36話~才能がない者の挑戦①

時は数年前に遡る


彼女は着の身着のままディーパディ王国にやって来た


故郷を追われ、所持金も心もとなく、自身の身以外に頼るものがない現状では最も近い国であるこの国に来ることが精々だった


この国は魔術大国として広く認知されており、彼女自身もそうであった


故に、獣人の彼女としては正直、行きたくない国の選択肢に入ってくるのだが、選択肢自体がない現状、背に腹は代えられない


ともかく、魔術の才能に乏しい獣人ではこの国で勝ち残るのは極めて難しい。当面の金銭を工面できれば別の国に移動しよう。そう決めてしばらく滞在する決意を固めた




「え……?この国にハンターの仕事はないんですか?」




決意を固め、職を手にしようと思った彼女が直面した現実は職がないというものだった




「いえ、ないわけではないのですが、我が国にハンター協会はないものですから…。

正式にハンターの資格を取って。となると難しいという話です。」




魔術師が国家戦力の中心に据えられている現在ではあるが、その実力は才能や血統に因るところが大きく、広く一般的に。といわけにはいかない


であれば、それ以外の人材を当てにするのが常であり、その人材の候補に挙げられる職業がハンターという職である


ハンターは元来何でも屋である。腕っぷしに自信がある、逆に言えばそれしかない人物がなることが多く、傭兵のような働きを求められたり、探検家のような役目を負ったりと様々だ


その中で才覚が突出していた分野で専門性を高めていくのがハンターとしての栄達とされており、トレジャーハンター、バウンティハンターなどがそれに類する


彼女も獣人だけあって戦闘力には多少の自信がある。その道で生きていこうと思っていた矢先の挫折だった


彼女は後に知ることになるのだが、ディーパディ王国は魔術を国家の中心に据えることに成功した最たる例である


そんな国には非常時戦力としての意味合いが強いハンターを囲う理由が乏しかった


ハンターはその性質上、粗野な輩が多いと言われており、事実そうである


治安の悪化につながる上に、当然依頼をしようと思えば金銭の負担もある。協会を招致して街ごとに設置しようとすればそれ相応の支援を求められる。にも関わらず、魔術師よりも戦力として見込めない


端的に言ってしまって、費用対効果が薄かったのだ


故に、ディーパディ王国にはハンター協会はない


この国にハンターの仕事がないわけではないが、いわゆる協会公認のプロのハンターとなることはできない


理由はわからずとも、とりあえず職がないことに落胆した彼女は何かしらの仕事を斡旋してくれる職業斡旋所を案内され、そこで警備員の仕事などをして日銭を稼ぐ毎日を過ごすことになる


仕事に追われ、精神を摩耗させながら日々を過ごしていたある日、彼女は衝撃的な出会いをする


その出会いは一方的なものであったが、彼女の心持ちを大きく変えた


軍務局主催の武闘会なる催しが行われており、その様子が魔道具によって会場の外に映像として映し出されていた


仕事帰りに偶然立ち寄った彼女は暫しその映像に目を奪われる


画面には真っ白な髪をした獣人が戦っている映像が映し出されていた


その獣人は彼女の目から見ても飛びぬけて強かった


自身もそれなりの強さを持っていると自覚している彼女は、白兵戦での実力は相当なものである。そんな彼女から見ても、その獣人は遥かに強く見えた


特徴からして、ネコ科の獣人であろうその獣人は結局最後まで負けることはなかった


最後はエキシビジョンマッチとして、現軍務局長官―――周囲の話から当代最強の武人らしい―――と戦うところも見た。その獣人は白色の魔術らしき輝きを纏いながら長官をも打ち破った―――この大会では自信に施す魔術は許可されていた―――


その獣人の姿に、彼女は強烈に憧れた


国柄、獣人に対する差別意識が残るこの国で、獣人の身でありながら最強の座を得たその人は、獣人である彼女に一つの道を示してくれた気がした


その後彼女は、職を辞して治安維持部隊に入隊することにする


治安維持部隊は白兵戦の戦闘力もだが、同時に魔術戦闘力の方が求められる


それ故、獣人の出世は難しく、差別意識も一際強いと聞いていた―――実際、入隊してからの苦労は彼女の想像を超えてくるわけだが―――それでも、自分もあの獣人のように、彼女のように強くなりたい。その思いに彼女は突き動かされた


治安維持部隊への入隊はなんとか突破した。しかし、その先が彼女の想像とは大きな乖離があった


意外と治安維持部隊の隊員が強かったのだ


身体能力だけで言えば、彼女は上位に位置する―――素材としての話ではあるが―――。あが、単純な戦闘力となると話は別で、彼女は獣人という特徴に漏れることなく魔術の才能がなかった


精々がDランク。状態によってはEランク程度の魔術しか行使できない。それは総合力で勝負する点において致命的であった


彼女の魔術は警戒に値しない。故に接近戦にだけ注意を払っておけば良い。それでも、その警戒を上回れる身体能力があれば話は別だったが、さすがの彼女でもその域にはいなかった


かといって付け焼刃の魔術では実戦可能ラインとされるCランクを超えた魔術師達には牽制にもなりはしない


目標とした獣人は魔術も戦闘に取り入れて戦っていたが、未熟な自分では取り入れる域にまで達してすらいない


無論、治安維持部隊の本質はその名が示す通りで、組織として戦えればそれでいい


彼女が魔術を行使できずとも、周囲が代行すればいいだけの話であるし、彼女は最前線で体を張る役をこなせば良いのだが、それすらも魔術の多寡で実力不足は否めないし、そもそも彼女の目的は治安維持部隊の隊員として立派に役目をこなすことじゃない


目標の彼女に追いつくこと。そしていつかは追い越すこと。それを目指す彼女の道は一年目から大いなる挫折でのスタートとなった

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王族魔術師の均衡 寿司升 @sushimasu

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