071 盟主合餐①

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 ハーシ連邦東部、主に赤ハーシ族が多く暮らす土地に、大神オヤシシコロカムラギを祀る社がある。

 境内の中には副神としてパレッタ・パレッタ・パレッタを合祀する祠があり、そこがパレッタの家でもある。


 朝早く自宅から文字どおり飛び出したパレッタは、今日も忙しなく社の中を飛び回った。


 神とは名ばかりの小さな身体で、日々オヤシシコロカムラギの世話に明け暮れるこのスズメには、自分のことにかまけている暇はほとんどない。

 アンハナケウから呼び出しがあれば代わりに出向き、オヤシシコロの意向を他の神に伝えたり、逆に取り決められたことをオヤシシコロに伝え、そこでちょっと納得してもらえなかったら東西南北に奔走して帳尻あわせをしなくてはならない。


 要するにオヤシシコロが動けないのがすべての苦労の原因だが、かといってパレッタはオヤシシコロに悪い気持ちなど抱いていなかった。

 神々の世が荒れ狂っていたころ、他の神に簡単に食べられてしまうような弱い神であるパレッタを、オヤシシコロは懐に抱いて隠してくれた。そうしてもらえなければ今ごろはこの世にいない。

 そう思えばこそ、多少の無理難題にもはいはいと笑顔で答えてすっ飛んでいけるのだ。


 問題はそんな献身的なパレッタの姿を見た他の神々が、軽い気持ちで同じようにパレッタを使おうとしてくることだった。


 パレッタにも矜持がある。いかに相手が盟主だろうと、恩義も何もない神相手に媚びへつらうつもりはない。

 断固として拒否したい構えだったが、なんということか、肝心のオヤシシコロに言われてしまった。それくらいやっておあげなさい、と。

 主人の言葉には逆らえず、泣く泣くパレッタはその神を迎えに行った。


 今日は特別な日だ。年に一度、特に何か理由をつけることなく、盟主が揃って話をする。

 ヌダ・アフラムシカはいないので、ここ最近は代わりにヴニェク・スーが顔を出している。


 定例の神宴は都合上、ここオヤシシコロカムラギの社を会場とする。もちろんオヤシシコロが動けないためである。


「おおい、パレッタ、ここぞ」


 パレッタを勝手に送迎係に任命したその神の名は、ペル・ヴィーラという。


 陸上の獣の姿をとることが多いこの大陸においては珍しい、魚の姿をとる神である。

 その外見ゆえに陸上を移動することを好まず、たいてい海や川を使って渡ってくるが、身体が大きいため小さい川は移動に適さない。オヤシシコロの社の近くの川は彼の身体には細すぎたため、いつも別の大きな河で適当なところまで出てくるのだ。

 そこから彼を運ぶのが、彼の身体の十分の一にも満たない大きさのパレッタである。


 さすがにヴィーラも運びやすくなるようにいろいろ工夫はしてくれるが、それにしても毎回この労働をさせられている身にもなってほしい、とパレッタは思う。

 だいたい人の姿もとれるのだから自分の足で歩けばよかろうに。


 ワタクシはあなたの下僕ではごさりませぬぞ、とパレッタは内心ぶつぶつ言いながら、ヴィーラの差し出す綱を一生懸命引っ張るのだった。


 ヴィーラの身体の下には絶えず水が湧いて川のようになっている。あくまで鱗を土に着けたくないらしい。


「やれやれ、毎度ながら面倒なことよの。のう、パレッタよ、此度はわれより先に詣でた者はおるか?」

「いいえ、少なくともワタクシが社を出る前は、どなたもお見かけしておりませぬ」

「ほう、そうか。だがのう、パレッタよ、もうちと速く牽けんかの」

「こ、これ以上は無理でございまする……!」


 そんな会話をしつつ、えっちらおっちら巨大な魚を引っ張って、ようやくパレッタが社に戻ったころには、もうすでに他の盟主が揃っていた。


「また吾が最後ではないか~」

「パレッタをこき使って何言ってんだおまえ。それよりパレッタ、酒持ってこいよ。用意はしてんだろ」

「カーイも人のこと言えないと思うけどなぁ……」


 社の奥、ここに使える宮司ですらも簡単には入ることが許されない最奥に、巨大な神木がある。

 その前に集まった名だたるクシエリスルの神々は、それぞれ好きなところに腰を下ろした。


 パレッタは給仕のようにその周りを飛び回り、杯を渡したり神酒を酌んだり、酒を好まない神に霊水を注いだりと忙しい。


 北西の柱、カーシャ・カーイは酒好きの筆頭だが、次いで南東のドドも同じくらい酒を好む。こちらはヒヒの姿をした神で、この二柱が呑み比べを始めると話し合いどころではなくなってしまうので、お酌の配分を考えるパレッタの責任は重大だ。


 ペル・ヴィーラとルーディーン、そしてガエムトと、彼を連れてくるため盟主ではないのに同席するフォレンケには水を出す。

 ルーディーンに関しては呑めないわけではないが、こういう場で呑むこと自体を避けているらしい。

 ヴィーラは完全に下戸で、ガエムトはどうだか知らないが、呑ませてはいけないと言われている。フォレンケに水なのは彼が酔ったらガエムトを連れて帰ることができなくなる恐れがあるからである。


 ヴニェク・スーはほどほどに嗜み、主人オヤシシコロカムラギにはその根元にそっと注ぐだけ。


 そう、オヤシシコロカムラギとは、この巨大な神木のことなのであった。

 北の果ての寒々しい地にあって一年中緑の葉を絶やさない霊木は、この大陸では唯一獣の姿をとらない神であり、パレッタの主人であり、北東の柱としてクシエリスルを支える盟主なのだ。

 その姿ゆえ動くことができないが、あらゆる神が彼に敬意を払う超越的な存在でもある。


『では全員揃ったところで、まずは乾杯といこうかね』


 オヤシシコロの言葉により、神々は手にした杯を空に掲げる。


「一年ぶりだなァ、オヤシシコロの旦那。変わりなさそうで何よりだ」

『そういうお主は少し痩せたかい、ドド? 他の神もそうじゃの。今年はどうやら忙しいようじゃ』


「そりゃあもう大忙しだよ、呪われた民の娘がイキエスを出て、あちこちほっつき歩いてる。ヌダ・アフラムシカを連れてな。

 今はフォレンケのところにいるから、そのうち俺んとこまで来るんじゃねえか」

『ああ、パレッタに聞いたよ。アンハナケウに来たがっておるそうじゃな』

「でも悪い子じゃないよ。アフラムシカのために旅をしてるんだ。ボクは呼んであげてもいいと思う」


「フォレンケ、おまえは盟主ではないのだから黙っていろ」

「いやそれ厳密にはヴニェクもでしょ……いたた! 尻尾踏まないでぇ!」


 すぐに手……もとい、足が出るヴニェクを、これこれ仲良くおし、とオヤシシコロが諫める。


 さすがにハヤブサの女神も大樹の神の言うことならすぐに聞く。

 しかしまたやられては敵わないからと、フォレンケは胡坐をかいているガエムトの膝に飛び乗った。この大陸じゅうでそんな芸当ができるのはフォレンケだけだろう。


「それよりヴニェク、こないだララキに相談されてたでしょ。差し支えなければここで教えてよ」

「……ちょいと待ちな。


 ヴニェクが相談されただァ? それも呪われた民の娘に? フォレンケおめえ、面白ェ冗談言うようになったなァ……」

「冗談じゃないぞ。ほんとに聞いてやったんだ」

「おいルーディーン、備えたほうがいいぜ。こりゃ天変地異の前触れだ」

「カーイ、あなたもう酔ってませんか」


「いい加減にしろ! わたしだって受けたかったわけではないが、ルーディーンの代理だったんだ!

 いいかルーディーン、貴様がそんなに鈍足でなければわたしはこんな辱めを受けずにだな」

「私に当たらないでください。それで、どんな相談を受けたんですか?」


 盟主たちがこうやって騒いでいるのを見ると、ずいぶん平和になったものだと感心する。


 ほんの少し昔には、彼らは互いに潰しあう間柄であり、まともに口を聞いたことすらなかったのだ。

 それもクシエリスルの盟主ともなれば、どれもこれも自分の力に絶対の自信がある大神ばかり。群雄割拠の大陸で生き抜いてきたつわものたちであり、彼らの衝突は人間でいうところの国がひとつふたつ滅ぼされる規模の争いを生む。


 それをひとりずつ尋ね歩き、神々を繋ぐ同盟の礎になるよう説得して回ったのが、ここにはいないヌダ・アフラムシカである。傑物とは彼のような神のことを言うのだろう。


 だが、彼は今、ここには呼ばれていない。

 アンハナケウと違って呼び上げるのに面倒な制約はないのだが、もはや移動するのさえ消耗する状態になっている彼をわざわざ呼びつけるほど、他の盟主は意地が悪くないらしい。


「大したことじゃない。タヌマン・クリャの人形にされていた娘に、やつが痕を残していったというだけの話だ」

「だが、その娘は今も彼らに同行しておるのであろ? 外神がおちおち寄ってくるとも思えんがの」

「そうだなァ。まあ、呪われた民の娘のついでに監視しておけるわけだし、近づいてきたのがわかったら今度こそ袋叩きにしてやりゃアいい。

 盟主を集めてかかってこい、なァんて生意気抜かしてやがったからなァ」


「その発言ですが、いやに自信に満ちていて不気味です。何か罠でも用意しているのでは?」

「はっはっは! ルーディーン、彼奴の罠なんぞ、このおれが踏み抜いて彼奴ごと蹴散らしてくれらァ」

「踏み抜くのはどうかと……」


「……おいドドてめえ、ちゃっかりルーディーンの腰に手ェ回してんじゃねえ」


 ほどよく酒が回り始めたのか、一部の男神どもが紅一点の女神に絡み出した。


 厳密にはヴニェクとパレッタも女神ではあるが、こちらは盟主ではないし、ヴニェクは性格、パレッタは小ささのため、ほとんど女扱いされていないのが現状である。

 鬱陶しい絡まれかたをしないのでパレッタとしては助かるが、毎回のように相手をするルーディーンは大変そうだ。


 話題は自然とララキたちのことになる。彼らがこれまで辿ってきた道のりのこと、そしてこれから行く場所のことを、それぞれが好き勝手に語っては自論を述べる。


 アンハナケウに呼ぶべきではない、いや呼んでやるべきだ、そろそろアフラムシカを許してはどうか、いやまだ早い、といった意見が飛び交う。

 基本的にルーディーンとフォレンケは彼らを許容していて、他の神はそうではないという構図だ。

 ただ、ララキはいいがアフラムシカは許すなとか、アフラムシカは許してもいいがララキは殺しておけとか、神によって微妙に異なっている。


 盟主がこのとおりなので、クシエリスル全体ではもっと意見がまとまらない。


 パレッタはまだそのララキという娘に会ったことはないが、実際に会ったという神の半数、つまりルーディーンとフォレンケが気に入っているのだから、少なくとも悪い人間ではないだろうと思う。

 好く言わないのはヴニェクとゲルメストラだが、そもそもこの二神は他人を肯定的に言うことのほうが少ない。


 ガエムトの意見は聞いたことがないが、そもそも何を考えているのかもよくわからない神である。フォレンケが傍にいるとき以外はパレッタも近寄りたくない存在だ。

 もっとも、パレッタのような弱い神を食べてもあまりがないらしいので、たぶんふたりきりにされても殺されはしないが。

 そのガエムトはというと、暇そうに水と一緒に供された肉を噛み千切っている。


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