109 紡いできた旅の話

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 どういう風の吹き回しかは知らないが、ヴァルハーレのほうから説明を求めてきた。


 ミルンは考える。

 恐らく彼が求めているのは、さきほどスニエリタとララキが額を合わせたことから起きた事象と、それにまつわる一連の会話についての、部外者にもわかるような解説だろう。

 何も知らない人間からすれば意味のわからない内容だったに違いないからだ。


 でもって、こうも考えているだろう──ララキとミルンは胡散臭い新興宗教か何かでスニエリタを洗脳しているのではないか、と。


 その見かたもあながち間違いではないから困る。

 おとぎ話のしろものとされるアンハナケウを探す旅をしているだの、そのために神の試験を受けているだの、数々の神と対話を行ってきただの、正直その場に居合わせない限りは信じようがないことばかりだ。


 そして極めつけに、すべてを滞りなく説明するためにはララキの出自について語らなければならない。


 今はララキが席を外しているので許可を取っている暇はないが、さすがに勝手にべらべら喋っていい内容ではないことはミルンにだってわかるし、他民族を見下す傾向のあるこの男が呪われた民についてどう思うかは推して知るべし。

 その末裔がスニエリタと行動を共にしていたことを如何様に嫌悪することか。


 だから、そう簡単に口を開くわけにはいかない。


「条件だと? 貴様のような──」

「第一に、そういう態度のやつには何も話したくない。こっちにはそれなりに繊細な事情ってのを抱えてるやつがいる」

「……もっともだ。彼にそのあたりを汲める精神性があるとは思えないね」


 ロディルがなぜか訳知り顔で頷いている。


 たしかにララキの出自については兄も知っているが、それより今は、ほんとうにヴァルハーレのことが嫌いなんだな、と改めて思った。

 こんなふうにロディルが誰かに対して悪意を態度に滲ませるところを今までほとんど見たことがない。


「では、私からもお願いします。まずはその条件から聞かせてください」

「おいロンショット、おまえ」

「時には下手に出ることも必要ですよ、ヴァルハーレ卿。

 もちろん、こちらからは誇張や虚飾のない正確な情報を提示してもらう、という条件を出させていただきます」


 割り込んできたロンショットが、強い眼差しでミルンを見据える。


 軍人にしては態度の柔らかい男だと思っていたが、それはあくまでスニエリタに対してのみ、彼が庇護の対象だと認識した相手にだけなのだろう。

 今、ミルンの精神は憲兵を前にしていた。捕らえられて取調べを受けるような心持になったのだ。


 あとから彼の役職が首都の治安維持部隊長だと知ることになったが、なるほどその肩書きに相応しい眼力の持ち主だった。

 逸らせないというより、逸らした時点で負けだ、という感情が芽生える。


 あえて睨みあったまま口を開いた。


「……ことの始まりは、俺じゃなくてララキなんだ。あいつの人生そのものだ。俺が勝手に話していい内容じゃない。

 それに、そのことであんたらがあいつを差別したり侮辱するようなことがあれば、俺もスニエリタも絶対にあんたらを許さない」

「留意しましょう。あとの条件は?」

「けっこう長い話になるが、最後まで聞くこと。話し終わるまで否定は一切なしだ。俺はこの眼で見た事実しか話さない。それを前提に聞いてくれ」

「わかりました。ヴァルハーレ卿もよろしいですか?」

「……おかしな部分があったら、最後にまとめて質問する分には構わないんだろう?」

「そうだな、それは仕方ないとは思ってる。とても信じ難い話ではあるから」

「なら、まあ、いいだろう。続けろ」


 ミルンは頷き、できるだけ偽りのない記憶を引き起こす。


 一人旅を始めたばかりのララキと出逢ったこと。たまたま行き先が重なったのでしばらく同行していたら、ハヤブサの姿をした幻獣に襲われた。

 二度目に襲われたとき、ミルンは上空に浮かぶ紋章を見て、それに攻撃したところ跳ね返された。


 負傷したミルンを見てララキがやむなく呼び出したのは、ミルンも初めて見ることになった神だった。


 その神名はヌダ・アフラムシカ。

 ライオンの姿をした、今は話すこともできない不自由な神である。


 彼とララキとの関係は、ララキから聞いたとおりに説明した。


 呪われた民がタヌマン・クリャに差し出した生贄が、果てしない歳月を結界に閉じ込められたまま過ごし、外の世界が様変わりしてしまったことにすら気づかないでいたところを、アフラムシカに救われたこと。

 生贄の少女はそのままイキエスに連れて行かれ、かの高名なジャルーサ・ライレマの元で育てられた。

 それがララキである。


 さすがにこのくだりで軍人たちは顔を見合わせたが、先に条件を提示していたこともあり、口を挟んでくることはなかった。


「本来、ララキは結界を出た時点で殺されるはずだった。だが、シッカはそうしなかった。その理由は俺もララキもよくわからんが、とにかくそれがクシエリスルの神々にとって望ましくないことだったのは間違いない」


 ヌダ・アフラムシカは他のクシエリスルの神々により罰を与えられた。

 力の源を取り上げられ、言葉を封じられ、あとはただひたすらに弱っていくのみ。


 それを見かねたララキがイキエスを飛び出してきた。

 彼女の目指す先は神々の集う、「幸福の国」アンハナケウ。そこでシッカを許してもらうことが彼女の唯一にして最大の願いだ。


 だが、それを良しとしないのはクシエリスルの神よりもむしろ、彼女を生贄として囲っていたタヌマン・クリャのほうであったかもしれない。


 それまでこの外神がどこで何をしていたのかはわからないが、彼は今でもララキを狙っており、そうした中でララキとミルンはスニエリタと出逢った。


 今とはまったく別人の、堂々とした立ち振る舞いと圧倒的な紋唱術の腕前。

 巨大なワシとヘビを従えていた。何度か旅先で出逢うことを繰り返してから、彼女のほうから同行したいとの申し出があり、フィナナから行動を共にした。


 ワクサレアではルーディーンとゲルメストラという二柱の神と対話し、ときに試験を課された三人は、ヴレンデールでもまずその主神であるフォレンケと会った。

 厳密には最初に会ったのはララキだけで、彼女はときどき夢で神と対話することがある。

 フォレンケにより、忌女神サイナの試験突破という条件を達成した三人は、その忌神の総締めであるガエムトと会うことになった。


 だが、それはクシエリスル側が用意したある種の罠でもあった。

 三人の中にタヌマン・クリャの気配があることを見抜いていたクシエリスルの神は、どうやら忌神特有の感覚か何かを利用して、外神を引きずり出して今度こそ破ろうとしたらしかった。


 結果としては、その目論見は失敗に終わった。


 タヌマン・クリャが潜んでいたのはスニエリタが連れていたヘビの中で、スニエリタ自身も支配を受けていたようだった。

 ワシなど他の遣獣はそうではなかったのか、とりあえずその後は姿を見せなくなってしまったが、それよりスニエリタがその時点では仮死状態に陥っていたのが問題だった。


 ララキとミルンはフォレンケの指示に従って彼女を蘇生させることに成功したが、操られていたころの記憶はスニエリタにはなかった。


 ミルンはスニエリタに帰国するように促したが、彼女はそれを拒んだ。

 彼女が将軍の娘であること、自殺未遂をしていたことはここで初めて知ったが、涙ながらに帰りたくないと訴えられ、ひとまず「紋唱術が上達するまで」という条件つきでしばらく同行させることになった。

 どのみち移動に使える遣獣がいなくなってしまっていたこともあり、彼女の術者としての能力も鑑みると一人で帰らせるには危険すぎた。


 そういうわけで他の神の試験を受けるためにこの町に立ち寄り、三日前ヴァルハーレたちに追いつかれた。


「……話は以上だ。なんか質問は?」

「ちょっと待て、……まず最初に、おまえは正気なんだな? 今のはおまえの妄想ではないんだな?」

「ああ。通ってきた場所は地図に書いてあるし、どこで何を見たかもぜんぶ手帳に描いてある。

 神の顕現に関しては目撃者もいないこともない。そこの兄貴ジーニャも一度シッカを見てるし、ワクサレアのハーネルって宿場町ではルーディーンが複数人に見られてる。まあ、そのときの術師連中が今どこにいるかは知らねえけど」

「呪われた民とはまた……」


 軍人たちは唖然としているが、無理もない。


 さて、ララキがスニエリタのことで今も神に相談をしていることは伏せておくとして、問題はスニエリタの背中の模様についてだ。

 これをミルンの口から話すのはいよいよ気が引ける。よほど上手く話さないとヴァルハーレの神経を逆撫ですることになるからだ。


 ミルンはそっとロンショットを見た。

 彼にはすでに少し話してあるが、恐らくまだヴァルハーレには伝えていないだろう。


 こちらの視線に気づいたロンショットは、何か考えるような顔つきで口を開く。


「ひとつ質問があります。ワクサレアで、外神に乗っ取られた状態のスニエリタさまが具体的にどこで何をしていたのか、あなたが知っていることを話していただきたい」


 その内容はミルンの予想とは違った。


 どういう意図の質問なのかは量りかねたが、隣のヴァルハーレがそれに対して頷いていたところからすると、彼らにとっては重要な問題らしい。何か手がかりを掴んでいるのだろうか。


「俺が知ってるのは、フィナナの地下クラブでそこそこ名を挙げてたってことだけだ。あとは二回だけ地上で会ってるけど、どっちもただの路上で、そこで何をしていたかまではわからない。

 あとはずっと俺たちと一緒だった」

「地下クラブ……もしかして、あなたはそこでお嬢さまに会いましたか?」

「ああ、二回戦わせてもらったよ。お互い一勝一敗」

「……十三試合連続無敗と、最後に彼女を破ったハーシ人兄弟の弟、か。裏が取れてしまったな」


 忌々しげにヴァルハーレがそう呟いたので、ミルンは眼を丸くした。

 そんなことまで調べられていたとは。


 次にロンショットは、ワクサレアのナベルという町を通ったか、と尋ねてきた。


 ミルンはそれがどこの町だったのかわからず、一旦首を振ったが、ややあって思い出した。

 通ってはいないが、新聞で読んだことを。


 マヌルドの軍隊と思われるバラバラ死体が空から降ってきたというおぞましい事件があったのはそんな名の町だったはずだ。


 思わず地図を取り出して確認する。

 どこをいつごろ通ったか、だいたいの日付が書いてあるはずだ。


 ナベルの町を通過したのはハーネルで獣を倒した日の昼ごろ、ジャルギーヤに乗ってハーネルからガールまで飛んだときだ。

 もちろんそのときマヌルド軍には会っていない。

 ただ、ガール市についてから列車の待ち時間がかなりあって、その間スニエリタだけ別行動をとっていた。


 状況からして部隊を襲ったのはタヌマン・クリャであった可能性が高い。とするとスニエリタの身体もその場に居合わせていたと考えるほかない。


 悩んだが、そのことを軍人たちにも伝えることにした。

 あれはスニエリタの身体を外神が操っていたもので、そのとき彼女が何をしようと、決してスニエリタ自身の罪にはならないはずだ。


「知り合いがいるから挨拶をしてくる、と言ってたけど、たぶん嘘だろう。あのときスニエリタはまだタヌマン・クリャに操られていたし」

「ワクサレアの地方都市に知人などいようはずもないな。……つまり、そこで一旦東に取って返し、追ってきたレンネルク小隊と対峙したというわけか。つまり彼らを殺害したのはスニエリタだったと?」

「いえ、厳密にはお嬢さまを操る外神の仕業でしょうが……ああ、なんということだ……」

「やっぱりその部隊、スニエリタの捜索をしてたのか」

「ええ、……私の部下でした」


 ロンショットは額を押さえて俯いた。

 まさか捜索対象の家出娘が邪神に操られているなんて誰も思わなかっただろうが、送り出してしまった上官として責任を感じているのだろうか。


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