第39話
39 歪んだスキルに宿るもの、正しきスキルに宿るもの
神は死に、悪魔は去った。
水晶玉の向こうには、焼け野原となったふたつの山が映っている。
その無垢なる光のそばで、顔の崩れたふたりの女が泣き崩れていた。
「うっ……ううっ、ママの顔も、ママの力も、めちゃくちゃに……なっちゃったぁ……」
「うっ……うぐっ、ぐふぅっ……わらわの力も、わらわの金剛石も、すべて、消え去ってしまった……」
そこに、ふたつの人影が覆う。
「『オールドホーム浄化作戦』、完了しました」
「作戦は無事、成功いたしましたじゃ」
ゴッドマザーとゴッドフォーチュンが顔をあげると、そこには彼女たちの部下である、ヌスターとネコババが立っていた。
「な……なにを言っているの、作戦は大失敗だわ、ここにいる、クソガキのせいで……!」
「そうだ、このメスブタのせいで、なにもかもがダメになってしまったのだぞ……!」
「いいえ、我々にとっては作戦成功です」
「それも、これ以上ないくらいの大成功ですじゃ。
オールドホームの里が燃えなかったのは想定外じゃったが、隣の山々はきれいさっぱり燃やせたからのう」
「それどころか、ヘルボトムウエストの領主や貴族たちの住まいも全焼させることができました。
これだけの被害があれば、あなたたちふたりを引きずり降ろせるだけの材料となるでしょうからね」
「なっ……!?」
「ま、まさかっ……!?」
「やれやれ、やっと気付いたようじゃのう」
「すべては我々が仕組んだことだったのですよ。
オールドホームの里に火を放たせるように仕向ければ、仲の悪いおふたりのことですから、勝手に足を引っ張り合い、自滅するだろうと考えたのです」
「ゴッドフォーチュン様の未来を見通す力が衰えていたおかげで、バレずに事を運ぶことができましたわ……!
ほっほっほっほ……!」
「さぁて、おふたりの聖偉の座を……。
盗んで、ネコババさせていただきますよ」
「「やっ……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」」
ふたりの聖偉は大臣たちの元に這いずっていき、ワナワナと手を伸ばす。
その様はまるで、死の淵にすがるゾンビのように醜かった。
「や……やめてやめてやめてっ! ママから奪わないで!
ママはシュタイマンちゃんさえいればそれでいいの!
でもママの権力がなくなっちゃったら、シュタイマンちゃんはきっと……!
このクソガキなら好きなようにしていいから、せめてママは大臣として……ネッ!?」
「や……やめるのだ! いや、やめてくださいっ!
わらわが王族でなくなったら、シュタイマンもきっと愛想を尽かすであろう!
せめて大臣であれば、顔向けもできよう!
このメスブタを煮るなり焼くなり好きなようにしていいから、わらわだけは許してたもれ!」
「んまあっ!? このクソガキ、この期に及んでまでママの足を引っ張ろうっていうの!? きぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!」
「このメスブタがっ! わらわにまとわりつくでない! うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
ゾンビたちはずっと揉み合っていた。
いつまでも、いつまでも。
それは彼女たちが聖偉の座を追われたあとも、延々と続いているという。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し戻り、オールドホームの里。
炎は里の者たちが住む山小屋の直前で、なんとか延焼を免れていた。
なおもシュタイマンに肩車されていたマトイは、額にびっしりと浮かんだ汗を拭う。
「ふぅ、なんとかこの山にいるヤツらだけは守れたな。あたり一面は、すっかり燃えちまったけど……」
山頂からは見渡すかぎりに広がっていた緑は、オールドホームを残してすべて全滅。
それどころか、遥か遠くに見えるスラム街や、帝国から来た者たちが滞在する裕福層の街までもが黒い瓦礫と化していた。
股下のシュタイマンは言う。
「芋煮会で、ヘルボトムウエストじゅうの貧民たちがこのオールドホームに集まっていたことが不幸中の幸いであった。
裕福なる者たちは、きっと自力で帝国へと避難しているであろう」
「それもそうだな、ロクでもないヤツらが追い出せて、ちょうどよかったかも」
ふと、シュタイマンたちのそばにいた『モヤサヌ団』のひとりが気付いた。
「あ……ま、マトイの姐さんっ!? そ、その顔っ……!」
「なんだ? アタイの顔になにか付いてるか?」
「付いてるんじゃなくて、その逆でさぁ! 火傷の跡がすっかりなくなってまさぁ!」
「えっ」
「ウソだろ?」と言わんばかりの顔で、左の頬をさするマトイ。
いつもなら火傷跡のガサガサした触感があるのだか、それが消えていた。
かわりにあったのは、右の頬と同じ、すべすべの肌っ……!
「うっ……ウソだろっ!? あれだけの火傷が、治っちまうだなんて……!?」
医者にかかるどころか、火消しをしただけで奇跡的な回復を果たしたマトイ
周囲にいた者たちはみな驚いていたが、シュタイマンだけは当然のように頷いていた。
「マトイ君、キミが火消しとしての魂を取り戻したことで、身体の自然治癒能力も促進され、火傷跡も消え去ったのであろう。
スキルを歪に使う者には歪な容姿が宿り、スキルを正しく使う者には正しい容姿が宿るのだよ。
そして今回の炎を生み出した者たちは、きっと歪んだ容姿になってしまったに違いない」
「へっ、オッサンもたまにはいいことを言うじゃねぇか。
おい、今回のヒーロー、いや、ヒロインをみんなで胴上げだっ!」
「おおーーーっ!!」
ダッシュの合図で里にいた者たちが一斉に集まってくる。
シュタイマンの肩から降りたマトイは、弾ける笑顔で何度も宙を舞っていた
「ちょ、みんな、やめろって! 火を消すのは、火消しのアタイには当たり前のことで……!
ちょ、くすぐったいって! あはっ! あははっ! あははははははははははっ!!」
宮廷の『スキル調律師(チューナー)』 我が国のスキルに調律は必要ないとお払い箱になったので、早期リタイアして旧友のいるエルフの里で暮らす。後になってスキルが暴走したので戻ってきてと言われても困るのだが 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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