ヤーブス・アーカの受難は続く
野森ちえこ
ヤーブス・アーカの闘い
ヤーブスの意志とは無関係に抜き放たれた妖刀葉桜が一閃――
させて……っ!!
たまるかあああぁ……っ!!
これも火事場のばか力というやつだろうか。ヤーブスは、どこか冷静にそんなことを考える。
勝手に動こうとするのも自分なら、それを止めようとするのも自分だ。
そして、自分のものではない声が、意識が、全身に渦巻いている。
――この時を待っていた
勝手に待つな。
――なぜ死ななければならなかった
そんなん知らねえよ。
――なぜ滅びなければならなかった
運が悪かったんじゃねえの。
――ただ、守りたかっただけなのに
人生ままならねえよな。
――あいつを
――あの方を
――里を
――俺は
――私は
だー、もう! うるせえ!
――返せ
――よこせ
――血を
――命を
――もっと
――もっと
黙れ。
――許さない
――ゆるさない
――ユルサナイ
黙れっつってんだろうが!
ヤーブスは勝手に動こうとする手を必死におさえこむ。右手が左手を。左手が右手を。
そのたびギラリと不気味な光を放つ妖刀葉桜。
傍から見たら奇妙なダンスでも踊っているようだ。
「あら。さすが警察官てところかしら。まだ抵抗する力が残っているなんて」
混濁していく意識の中、ややハスキーでつやめいたハルカの声が、ヤーブスの耳に妙にはっきり聞こえた。
うるせえんだよ。
俺が死んでるだと?
怨念が俺の体を操ってるだと?
冗談じゃねえ。
生きてようが死んでようが、俺はここにいる。
俺がいるかぎり、俺の体は、俺のものだ。
ああ、無念だ。
無念だよ。
だがな、俺は腐っても警察官なんだ。
ここは、巡回が散歩にしかならないような平和な街なんだ。
それを守るのが俺の使命なんだ。
そりゃあ、俺一人正義ぶっても、世の中なんざなんも変わりゃしねえさ。
自虐でもなんでもねえ。事実その通りなんだ。
でもよ。だからこそ。
目一杯、両手を広げて届く範囲くらい。
守りたい。助けたい。
そう思ったんだ。
そう、思ってんだよ!
「ちょっとー! ご主人さま! 聞いてます!? なんなんですかアレ。切った腕くっついちゃうし! ものすっごい禍々しいオーラまで出てきちゃってるし! あんな化け物、なっちんの手には負えませんよ!」
ヤーブスの目には猫耳コスプレ少女にしか見えなかった、なっちんことエローナ・ツオンが宙に向かってわめいている。
なんで。どうして。こんなことになった。
破壊された街。逃げ惑う人々。怒声。悲鳴。
その中に立ちすくんでいるダイナーKのオーナー、ユースの姿が、靄にかすむヤーブスの視界の向こうに浮び上がる。
混乱と衝撃のせいか。その顔からは表情も色も抜け落ちている。
ユースの作るメシは、ヤーブスの疲れた心と体をいつも生き返らせてくれた。罪のないロリコン趣味は時に客をどん引きさせているが、腕も人もいい男だ。
クソ。
クソ。
どうすればいい。
すこし気を抜くと、視界が、意識が黒く塗りつぶされていく。
嫌でもわかる。
そう長くはもたない。
考えろ。
考えろ。
どうする。
どうすればいいんだチクショウ。
やめろ。
やめろ。
たのム。
ヤめてクレ――
「そこまでだ」
「やっとみつけた」
男か女か。聴覚もあいまいになってきたヤーブスの耳にはもうわからない、二つの声が空気を震わせた。
【かこさんの第十話へつづく】
https://kakuyomu.jp/works/16816452218851118152
ヤーブス・アーカの受難は続く 野森ちえこ @nono_chie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
備忘録 週間日記/野森ちえこ
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 24話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます