま人を避けるように一番後ろの角のパイプ椅子に腰かけた。


 椅子の数が間に合わず、急遽用意されたようなパイプ椅子。そこから見える景色は、僕の知っている曽我部とは少し違った。


「………」


 僕は、曽我部と腕時計を交換した日から、曽我部に会ってはいなかった。

 だから、僕の知る曽我部は21歳の曽我部のままで、ここにいる人たちとは想いを共有できない。


 少し、居たたまれなかった。



 しばらくすると、司会の女性が式の始まりを告げ、曽我部の生い立ちを朗々と語り始める。

 それに耳を傾けて、初めて僕は曽我部が卒業後に高校の美術の教師になっていたことを知る。


 よく見れば、確かに若い学生服の子や、スーツ姿に黒い腕章の若者が多く、彼らは曽我部の生徒なのかもしれなかった。


(オレは、場違いだな。)


 旧友でしかない僕は、もはやここで涙を流すことさえ烏滸がましく思えた。



 お経が終わりに近づき、献花の段になって、僕は列の最後尾に立つ。


 流れ作業のように差し出された花の束から一本の白い菊を取り、曽我部の眠る棺に近づく。


「…曽我部、」


 そしてようやく、僕は曽我部と再会した。



 僕の記憶している曽我部からは少し老けたが、彼は眠るようなとても綺麗な顔をしていた。


 だが、


「………!」


 その曽我部の顔の横に置かれた緑色の腕時計に目が止まり、息が詰まる。


 文字盤が酷く割れているが、あれは確かに僕と交換したあの腕時計だった。


「…曽我部、お前、」


 曽我部はおそらく、事故に遭ったその時まで、この腕時計をはめていたのだろう。

 

「…嘘だろ、」


 僕は唇を噛み締めて、僕の腕から茶色いバンドの腕時計を外すと、緑色の腕時計の横へ、白い菊と共にそっと置いた。



 そしてそのまま流れるように再び会場角のパイプ椅子に座って、たくさんの若者が泣きながら曽我部の棺を囲んでいるのを眺めるでもなく眺めていた。



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