062 守護者の山・ハールザの麓町

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 ミルンが起きるまでの間、なんだかんだでララキが運転しっぱなしだった。

 砂時計はもはや存在意義を失ってもとの素材である砂と水に戻され、疲れたララキは一度スニエリタに交代させてみたのだが、可哀想なくらい進まなかったので、結局すぐ運転席に戻ることになったのだ。


 幸いララキはミルンのように術を連発するような方針を採らず、いかにして威力を上げるかに苦心していたので、それほど早くは消耗しない。しないが、さすがに時間の経過とともに疲労が溜まる。


 面白みのない砂漠の風景が延々と続いていくのを眺めつつ、次第に言葉も少なくなりながら惰性で車を走らせ続けること、……時計がないので経過時間は不明。

 ともかくほとほと嫌になったころを見計らったかのようにミルンは起きた。こんなことならもうちょっと早く叩き起こしてやるんだったとララキは思った。


「悪い、完全に寝てたな……今どこらへんだ?」

「わかんないけど、もう少しこのまま、道沿いをまっすぐ進んでればキロムって町に着ける。そこでちょっと遅めのお昼だね」

「そうだな。わかった、そこまでは俺が運転する」


 ひとりで長時間担当するのは効率が悪いのか、今日もあまり順調に進んでいるとは言いがたい。ともかく運転をミルンに代わってララキは車の後ろに移った。


 運転をしていなくても、長時間の移動というだけでも心身に負担がかかるのだろう、スニエリタも疲れた顔をしていた。

 しかしシレベニに着くまではずっとこんな時間が続くのだ。こんなことなら道中の町で何かこう時間を潰せるような、例えば本とか、そういうものを手に入れておけばよかった。


「暇だねー。スニエリタも疲れたでしょ」

「いえ、あの……すみません、わたし、まともに運転ができなくて……」

「やー意外と難しいよね。そんなに気にすることないよ、慣れとかもあるから」

「すみません……」


 しょんぼりしているスニエリタの肩をぽんぽんと叩いてなんとか励まそうと試みる。

 どうもこの子は落ち込みやすいというか、自分の苦手なところばかりが目に入ってしまう性質らしい。


 紋唱術が上手くいかないのもその性格に原因があるように思えてならないララキだったが、そうはいっても、性格を変えるというのは容易なことではないだろう。ララキだって落ち着きがないことを自覚しているが、だからっておとなしい性格になれと言われても困る。


 せめて考えかたというか、気の持ちようを、もう少し前向きにしたらいいのに、とは思う。

 しかしどういう言葉をかけてあげればいいのかがララキにはわからない。


 言わばスニエリタは結界時代のララキのようなものだが、ララキはあのころから根本的な性格は変わっていないのだ。


 スニエリタはいろんなものに萎縮しているが、ララキは嫌だと思ったことに対してはだいたい怒りを覚える。腹を立てるということは、すなわち攻撃的になるということでもあり、自分ではなく相手を責める。

 そこのところがララキとスニエリタでまったく異なる部分であり、どうもララキが彼女を理解しきれない理由でもあった。


 水分補給をしつつ、ララキはスニエリタを見る。彼女は顔を上げていることのほうが少ないが、今も自分の膝あたりをじっと見つめながら、思いつめた表情で固まっている。


 どうしたもんかなと思っていたら、ミルンが水をくれと言ってきた。運転中は身動きができないのでこちらから持っていってやる。

 水筒はもうだいぶ軽くなっていて、次の町で補給する必要がありそうだ。


 水筒を受け取ったミルンの顔を見て、ふと思った。


 この人のほうが適任かもしれない。基本的に雑でケチだが、性根に重たいものを持っているから。


「スニエリタのことなんだけどさ」

「あ?」

「なんか、こう、上手く励ましてあげたいんだけど、なんか上手い言葉とか見つかんないんだよね。だからミルンもちょっと気にかけてあげてほしいの」

「ああ、……俺だって考えてるよ」


 少し意外な返事だった。

 もちろん拒否されると思っていたわけではない。面倒見がいいことはわかっているので、とりあえず言ったら頷いてはくれるだろう、くらいのつもりでいたのだ。


 それがこんな、言われるまでもないと言わんばかりの反応が返ってくるとは、いい意味で裏切られた。


 そして同時に思った。

 ミルンは今のスニエリタのことをどう思っているのだろう。


 前のスニエリタのことは好きだったはずだ。一度はっきり本人に否定されてはいるが、ララキは今でもそう思っている。

 もしかしたら本人に自覚がなかっただけ、もしくはプライドの問題で否定してしまっただけで、本心では彼女を異性として意識していたように見えた。


 何せララキはずっと隣でふたりのようすを見ていたのだ。ミルンの眼がしょっちゅうスニエリタを追っていて、彼女の一挙手一投足を注意深く見守っていたことを知っている。


 それにスニエリタがタヌマン・クリャから解放されて放り出されたとき、吹き荒ぶ砂塵の嵐の中へ飛び込んで、血まみれになりながら彼女の身体を取り戻した。

 もちろん彼の性格からして、それがスニエリタでなかったとしても同じように身を挺して助けようとはしただろう。


 ララキが言いたいのは、その行為そのものではなく、そのときのミルンの気迫の凄まじさ、必死さ、そういうものがいつものミルンと違ったことだ。

 あの瞬間ミルンには、なんというのか、「彼女のためなら死んでもいい」くらいの迫力があったのだ。


 しかしそれらはあくまでララキから見ての話であって、実際のところがどうなのかはわからない。

 いつか問い詰めたいとはつねづね思っていた。それがこのとおりスニエリタが別人になってしまったので、ますますもってほんとうのところがわからなくなってしまった。


 仮にミルンが前のスニエリタを好きだったとして、まったく別人になってしまった彼女に対しても、以前と同じような感情を抱けるのだろうか。

 それとも前の彼女とは違う人間として考えていて、あくまで好きなのは以前のスニエリタだけなのだろうか。


 聞きたい。

 めちゃくちゃ聞きたい。


 聞きたいけど、……たぶん素直に答えてはくれないよなあ。


 今度はいかにしてミルンから本音を聞きだしたものか思案し始めたララキだったが、それもこれといっていい案が思い浮かばないうちに、ようやく次の町が見えてきたのだった。



 キロムの町で水を補給し、持ち歩ける食べものを手に入れた三人は、午後もひたすら紋唱車を飛ばしてシレベニを目指した。

 車に乗りながら食事を摂るのはいささか行儀が悪いが、遅れを取り戻すためには仕方がない。


 しばらく進んでいると、ずっと代わり映えがしなかった一面黄土色の砂漠に、ちらほら草が生えているところが見られるようになった。

 背の低い枯れたような色をした草だったが、そんなものでも変化が見られると移動していることが実感できる。何日も同じ景色を見続けているのはいつかの迷路を思い出させるので精神的によろしくない。


 やがて砂漠から、乾いて荒れた草原へと変わり、大きな山も見えてきた。


 地図を開いて確認する。

 恐らく右手に見えているのはハールザという山で、麓に同名の集落がある。今夜の宿はそこになりそうだ。

 それで明日の昼にはなんとかシレベニに着けるだろう。


「あれがフォレンケの異名の由来になった山だな。山自体が神殿の役割を持ってるらしいし、とりあえず今後の方針について相談でもしとけばいいんじゃねえか?」

「……ミルン、あたしのこと神さまとの連絡係とか思ってない?」

「ほぼそんなようなもんだろ」


 失敬な。まあでも貴重なララキの専売特許であることは間違いないとララキ自身も思っているが。


 しかしこの旅を始める前ならまだしも、ミルンもララキを通じていろんな神と交流してきたわけだし、すでにフォレンケも知らぬ仲ではない神だ。ミルンが呼んだところでフォレンケなら返事をしてくれそうな気がしなくもない。

 前のように同席していた忌神に拒否されれば話は別だが。


 集落についた三人はまず宿を確保し、それから山門を見にいってみた。

 ハールザ山はそのものが神殿であり聖域であるため、簡単には旅の外国人を入れてもらうことはできないそうだが、ちょっと語りかけるくらいなら中まで入らなくても大丈夫だろう。


 山門は石造りの立派なもので、堅く閉ざされていた。門の上にはヤマネコの頭部を象った鬼瓦のようなものがついている。

 それがかなり厳しい顔で、実物はもっとかわいいんだけどな……とララキは思った。


 ルーダンで見た人型の神像もそうだが、どうも地元民からは逞しくて凛々しい屈強な神だと思われているらしい。

 しいていえばガエムトに接しているときは険しい態度だった。きっと遠い昔に彼と出逢ってその姿を後世に伝えた誰かも、そういう場面のフォレンケを見たのだろう。


 ララキはとりあえず鬼瓦のフォレンケを見つめながら、胸の中で呼びかけることにした。


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