049 オアシス都市アランにて

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 翌朝、三人改め四人は紋唱車に乗り込んで意気揚々と出発した。


 カイさんは紋唱車を知らなかったそうで、今はこんな便利なものがあるのかね、と妙に老人みたいな口調で言ったのが印象的だった。

 なんでも今まで馬車なども極力使わず遣獣を頼りに旅をしていたらしい。どんな健脚な獣なのか見てみたかったが、昨日までにかなり酷使したので今日は休ませているとのことだった。


 他の国と違い、ヴレンデールでは野宿ができない。強風の吹きすさぶ荒野や砂漠で夜を明かすには相応の装備が必要になるため、そういった用意がないなら無理にでもどこかの街に身を寄せなくてはならないのだ。

 しかも集落同士が離れて点在している環境なので、遣獣での移動を中心にしていると無理をさせがちになってしまうらしい。

 その点でカイさんはおおいに反省していた。


 ちなみにティケットの町の貸し馬車屋はちょうど空きがなかったそうだ。

 近場で大きな祭りがあったわけでもないのに、なんていうか運の悪い人である。


 紋唱車は砂漠を行く。今日は朝からなかなか快適な走行を見せているが、昨日さんざんやったから三人とも運転に慣れてきたのだろうか。

 明らかに荒野よりも道の状態は悪いのだが、たぶん車自体に車輪が砂に埋まらないような紋唱でもかけてあるらしく、蟻地獄のような砂の渦の上でさえも平然と走り抜けていった。

 でも大丈夫らしいとわかっていても、流砂の上を走るのはちょっと怖い。


「それにしても砂漠ばっかりだな。東半分は荒野だし、よくまあこんなとこに国なんぞ建てられたもんだ」


 果てしなく続く砂の海を眺めながら、カイさんがそんなことを言った。

 風に銀髪が靡いている姿はロディルを思い出させるが、むしろこの人はミルンよりも口調が荒っぽい。


「そんなこと言っちゃダメだよカイさん。フォレンケに怒られちゃう」

「ははは、ララキは面白いこと言うな~」


 思わずたしなめたら笑われた。

 そりゃそうだろうが、でもほんとに怒られるんだけどな、とララキは思った。フォレンケは今もどこかからララキたちを見ているのだろうか。


 そういえば、このままカイさんと一緒にいるときにサイナの試験とやらが始まったら、この人も巻き込まれてしまうんじゃなかろうか。

 砂漠のど真ん中なんていかにも神の結界にもつれ込まれそうな環境な気がする。周り数キロ圏内に他の人間がまったくいないなんて、神からしたら拉致してくださいって言っているようなものなのでは。


 不安になったので念じておいた。

 忌女神サイナへ、このハーシ人のお兄さんは今日だけ同行している関係ない人なので、試験っていうのには巻き込まないでください、と。


 幸いこの祈りが通じたのか、これといって何のトラブルにも見舞われないままアランの街が見えてきた。


 しかもまだ太陽が昇りきってもいない。予定では昼過ぎくらいに着くつもりでいたのだが、あまりにも車の走行が上手くいきすぎて半分くらいの時間で到着してしまったのだ。

 これでは試験どころか加護を受けている気がする。


 なんだろう。もしかしてカイさん、旅人のふりした神でしたか?


 そういえば仲間になる前のスニエリタも関わるたびにいいことがあったりして、一時は勝手に女神説を唱えたりしたものだが、『情けは人のためならず』ってこういうことを言うんじゃなかろうか。

 よくある、旅人に親切にしたらその正体は神でした、みたいなおとぎ話にしても、要するに人に親切にすれば自分に返ってくるという寓話だ。


 やっぱりそういう姿勢は大事だよな、と改めて思う。なんといっても幸福の国を目指す旅なのだし。




 アランの街は、近づくごとにかなりの迫力を見せてきた。

 日干し煉瓦を積み上げた建築物がいくつもそびえ、しかも街中に水路が走り、砂漠の真ん中にあるとは思えないほど豊かな暮らしが営まれているようだった。


 街の中心部には大きな池とそれを囲む広場がある。その広場に面しているのはアランでもとくに大きな建物ばかりで、それぞれ神学校や寺院、紋唱術学校、役所、医療施設など。

 教育機関や人々の生活に欠かせない公共施設が集まっているため、広場はいつも人で賑わっている。


 適当なところでカイさんとは別れ、三人は仕事を探すことにした。


 こういう大きな街では外国人の術師が勝手に仕事をしてはいけないので、まず役所に行って許可証を発行してもらう。するとそのまま役所内にある紹介所で仕事を斡旋されるらしい。

 短期で、かつ紋唱術が使える仕事を希望した三人は、全員ばらばらの仕事場を案内された。


 なんでもミルンは工事現場の手伝いを頼まれ、スニエリタは街の保育所で子どもたちの面倒を見ることになったという。

 後者は明らかに術師としての腕より顔で決められた感じがしたが、本人はやる気充分のようなので、ララキは激励とともに見送った。

 ちなみにミルンのほうは日干し煉瓦の製造だそうだ。


 そしてララキはというと、水属性の遣獣がいることを見込まれて、水路の整備を手伝うことになった。

 整備員の人に連れられて、街の北部にある水路の管理施設へ。


「というわけで、いざ……──我がともよ、星天に歌え!」

『おいっすー』

「……ちゃんとできたぁぁ」


 何気に初めての略式招言詩に挑戦したララキは、無事にプンタンが出てきたのを見て感無量だったが、呑気に感動してもいられない。

 仕事である。整備員の人は出てきたカエルの小ささに若干がっかりした感じが否めなかったものの、これからする作業について説明し始めた。


 この土地では、街の北側にある山から雪解け水が流れ込むことによってオアシスが形成されているのだが、その仕組み上、水量が多いのは春から夏にかけて。

 もう夏から秋になろうとしている今はかなり水量が少なくなり、このまま冬を迎えると水路がすべて凍りついてしまうらしい。なので流れ込む水を一年中一定にするためには、春の水をすべて流さずに一部堰き止めておいて、秋になってからそれをゆっくり流し始める。

 その堰になっている部分が経年で劣化したため、今年に入ってから少しずつ改修工事をしているのだが、その工事の間の水流管理をするのがララキの仕事らしい。


 昨日まで管理に携っていた術師は他の仕事も頼まれているとのことで、一日だけでも代わりを立てたくて人員募集していたようだ。

 というわけで、ララキとプンタンは堰から溢れそうな水をひたすら抑えるという、さほど技術力は要らないが忍耐力と持久力だけはめちゃくちゃ求められる作業に従事した。


 堰自体は何箇所かあるので、もう改修が終わっているところに水を移してもいいし、水量がちゃんと回転するなら多少流してもいい。すでに流れ出した水を一部堰に戻すなんて芸当も紋唱術師ならできる。

 問題はララキが水属性の術があまり得意でなかったところだが、作業自体はそんなに難しくないので練習と思えばちょうどよかった。


 プンタンはまあ、彼にとってはほとんど水遊びみたいなものなので、楽しそうですらある。オイラこれなら毎日やってもいいよ、とまで言っていた。


 そんなこんなで水と戯れているとあっという間に昼になり、休憩を挟んで午後も作業は続く。


 ちなみに仕事中、神からのちょっかいと思われるような事件は何も起こらなかった。

 こちらはフォレンケに予告されてから今か今かと待ち構えているのに、これではほんとうに試験とかいうのをやるつもりはあるんだろうか、という気さえしてくる。三人揃って人気のない場所に行くのを待っているんだろうか。


 そう思うとヴニェク・スーはすごかったな、と思う。

 祭りの最中だろうが馬車で移動中だろうが、容赦なく幻獣を出して襲ってきたし、なんなら全然関係ない子どもや御者が巻き込まれていたし。幸いどちらも大きな怪我はしなかったが。


 今にして思うとあれもララキたちを試していたのだろうか。いつか会えたら訊いてみたい。


 なんてことを考えていたら、堰を閉じる音がした。これがけっこう大きな音なので、奥で他の作業員が声をかける代わりに手を振っている。

 どうやら今日の作業はここで終わりのようだ。


「こっちの水をちょっと戻してもらったら終わりでいいって。おつかれさま」

「わかりました! おつかれさまです」


 言われたとおり後始末をしてから、いつものようにプンタンを頭に乗せたまま管理施設をあとにする。


 作業中は気にならなかったが全身びしょぬれだ。砂漠の夜は夏でもけっこう冷えるからこのままではまずい。

 軽く炎の紋唱を使って服を乾かしながら、集合場所に指定していた食堂へ向かった。今日はそこで夕飯を取ってこのまま一泊する予定だ。


 食堂入り口ではミルンが疲れた顔で突っ立っていた。しっかり働かされたようだ。


「スニエリタはまだ来てないの?」

「ああ。待ってんのも暇だし見にいってみるか、すぐそこらしいし」

「保育所だっけ。おっとりしてるし似合うよね」


 というわけで、ふたりでスニエリタが働いている保育所へ行ってみる。


 この街では女性も外で働くのが当たり前だそうで、日中子どもを見てくれる家族や知り合いがいないとき、こういう施設に子どもを預けるのが一般的らしい。


 スニエリタは保育所の庭で子どもたちの相手をしていた。というか、主にニンナがその役割を果たしていて、スニエリタはその監視役だった。

 ニンナの大きさなら大概の子どもは乗せられるし、動きもヘビらしからぬ速さを誇っているので、子どもたちは巨大なヘビに掴まってきゃーきゃー言いながらはしゃいでいる。


 そんな子どもたちを見てララキは楽しそうでいいなあと思ったが、隣でミルンはうわぁ……という顔をしていた。


 そういえばこの人、聞くかぎり自然が豊かな田舎で生まれ育ったらしいのに、どうしてヘビだけは苦手なんだろう。北の森だってヘビくらいいただろうに。

 たぶん本人は言わないだろうから、いつかロディルに再会できたら訊いてみようか。兄弟なら知ってそう。


 やがてスニエリタは柵の外から覗いていたララキたちに気がついて、とことこ走り寄ってきた。


「すいません、お待たせしてしまって。なんでも交代の方がちょっと遅れるそうなんです」

「交代? ここって夜まで子どもたちを預かってるの?」

「そうではなくて、保育所と孤児院を兼ねた施設なんですって。だから今ここに残っている子たちは、もともとここに住んでいるんです」

「なるほどねえ……よし、あたしたちも混じっちゃおう! みんなーお姉ちゃんも混ぜてー!」

「おいおい」


 ララキは柵を乗り越えて子どもたちの輪に突撃した。

 みんな人懐っこくて、たぶんそれは彼らの根本に寂しさがあるからだろう、突然乱入してきた女とカエルをすぐに受け入れてくれた。


 プンタンは子どもたちの容赦ない手でもみくちゃにされ、巨大なしゃぼん玉を吐きまくることを要求された。

 紋唱で作ったしゃぼん玉は割れにくいので、子どもたちは大喜びでそれをニンナに盛って遊ぶ。ニンナも意外におとなしくそれを受け入れていた。

 スニエリタによれば、朝のうちは子どもの人数も多くてかなり嫌がっていたようだが、一日じゅう子どもたちに遊ばれ続けていたのでもうだいぶ疲れているらしい。ご愁傷さま。


 途中でミルンも子どもたちにより参戦を求められ、結局中に入ってきた。

 遣獣は出してくれなかったがたぶんそっちも工事現場でこき使われたあとなのだろう。


「プンちゃん、しゃぼん玉もっと出して」

『ええ~また~?』

「今度はもっとおっきいの出して、おっきいの! ニンナちゃんが中に入れるやつ!」

『私を入れる気か……』


 子どもたちの元気な声と、ニンナの疲れ切ったそれがあまりにも対照的で、ララキとスニエリタは顔を見合わせて笑った。


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