第6話
僕らは同じバスに乗り、少し離れた大きな町に来た。
曽我部は画材屋に行くため、僕らは現地解散するんだろうと思っていたが、
「買うもの決まってるから、ちょっと待っててくれるか?」
曽我部はそう言い残すと、足早に大通りから外れた小道へと入っていった。
「……うーん、」
待っているように言われたが、手持ち無沙汰だった僕は近くのコンビニに入って雑誌を立ち読みしていた。
「悪い、待たせた。」
すると、さほどの時間もかかっていなかったが、少し息を切らして曽我部は戻ってきた。手には茶色い紙袋。見た目にもずっしりとしていて、思ったより買い込んだようで、僕は思わず笑った。
「結構買ったんだな。」
「普段製作に時間とられるし、しょっちゅう町には出られないからな。…待ったか?」
「いや全然。」
大量の買い物であったにもかかわらず、数分で戻ってきた曽我部が、僕には可笑しくてしょうがなかった。
僕らはその後、僕の腕時計を取りに、少し古ぼけた時計屋へと足を運んだ。
僕の緑色の腕時計は、祖母に買ってもらった品だったが、もともとアンティークが好きだった祖母の趣味が反映されていたため、自動巻きとはいえ買われたときから中古品だった。
しかし装飾など施されていないシンプルな作りであり、緑色の文字盤は翡翠のようでとても美しく、僕は密かに気に入っていた。
時計屋に入るとすぐ、年老いた技師が僕の顔を見て、
「おお、お客さん、丁度いい。今できましたよ。」
明らかにのんびり新聞を読んでいた手を止めた。
「そうですか、ありがとうございます。」
僕は曖昧に笑いながら技師に近づく。すると技師はベルベット調のトレーに乗った緑色の腕時計を取り出し、時計がたくさん入ったガラスケースの上にそれを置いた。
腕時計を手に取りかけて、ふと視線に気がつく。
「……ん?」
振り向くと曽我部が、思いの外近い位置で僕の時計を凝視していた。
「何?」
少し驚いた僕の声は、硬質だった。
この腕時計を僕はあまり外では着けていなかった。
なぜなら過去に、クラスメイトだった女子にからかわれたことがあるためだ。
『なんか瀬戸内君には似合わないね。時計が綺麗すぎて。これ、女物じゃない?』
女物でも男物でも、僕には祖母からのプレゼントだし、そもそも綺麗だからこそ気に入っていたのだ。
しかし人の目に、この緑色の腕時計が僕には不相応に見えているのなら、あまり人目に晒すべきではないと、この時僕は強く思った。
「…似合わないだろ。女物みたいで」
だから僕は小声で言い訳のように呟く。
しかし、
「え?そうか?君に似合うだろうなと思って見てたよ。綺麗な時計だな。…真っ直ぐで嘘がない。」
「えー、そうかぁ?」
僕はこの時、わざとおどけて笑ってみせた。
曽我部は僕のそんな態度に少し困惑したように微笑んでいた。
「嬉しいよ、ありがとう」の言葉がすぐに出てこなかったことを、今はひどく後悔している。
※ ※ ※
竹本の車の中から僕は一歩も外へ出ることができなかった。
用意していたポケットティッシュはすぐになくなり、竹本の車に積んであった箱のティッシュを勝手に使っているが、それも底をつきそうだ。
(こんなことでは駄目だ。オレは今度も曽我部と向き合わないつもりかっ!)
自分のヘタレ具合に嫌気がさす。
それでも顔をあげることもドアに手を掛けることもできない。
ただただ涙が、止まらなかった。
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