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「わたしはもうすぐ死にます。それでも、わたしの本を出してくれますか」
わたしは編集者に言った。わたしは二冊目、三作目を出す前に死ぬだろう。一冊で消える作家なんて掃いて捨てるほどいるけど、それは売り上げが振るわなかったり、企画が通らなかったせいで、最初から一作限りの使い捨てを前提としているわけではない。
小説投稿サイトや出版社も慈善や道楽でコンテストに携わっているわけではない。出版に向けた編集作業はもちろんもちろん、編集作業や広報にも多大なコストがかかる。その投資に見合うだけの才能を探しているのだ。長期に渡って、自社に利益をもたらしてくれるだろう才能を。
編集者の人は、さすがに面食らったみたいだった。けっきょく、そのときは答えが出ず、後日改めて連絡があった。
「これから受賞作の出版に向けた作業があります。改稿や校正だけではなく、イラストや装丁の相談も。しかし、あなたさえその気なら、その行程を多少は早められるでしょう。われわれも可能な限り協力します。もちろん、あなたの体に無理がない範囲で」
編集部はわたしの事情を知った上で、出版にゴーサインを出してくれたのだった。いまはまだ自分の原稿と向き合ってるだけだが、あと半年もあれば出版のために必要な作業は終わる見込みだ。わたしはそれまで倒れなければいい。仕事を辞めて両親の脛をかじることになるが、すべては夢のためだ。
自分の本を出すという夢。
その夢まであと少し――
彼女との再会がどう転ぶか、いまの時点ではわからない。
わたしがすべてを打ち明けたとして――
自分の命が残りわずかだと伝えたとして――
それでも、彼女にはわたしを殺す理由があると思えてしまうのだ。
「夢は失われた。残ったものは、慰めだった」
わたしは夢を叶えようとしている。自分の本が出版されるのだ。この目でそれを見届けることは叶わないかもしれないが、作者としてすべき作業は終えられる見込みだ。
なら、残り数ヵ月の寿命でも彼女には長すぎる。わたしの死は慰めにならない。
それだけの時間があれば、わたしは彼女と同じ夢を叶えてしまうだろうから。
彼女が自分には絶対に届かないと絶望する夢を。
本を出すという夢を。
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