048 旅は道連れ、出逢いは恵み?
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夢の中でいろいろ考え込んでいるうちに、気がついたら眼を醒ましていた。
とりあえず宿やスニエリタのようすに異変はないので、サイナの試験とかいうやつはまだだな、と確認し、朝食の席へ。
朝ごはんとともにミルンと合流してから、夢の内容をかいつまんで伝えた。
夢にフォレンケが出てきたこと、どうもクシエリスルの神々が自分たちの件でアンハナケウに集まって会議をしたらしいこと、ざっくり言ってルーディーン派とヴニェク・スー派のような感じで意見が分かれているらしいこと。
神々がララキたちを試そうとしていて、あの迷路もその一貫だったらしいこと。
フォレンケはルーディーン派らしいこと。
でも忌女神のサイナというのはそうではないので、近いうちにあの迷路みたいな感じの何かが起こるらしいこと。
それを無事に突破できたらフォレンケがガエムトに会わせてくれるらしいこと。
かいつまんではみたが、どうやってももともとの情報量が多すぎた。
ミルンもスニエリタも困惑しながら話を聞いているが、ちゃんと理解できただろうか。ララキも上手く整理して説明できた気はあまりしない。
「なんだか大変な夢でしたのね……とりあえず、フォレンケは協力的なようですが」
「うん、ちなみにサイナはなんかあたしの前に出るのを嫌がってるみたいなことも言われた。やっぱり嫌われてる神さまには徹底的に嫌われてるっぽい……」
「まあでも先に何かするぞ、って予告してくれてるぶんにはめちゃくちゃ親切だな。具体的に何されんのかはまったくわかんねえけど」
そういえば、行き先などもとくに指示されなかった。
その場を動くなとも言われていないわけだから、当面のこちらの行動は自由にしていいのだろうが、こうなるとなおさらどこで何をされるのかわからない。抜き打ちということだろうか。
朝食後、宿を引き払ってルーダンの街を出る。
馬車屋にはウマとラクダの二種類の馬車が置いてあって、西のほうに行くと言ったらラクダを勧められた。
この先は今よりもっと過酷な地形が続いており、目的地の周辺に至っては砂漠地帯であるため、ラクダのほうが向いているそうだ。ただ、ラクダ馬車には御者がついていない。
三人は悩んだ。この中にラクダに騎乗した経験のある者がいなかったからだ。
それに御者がいないということは、またこの街まで自分たちで馬車を返しにこなくてはならない。
すると馬車屋の店主は第三の提案をしてきた。ウマもラクダもつけずに車だけ貸してもいい、と。
それじゃあ走らないじゃないかと反論したが、逆に呆れた顔をされて、こう言われた。
「あんたら、術師のくせに紋唱車を知らんのかい。ほら車輪のとこを見てみなよ」
いわれて見ると、車輪の軸に紋章が刻まれている。
「風の紋唱で動く仕組みになってんだよ。これなら動物は要らんだろ? ま、こいつを上手く回すにゃちょいとコツがいるみたいだけどよ」
「話には聞いたことあったけど、実物を見んのは初めてだよ。つーか実用化されてたのか」
ララキはふつうに初耳だったが、わりと最近開発された乗り物らしい。紋唱を行うことで動かせるそうだ。
ウマもラクダもいらないので当然そのための餌も必要ないし、返すときも紋唱ひとつで済むという素晴らしい発明品である。
ただ、この紋唱車の唯一にして最大の問題は製造費用であった。
一見ふつうの荷車に紋章を刻んであるだけのように見えるが、内部にも複雑で緻密な紋唱技術が施されており、とても易々と量産できる代物ではない。
そのため価格も高騰し、手に入れるだけでも大変であるし、当然そうなると盗もうとする輩も出てくる。盗難防止策や保険の加入は必須である。
というわけで、まだまだ普及には程遠い一品なのである。
例外としてヴレンデールでは各都市に政府からの支給が行われているため、今日では知名度も高くどこの街でも見かける当たり前の乗り物となったらしい。
国土の多くを荒野と砂漠に覆われているこの国では、水源を確保できる場所でのみ集落が形成されているため、街と街との距離がかなり開いている。
長いことラクダ馬車が活躍してきたが、それに変わる新たな交通手段として紋唱車を導入したのだ。
つまり、ヴレンデールでは馬車屋も公務員。立派な公共交通機関なのである。
そういうわけで貸出し料は決して安くはなかったし、手続きにちゃんとした書類の記入を求められたが、ミルンは躊躇わず共有資金袋を出した。
紋唱術師としてこれを試してみないわけにはいかなかったのだ。
わくわくしながら車を押して転がし、街の外へ。
ワクサレアのように街道が整備されているわけではなく、荒野には石畳の一枚すら敷かれていないが、長い間に人々が作った自然の道がずっと遠くまで続いている。踏み固められた土が金色に光っているようにさえ見えた。
「ね、ね、あたしやってみていい? この手前の石版に描けばいいんだよね」
「大丈夫か? コツがいるとか言ってたが」
「風属性であれば紋唱の種類はなんでもいいんでしょうか。ララキさん、何の術にされますの?」
「えっと、こうしてこう……
ララキがとりあえず知っている風の紋唱で、なんか速く走れそうかなと思ったものを描いてみたところ、車はついーっ……と一応動き出した。
ただ思いのほか遅い。ちょっと早歩きしているくらいの速度だ。
でも動かすことそのものにコツがいるというのなら、一発でこれだけ動けば大したものじゃないかと思う。
しばらくは遅いままでも動き続けていたが、だんだんと速度が落ちていき、そのうち車は止まってしまった。
まだ振り返るとしっかりルーダンの街が見えるほどしか進んでいない。今度はミルンが挑戦することになった。
「これでどうだ? ──
今度も車はちゃんと動いた。しかも速度はララキのときよりずっと出ている。
さすがミルンなかなかやるな、とララキはなぜか上から目線で腕組みした。いやまあ、彼の腕が確かだと思っているのはほんとうだ。
ただ悲しいかな、ララキのときより止まるのも早かった。初速は良かったが持続力に欠けていたようだ。
しかしこの結果にミルンは落ち込むどころか眼を輝かせていた。石版や車輪をためつすがめつしながら、あーでもないこーでもないとぶつぶつ言っている。
すっかり紋唱車の魅力に取り付かれているようだった。
「あー、このあたりの角度とかか。なるほど、コツがいるってのは単に動かすだけじゃなくて、距離とか速度をどれくらい制御できるかの話だったんだな。へえ……」
「ミルンさん、席を替わっていただいてもよろしいかしら」
「ああ、悪い悪い」
「ありがとうございます。それでは……──対円、翔華の紋」
もちろん風といえばスニエリタの得意属性であり、真打登場といった感だ。
しかも惜しげもなく両手描き技法を用いて威力を高めている。実際の技と車の操縦にどれくらいの関連があるかはわからないが、たぶん威力が高いに越したことはないだろう。
車は軽やかに動き出し、速度も充分、結果としてララキやミルンのときよりずっと長く走り続けた。さすが。
その後も交代で紋唱を行いながら車を走らせ続けること数時間。
途中、速度を上げすぎて恐ろしい思いをしたり、走行中に突然急停止して勢いよく荷台ごと引っくり返りそうになったり、なぜか逆走するなどの場面もありつつ、なかなか楽しいドライブになった。もちろん誰より楽しんでいたのはミルンである。
これ一台いくらすんのかな、と彼が呟いたのをララキは確かに聞いた。そんなにハマったのか。
しかし動いたり止まったりを繰り返していたこともあり、結果的に距離は予定していたよりも稼げなかったので、目的地までの途中にある集落で一晩宿をとることにした。
交通事情のためか小さな町でもちゃんとした民宿があるようだ。紋唱車を預けられるのにも慣れているようで、ちゃんとした錠前のついた倉庫に入れてもらえた。
念のため倉庫の周りに保護の紋唱を施しておく。借りたときの契約で、盗難紛失もしくは破損させた場合は目玉が飛び出るような額の賠償金を請求されてしまうことになっているからだ。
宿で夕食を摂りながら、地図で進行状況を確かめる。
目的地はスール・アランという霊廟で、近くにアラン市という街がある。ルーダンとアランの間にあるこの町はティケットという名前らしい。
移動距離はこれでだいたい三分の二まで進めたという地点で、明日の朝出れば昼までには充分着ける。
「ついでにこのアランって街で多少稼げるといいな。そろそろ資金が尽きそうだし」
「まあ、わたくしそういうのは初めてです」
「そこそこ大きな街みたいだし、いい仕事があるといいね」
そんな話をしつつ豆のサラダを一粒ずつ摘んで食べる。
砂漠の中の小さな町の宿だけあって夕飯はささやかなものだったが、ララキは昨夜のフォレンケの言葉を思い出しながらありがたく味わった。
少し甘めの味付けで、みずみずしくて、きっと乾いた砂漠の町では重宝されている食べものだろう。
「……へえ、あんたらアランに行くのか。俺と同じだな」
急にそんな声がかかる。
隣のテーブルで食事をしていた男性が、こちらが拡げたままにしていた地図を見て言ったらしかった。
その人は見たところ二十代半ばくらいだろうか、座っていてもわかるほど脚が長い。整った顔立ちの中に特徴的な鼻筋を見て、きっとハーシの人だろうとララキは思った。
結って肩口に垂らしているきれいな銀髪は、色味はずっと明るいが、どことなくミルンに似ていなくもない。
手袋をしているから、術師だろう。
「あ、しかも同郷人か? 出身は? 俺はガレドフスクだが」
「……ティレツヴァナ、ですけど」
「ティレツィ湖のあたりか。そっちも自然が多くていいよな、トヴォに親戚がいるんでしょっちゅう行ってたよ」
ララキとスニエリタにはちんぷんかんぷんの会話だったが、どうやら出てきている単語はハーシ西部の地名のようで、男性はミルンとかなり近い地域の出身者だったらしい。ミルンの表情からはみるみる強張りが解けていく。
しばらく地元会話を弾ませてすっかり打ち解けたミルンが説明してくれたところによれば、男性は黒ハーシ族が主に住んでいる街の人間とのこと。
さらに男性自身により、先祖にいろいろ混じってるからとくにどの部族に帰属するかは意識したことがない、との補足もあった。ともかく水ハーシ族に対する差別意識がないのは幸いだ。
なんだかんだで故郷への愛着心が強いらしいミルンは、久しぶりの同郷人との会話に安らいでいるようだった。
そういう存在がこの世にひとりもいないララキにとっては少し羨ましい。まあいたとしても楽しい会話なんぞできないが。
男性はカイと名乗った。ヴレンデールへは観光で来ているらしい、気ままな一人旅の紋唱術師だ。
「しっかし羨ましいなミルン、こんな美人をふたりも連れて長旅とは。で、どっちが
「いやどっちもそんなんじゃないっす!」
「ほう、そうかそうか。紳士だな。
……ところで、同郷のよしみでひとつ頼みがあるんだが。お嬢さんがたも聞いてくれ。
実をいうとここまで無理に遣獣のケツを叩いて飛ばしてきたんで、明日の脚がないんだわ。かといって丸一日無駄にはしたくない。
アランまででいいから乗せてってもらえねえかな? もちろん金は出す」
思わぬ提案に、ミルンがこちらを振り返った。
「……いいか?」
「いいんじゃない? 席は余ってるし。スニエリタはどう?」
「わたくしも構いませんわ」
頷くミルンの眼に金の字が浮かんで見える。金欠になると見境ないなこの人。
まあ見たところ悪い人ではなさそうだし、もし何か企んでいたとしても三対一ならよほど対処できるだろう。……この男性がロディル並に強くなければ。
そういうわけで一日限定で同行者が増えることになった。明日は賑やかになりそうだ。
そのあともしばらくカイさんとの会話が弾んだ。
彼はなかなか口達者で、しかもイキエスやマヌルドへも旅した経験があるらしい。
行ったことのある街、見たことのあるお祭りの話などで盛り上がり、久しぶりに夜が更けるまで楽しくすごした。
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