後日談 遺書

拝啓


賀田 恵様


私は何時かあなたにこの想いを直接伝えたいと想っておりました。何度、出撃の度に書き直したか覚えておりません。なので、次の出撃までの間は、この手紙があなたの手に渡るでしょう。


私、吹浦 勇志はあなた、賀田 恵様のことを女性として好いております。


意を決して、あなたにこの想いを伝えたことは今でも鮮明に覚えています。訓練後の自由時間、松風と共に兵舎を抜け出して空の下で手紙に書きました。

松風に茶化されながらも、あなたに拒絶されるのが恐ろしく、震える手を抑え込みながら綴りました。

何度書き直したことか。何度酒保に走ったことか。何度鉛筆の芯を折ったことか。

この手紙を書いている時には、その手紙も検閲を通ってあなたの元に届いた後のことでしょう。


さて。今大戦も佳境に迫り、無謀な作戦が乱発される今大戦です。斯く謂う私も、同様に最前線に投入され続けております。私の戦闘機、『蒼梟改』も修理を重ねて寿命が近い様子。しかしながら、長い時と共に駆けた愛機です。命を預けて飛ぶ、頼もしい戦友です。

一度、愛機に乗っての訓練飛行中、地元の空を飛ぶことがありました。

名鉄赤坂駅が見えると広がる私の故郷は、志願兵として出立したその時とあまり変わっていないように感じました。駅前広場や母校、よく遊んだ住宅街は、前線の様相を思わせない素晴らしく平和な町です。

故郷からは遠く離れた基地に所属しておりますが、それでも、この町を守っているのは私なのだと誇らしく思えました。そこにあなたが住んでいるのならば、猶の事、敵に近寄らせてはならないと、また、身の引き締まる気持ちを持ちました。


そうは思うものの、一方で私は非常に恐ろしいのです。この大戦を生き残れるのか。また生きてあなたに逢うことが叶うのか。

何としても生き残ることだけを考えてきたはいいものの、日に日に悪化する前線の状況を鑑みるに、その希望はやがて潰えてしまうのではないかと考えるようになったのです。

前線の兵士は弱音を吐かない、と何時かの報道でみた記憶があります。

あれは嘘です。弱音を吐きます。なので、私は素直に言います。

死にたくありません。撃墜されるのも嫌、銃撃されて死ぬのも嫌、誤射で死ぬのも嫌です。死にたくないです。

生きてあなたに逢いたい。この想いを口に出して、あなたに面と向かって伝えたい。一度だけでもいい。

もし許されるのならば、今すぐにでも前線から逃げ、故郷に帰りたい。

出征の前のように、毎日肩を並べて学校に通いたい。あまり勉学の得意ではないあなたに、どれだけ時間をかけてもいいから教えたい。一緒に食事を摂りたい。今すぐにでも叶えたい、そう思ってならないのです。


ですが、この手紙があなたの元に届いたということは、私が死に、松風が生き残ったことでしょう。

私が帰らず、松風だけが帰ったことはどうか怒らないでください。彼は自身の実力で生き残ったのです。

そして、あなたにはこれまでと変わらず、生き続けて欲しいのです。決して、早まることはしないでください。明るく穏やかなあなたが、そのような早計なことはしないとは思いますが、どうか生きていて欲しい。

強気で男勝りなところもありますが、それはあなたの魅力です。そこはぐっと堪えて、矢面に立とうとは考えないでください。もしそうなる時は、きっと私の兄や両親、おじさんやおばさんが亡くなった時です。

あなたは生きて、生きて、生き続けて欲しいです。

そして幸せになってください。どうか、幸せになってください。

それだけを願っています。


これまで、このようなふてぶてしい男の近くに居てくれてありがとうございました。

あなたに幸あらんことを。


敬具


吹浦 勇志

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏に舞う蛍は、あなたのよう しゅーがく @syugaku_ml

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ