8月1日② ―――僕は屋上で君を見た。


肝試しが始まり、僕は着実に1つ1つの教室を見て回っていた。


ただ、もちろん肝試し的な展開には一切ならない。

教室の全体を懐中電灯で照らし、何もないと分かれば次の教室へ行く…その繰り返しだ。


最初は恐怖こそあって肝試しっぽかったのだが、少し未知な「夜の学校」の雰囲気にも慣れ、徐々に飽きが出てきていた。




南棟の教室を全て見終わった後、僕はふと、屋上へ続く階段を見つけた。


普段、ここは立ち入り禁止場所になっている。

もちろん、僕はまだこの先の景色を知らない。

「…ちょっと行ってみようかな。」


友人には、「遅く来るように」と言われているし、少しぐらいハメを外していくのは悪くないだろ。


僕は、懐中電灯を屋上の方へ向けた。







屋上への扉は、立ち入り禁止にも関わらず、鍵はかかっていなかった。


僕は知らない土地に足を踏み入れるような心持で、その扉を開けた。



「・・・!!!」



屋上は、サラサラしているような涼しい風が吹いていた。

そして、頭上には星空が一面に広がっており、オリオン座が綺麗に見えた。

肝試しのような不気味さは、もちろんない。

懐中電灯がなくても充分な明るさだったので、僕は電気を消した。そこから、どんどん奥へ進んでいく。




……すると。




「―――誰か、いる?」



僕は唐突に立ち止まった。


そこには、パーカーにジーンズという無難な恰好をしている女の人(?)がいた。


僕の存在には気づかないのか、じっと夜空を眺めている。



ただ、何かおかしい。




彼女は、屋上の柵の外側にいた。



そして、両手を水平になるように伸ばしていて、これから飛ぶような恰好を…




「あ…!」




僕はすぐ、彼女がこれから何をするのか察した。


「おい、待て!」


「!?!?!?」


僕は、ダッシュで彼女の元へ向かった。

声が聞こえたからなのか、彼女は驚いて僕の方を向いてきた。


そして僕は、急いでパーカーのフード部分を掴む。


「何があってもそれはダメだ。早まるな!」


僕は、彼女に向かって手を差し伸べた。


「一回落ち着け。どこの誰か分からないけれど…死ぬな。」








彼女は柵の内側へ移動してきた。


「……なんで、こんな時間に?」

彼女はか細い声でそう言った。

「別に。ちょっとした野暮用だよ。」


…決して「肝試し」とは言えない。



「どうして…死のうと思ったんだ?」


僕は彼女の顔色を窺いながら、聞いてみた。

彼女は、鋭い視線で僕の方を睨んだ後、小さくため息をついて言った。




「死にたくなった訳じゃない。全て消したくなったの。」




「……それって、意味同じじゃない?」

「違うよ、全然。」

彼女はハッキリと言った。

「終わりたくはないの。でも、消したいの。」

「何を消したいんだよ。」

「……過去を。」


彼女はそこまで言うと、屋上の扉へ歩き出した。

「ま、待てって」

「今日は止めてくれてありがとう、山本くん。それじゃあまた、この学校でね。」

「え、ちょっと…!」

彼女はそのまま走って屋上を出て行ってしまった。


「あれ…」


―――なんで、彼女は僕の名前を知っていたんだ?








僕が昇降口へ戻ると、友人はスマホゲームで遊んでいた。

「山本、お前いくらなんでも遅すぎるぞ。俺なんて、もう10分前には戻ってきたのにさ。」

「悪い悪い。途中で忘れ物してさ。自分の教室にいたんだよ。」


僕は、友人に嘘をついた。今日のことは、変に広まってしまってもいけないような気がした。友人と言えど、そこは守りたかった。

「そうか。まぁ、とりあえず肝試しは終了ってことで、帰るか!」

「そうだな。また明日もどうせ学校だし。」


僕達は、静かに学校を出て行った。







この時、僕はまだ知らなかった。




ここからの1か月間が、僕にとって大切な期間になるということを。


そして、最高に幸せで、悲しい期間になるということを。



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