第38話

38 マジゲンカ

 執務室のなかで、睨みあうふたりの少女。

 外の廊下で覗き込んでいたひとりの外野が、ふとつぶやいた。


「な、なら、ふたり同時にスキルを弱めるというのは……?」


 それは提案というよりも、完全に独り言の声量であった。

 なぜならば今のふたりの聖偉には、とてもではないが声を掛けられなかったのだ。


 しかしその声は、たしかに届いていた。


「そ……それもそうね」「それもそうじゃな」


「ゴッドフォーチュンちゃん、このままじゃママたちの山がふたつともメラメラになっちゃうから、ここはいったん仲直りといきましょう? ネッ?」


「うぅむ……やむをえんな。いいだろう、一時休戦だ」


「なら、水晶玉の前に来て。ふたりで『いっせーの』で力を弱めましょう」


「わかった」


 水晶玉の前に、肩を並べて立つふたりの聖偉。

 すでに炎が消え去ったオールドホームの里を中心として、炎に包まれているふたつの山を凝視する。


 ふたりは少女のように澄んだ声で、「「『いっせーの』」」とハモった。


 しかし、火勢も風勢も弱まらない。

 お互いにキッと顔を見合わせる。


「ゴッドフォーチュンちゃん、なんで風を弱めないの!?」


「そなたこそ、なぜ火を弱めなかったのだ!」


「んもう! もう一度いくわよっ! 次こそは、ちゃんとやるのよ!」


「「『いっせーの』」」


 しかし、火勢も風勢も弱まらない。

 おかしいな、と思いつつ、ふたりはもう一度ハモる。


「「『いっせーの』」」


 しかし、水晶玉の向こうは依然として大火事であった。

 ふたりはとうとう掴み合いのケンカを始めてしまう。


「きぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ! 一度だけじゃなくて二度もママを騙そうとするだなんて!

 ママの顔も三度までなのよっ! きぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!」


「そなたこそ、わらわをたばかろうとしおって! もうガマンできん!」


 ゴッドフォーチュンのネコパンチが、ゴッドマザーの腹にヒット。

 「ぐうっ!?」と前屈みになったところで、垂れ下がった大きな胸をパンチングボールのように殴りまくる。


「いやぁぁぁぁっ!? いたいいたいいたいっ!」


「初めて会ったときからそなたは大嫌いだったんじゃ! ウシみたいな胸でシュタイマンを惑わしおって!

 なにがみんなのママじゃ! このメスブタめっ!」


「んもぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」


 ゴッドマザーの反撃のタックルが、ゴッドフォーチュンの腹にヒット。

 「ぐはっ!?」と押し倒され、マウントを取られたうえに髪を引っ張られる。


「ぎゃぁぁぁぁっ!? いたいいたいいたいっ!」


「初めて会ったときからこのおかっぱ頭が大嫌いだったのよ! 若い子ぶっちゃって!

 ゴキブリの羽根みたいな頭して、なにが地獄に堕ちるよっ!」


 キャットファイトは次第にエスカレートしていき、とうとう部屋の物を手当たり次第に投げ合うようになる。

 流れ弾が飛んできてもなお、ヤジ馬は見物をやめようとはしなかった。


 なぜならば、聖偉どうしのマジゲンカ、しかも女どうしというのはなかなか見られるものではないからだ。

 見物人たちはふたつに分かれ、声援を送っていた。


「がんばれっ! ゴッドフォーチュン様!」


「やれやれっ! ゴッドマザー様っ!」


 それが、ふたりの女の闘争心という名の炎に、さらなる油を注ぐ。

 そしてとうとう、越えてはならない一線を越えてしまった。


「こ……こんなに悪い子は初めて! もう『メッ』、しちゃいますからねっ!」


 ゴッドマザーはそばにあった燭台をガッと掴むと、ゴッドフォーチュンめがけて投げつける。


「ゴッドフォーチュンちゃん、あなたみたいな見た目どころか心までばばっちい子は、消毒しちゃいまちゅ!

 もうママ、おこったんでちゅからね! メッ! メッ! メーッ!」


 ……ゴォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!!


 燭台のロウソクの炎が噴き上がり、プロミネンスのような渦を巻いてゴッドフォーチュンに襲いかかる。

 ゴッドフォーチュンはすかさず手をかざした。


「わらわの決める運命には、何人たりとも逆らうことはできぬのだ!

 ゴッドマザーよ、そなたはひと足早く、地獄の炎に焼かれるがいいっ!」


 ……ブォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!!


 ゴッドフォーチュンの手から突風が起こり、炎を押し返す。

 しかし脇をすり抜けた炎が、彼女の顔面を捉える。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ゴッドマザーは勝利を確信したが、それはほんの一瞬であった。

 風によって押し戻された炎が、彼女の顔面を焦がした。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ふたりは同時に崩れ落ちる。

 突如として光を奪われたように、顔を押えたままのたうちまわった。


「わ、わらわの顔がっ、わらわの顔がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」


「ま、ママの顔がっ、ママの顔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」


 「ううっ……!」と呻きながら身体を起こす女たち。

 ヤジ馬に衝撃が走った。


「み、見ろ! ゴッドマザー様のお顔……!」


「ああっ、ご、ゴッドフォーチュン様のお顔が……!」


「見るも無惨に、焼けただれて……!」


 それはさながら、ふたりの女たちがさんざん笑った、マトイの火傷の顔にソックリであった。

 鏡を見るや否や、この世の終わりのような悲鳴が駆け巡る。


「「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」

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