おそれられぬ神
私誰 待文
山の神
むかしむかし、あるところに、とても恐ろしい山の神様がいました。
山の神様は毎年の秋に、
村の民は神様を恐れつつも、娘を
ある年も同じように、木々の葉が
しかし、山の神様の下に、村で一番美しい娘は捧げられませんでした。
山の神様は人間との約束を破られたことに
これですぐにでも娘が
ぱちっ、と神様が目を覚まします。だけど、いけにえはどこにも見当たりません。
きょろきょろと神様は周りを注意深く見ましたが、娘どころか人の影すらないのです。
「人間め、我への敬神を忘れおったか」
再びいけにえを待っていた神様ですが、それでも捧げらえることはありませんでした。神様はさらに
その時、神様は今までに捧げられたいけにえの姿を思い出しました。
見た目が美しく、覚悟を決めた
はるか遠くの思い出、
神様は「きっと村にも事情があるのだ」と一人納得し、村の民を信じて待つことにしました。
それから神様はずっと待ちました。
山の木々が葉をつけなくなった夏も待ちました。
空が重い黒雲に
木々が
春先に目覚めるはずの
神様はずっといけにえを待ち続けました。自分の力が日に日に弱くなって、自らの存在が
そして、押しつぶされそうな
いけにえが、山へやってきました。
● ● ●
いけにえは、土まみれの白い服にぶかぶかの上着を着た女の子でした。他に人はおらず、一人でやってきた少女は
今まで
「そなたが今年のいけにえか」
まさか神様が現れるとは思ってなかったのか、いけにえの少女はちょっとだけ両目を見開きました。ですが、すぐに落ち着きを取り戻すと、少女は神様をまっすぐに見つめながら、はっきりと言いました。
「神様、私を殺してください」
「……何?」
神様は何かの冗談かと、少女の様子を
ですが少女は、
「いけにえよ。我は神である。神は人々の信仰があって初めて存在し
すらすらと
「じゃあ、私が死んだら神様も消えてしまうのですね」
神様は不思議に思いました。娘は村から差し出されたいけにえであるはず。自分の存在は確かに
そんな疑問を
「ついてきてください」
● ● ●
神様は少女の後を追って、
「神様。私はあなたの言う“麓の村”の人ではありません」
少女は清流のようにさらりと言います。神様は何故村の者でもない少女がいけにえに選ばれたのかを、少女に
「目覚めた時に、残っていた資料からここを知りました」
熱心な村人が書物に我の存在を
「歩いて44キロと近かったので、死ぬ前に
神様は不思議に思いました。寒さに
どうして少女は身の丈よりも大きな、ボロボロの上着を
何故いけにえの
「道の途中、蔵書施設に立ちよってまだ
山道を下り続け、少しづつ
神様は少女に質問しました。
「そなたはどうして身に合わない衣服を着ている?」
「落ちてたのを拾いました」
山道に風が吹きました。十年分の冬を
「そなたの眼は年に合わないほどに濁っているな」
「現実を見続けたら、皆そうなります」
「そなたはどこからきたのだ?」
「44キロぐらい先にある、緊急避難用施設です。それ以前の記憶はありません」
それから、少女はふと足を止めました。道の終点に立つ少女は、ぽつりと。
● ● ●
「これが現代です」
神様は何も言えませんでした。視線の先には何もなかったからです。
記憶の中にあった村の形は跡形もなく消えていました。
「私はあの建物の地下にある、コールドスリープ施設から
少女が指差す先を神様も見ますが、同じような
「核の発射後、種の保存のため私を
神様は何も言い出せませんでした。いくら待っても
「お願いです、神様」
少女が振り向きます。
「私を殺してください」
〈了〉
おそれられぬ神 私誰 待文 @Tsugomori3-0
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