第52話
クロエは魔女の力で別人になっているし、そもそも父の部下の顔を知らない。
それでも、騎士が守っている城門を通るときは、かなり緊張した。
いつか、ここから出て自由になる。
王都を取り囲む城門を見つめながら、そう思っていた。
それが、マードレット公爵家の馬車に乗っただけで、こんなにもあっさりと出ることができた。
(本当に、出られたのね……)
振り返ると、王都が少しずつ遠くなっていく。
移民の中には、王都で生まれてしまったために、一生ここから出られない者もたくさんいる。
クロエは思わず、スラム街で暮らしている子どもたちのことを思い浮かべた。
あの子たちは、成長しても自由に王都から出ることはできないのか。
(そもそも王都に入ったらもう出られないなんて、今はもう意味のない決まりごとなのに)
奴隷制度と呼ばないだけで、この国にはまだそれが続いているようなものだ。
それについては、王太子のジェスタが廃止を考えているようだが、貴族からの反発も多く、なかなか改革が進まないらしい。
安い賃金で労働力が手に入るのだから、それは経営者側から見れば、良い話に違いない。
けれどその影で、どれくらいの数の人生が使い潰されてきたのかと思うと、一刻も早く、廃止するべきだと思う。
今の国王に改革の意思はないようだが、王太子はジェスタだ。
ジェスタとアリーシャが国王と王妃になれば、この国はもっと住みやすい国になるだろう。
(そのためにも、この『特別依頼』をきっちり果たさないと)
ターゲットは、元ギルド職員で、身分を剥奪されて移民になったにも関わらず、城門を強行突破して逃げ出したサージェである。
厄介なことに、彼は魔力を持つ魔導師だ。
だからか、ギルドからの依頼書には、生死問わず、と書かれていたと、エーリヒが教えてくれた。
「いくら罪人でも、元ギルド職員なのに」
「それだけ、犯罪者の魔導師は危険だということだ」
エーリヒはクロエの黒髪に指を絡ませながら、そう言った。
王都を出てから、エーリヒは町で一緒に暮らしていたときのように、クロエに触れたがる。
公爵家の馬車なので、中はとても広いのに、わざわざ隣に座っているくらいだ。
(ちょっと恥ずかしいけど……)
男性にあまり免疫のないクロエだったが、それでも好きな人はまた別である。
しかも、馬車の中ではふたりきりだ。他人の視線を気にする必要もない。
「できるなら、生きて罪を償ってほしいけれど……」
いくら人の話を聞かない暴走迷惑男でも、自分の命で償えとまでは思わない。
でも、相手は魔導師。
しかも人に魔法を教えるくらい、使い慣れている。
そんな相手を無理に生け捕りにしようとして、エーリヒが危険に晒されたら大変だ。
「うーん……」
「クロエがいるから、きっと大丈夫だ」
何か良い方法はないか。
そう考え込むクロエに、エーリヒはあっさりとそう言った。
「私?」
「そう。クロエの力は、あんな男よりもずっと強い。きっと、王女よりも」
「そうかな?」
サージェは魔導師で、クロエは魔女だ。
持っている魔力が桁違いなので、経験の差はそれでカバーできるかもしれない。
でも、この国で唯一の魔女と言われていたカサンドラは、自分の力を完全に使いこなしている。
同じ魔女だからこそ、経験の差が大きいのではないか。
「俺がそう思う根拠は、ちゃんとある」
クロエの考えがわかったように、エーリヒはそう言って、クロエを引き寄せた。
「わっ」
不安定な馬車の中だ。
バランスを崩して、彼の胸に頭を擦り寄せるような体勢になってしまう。
エーリヒはそのまま、まだクロエの髪を撫でている。
「根拠って?」
「まずひとつ。王女には、クロエが魔女であることがわからなかった」
「そうね。それって私の魔法が、王女にも有効だったってことよね?」
魔女の力はあまりにも強すぎて、同じ魔女にしかわからないと、以前エーリヒが教えてくれた。
そしてアリーシャは、同じ魔女でもランクがあり、カサンドラは低い方だと言っていた。
自分よりも高いランクの魔女には、その力が通用しないとも。
「じゃあ本当に、私の力は王女よりも強いの?」
たしかに、理不尽なほど強い力だと思っていた。
願っただけで叶えられるなんて、怖いくらいだ。
「もうひとつは?」
「クロエの力が、離れた場所にいたキリフ殿下や団長にも通用したことだ」
「あっ……」
彼らを呪ってしまったことを思い出し、クロエははっとする。
今まで彼らから受けた仕打ちを考えると、あれくらいは仕方がないと思うが、たしかにエーリヒの言うように、自分の領域外にいた人間に魔法を掛けることができていた。
「そうなんだ……」
そんな強い力が自分に宿っているかと思うと、少しだけ怖い。
不安に思ったクロエを宥めるように、エーリヒが髪を撫でてくれる。
「クロエなら大丈夫だ。自分の力に溺れるようなことはない。あの王女とは違う」
「……うん」
クロエだって、もしエーリヒの気持ちが自分から離れてしまったら、悲しい。
でも魔法を使って、無理に彼を束縛しようとは思わない。
好きだからこそ、大事にしたい。
幸せになってほしい。
そう思っている。
「問題は、クロエの力がどこまで大きいものなのか、わからないことだ」
「そうね。今の段階では、たしかに私の力は王女よりも大きいかも、とは思うけど、実際にやってみて、やっぱり無理でしたってなったら大変よね?」
自分の力を知り、きちんと理解すること。
それがクロエの課題であり、この旅の意味だ。
あらためて、それを確認する。
※
コミカライズ2巻が本日発売されました!
講談社さま KCx
「婚約破棄されたので、好きにすることにした。」2巻
作画:砂糖まつ先生
すごく素敵な表紙に、砂糖まつ先生の書き下ろし漫画が10Pもあります。
ぜひ、ご覧下さいませ!
婚約破棄されたので、好きにすることにした。 櫻井みこと @sakuraimicoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。婚約破棄されたので、好きにすることにした。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます