8月2日―――僕は君が「佐藤」であると知った。


次の日。

僕は夏期講習を受ける為に、つい数時間前に忍び込んだ学校へと向かった。

今度は、正攻法で堂々と教室へ入った。


朝のHRの時間になって、担任の先生が渋い顔をしながら入って来た。

「えー、今日はみなさんに1つご報告があります。」

先生は深く考え込むような顔をした後、続ける。

「今日の朝、学校の屋上に続く扉の鍵が外されていたことが分かりました。立ち入り禁止区域なのは全員周知だと思う。受験生である君達がやった訳ではないと思うが、くれぐれも屋上へは近づかないように。」


…この話を聞いて焦ったのは、クラスで僕だけだろう。


「山本、昨日の肝試しはバレなくて良かったな。」

隣の席の友人が、小声でそう言ってきた。

「そ、そうだな。」

僕は友人の顔を見ずに答えた。動揺しているのがバレそうだった。








授業を受けながら、僕の頭には彼女―――昨日出会った自殺志願者との会話が浮かんでいた。

夜ということもあって、僕は彼女の顔をしっかりと見た訳ではない。

私服を着ていたので、学校の生徒だとは確実に言えないが…僕よりも先に屋上へ入っていたのは彼女だ。屋上の鍵が外されていたということは、この学校を知っている生徒が開けた可能性の方が大きい。




それか………お化け?




「いやいやいやいや!それはない!」


「お、なんだ山本。そんなに俺の答えが間違っているのか~?」



…気づいたら、声を出して席から立ち上がっていた。

数学の授業がストップする。


「ああああ、違います違います!!!」

「よし、山本。この解を証明してみろ!」

「えええええええ!」


僕の慌てぶりに、そこにいたクラスメイトが一気に笑った。

今日はなんか、やたらと焦ることが多い。








「お前、今日はやけに変だな。大丈夫か?」

帰り道、僕は友人から心配された。

「別に。何もないさ。」

「おぉ、ないならいいんだけどさ…」

友人は僕を疑ったような目で見ていたが、それ以降は突っ込まなかった。


そして代わりに、最近の話題へと移る。

「そういえば山本。お前進路決めたか?」

「まだだよ。」

僕は平然と答える。

「お前も決まってないんだろ?」


僕がそう聞き返すと、友人は「いや、実はさ…」と頭を掻きながら目線を外した。


「俺、大学に行こうと思ってさ。」





…一瞬、時が止まったかと思った。





「え…お前、進路決めたの?」

「まだ、どの大学に行こうかは決めてないんだけどな。」

「どうして急に…?」

「昨日の放課後、お前と肝試しやり終わったらさ、なんかいい意味で吹っ切れたんだ。この学校生活、楽しみ尽くせたし……今度は勉強しようかなって。」


友人は鞄から「進路希望調査」と書かれた紙を取り出し、ペラペラしてみせた。

「まぁ、この悩みからも少し解消だ。」

「お前は、それでいいのか?」

「おう。とりあえず、今週のどこかで担任と話すつもり。」

「そうか…」

「別に山本との縁を切ることはないから安心しろよ!」


友人に言葉に、僕は頷くことしかできなかった。




友人が、僕よりも先に進んでしまったように感じた。








その日の夕方。

友人の話を聞いてから、僕は家にいても落ち着くことはなく………とりあえず近くのコンビニに行くことにした。

そこで、とりあえずアイスでも買い食いしよう。僕は頭を冷やしたかった。



コンビニでアイスを購入し、僕は店から出た場所で一人アイスをかじった。



…その時。



「昨日はどうも。」


僕は、聞き覚えのある声にハッとして、声のした方を向いた。


そこには、昨日の夜、屋上で出会った女の人と同じ格好をした女子がいた。


「あ………え?」


「覚えてないの?昨日、屋上で」

「いやいや、覚えてます、覚えてます…!」


僕は驚いて、しばらく彼女をじっと見た。



「……さ、佐藤だよな?」



僕は恐る恐る彼女の名前を口にした。


「そうだよ。だって同じクラスでしょ?私と山本くん。」


彼女は何も動じることなく答えた。






僕は気づいてしまった。



あの屋上で出会った自殺志願者が――――








僕と同じクラスメイトであり、学校の生徒会長だということを。

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