第5話 神獣


「……さあ、次はどちらが鬼となるのでございましょうか」


 天子あまこが、すえのちごの両肩に手を乗せ、与次郎と陸吾の姿を空中からじっ、と見つめながら、妖艶に言った。


 天子の言葉に、与次郎の横にいた陸吾が、その場から一歩前にすっ、と歩み出た。

 与次郎は斜め後ろから、自分の前に出た陸吾の頑強な身体を見た。


「与次郎。

 お前は、あいつらの木板きいたを持って下がってろ」

 

 陸吾が、後ろにいる与次郎に背中を向けたまま、宙に浮く姉妹を見つめてそう言った。


 陸吾の身体から、じんわりと金色こんじきの気が出始めている。


 与次郎は、地面に落ちている『幽鴳』と『狡』と書かれた木板を、もう一度ちらり、ちらりと見やり、位置をしっかりと確認した。


 すると、天子がまたしても歌い始めた。


「────……こーをとろ♪ことろ♪


……こーをとろ♪ことろ♪」


 天子が歌い出すと、ちごと天子が二人揃って、すいすいと宙を優雅に舞い始めた。


 陸吾が、膝を曲げてがに股になり、腰をぐんっ、と下に落とした。

 そのまま脹脛ふくらはぎから太腿ふとももに力を入れ、両手の拳をぐっと握り締めると、はずみをつけて、勢いよくその場から、


“────……ばうんっ!!”


び上がった。

 陸吾が跳んだのと同時に、与次郎は自身の俊足の脚で、別々に落ちている幽鴳と狡の木板の元へ瞬時に駆け寄り、素早くその二枚を“ささっ!”と拾い上げた。

 その木板を、与次郎は自分のふところの中へそっと、大切に仕舞い込んだ。

 直後、与次郎はすぐさま、上にいる陸吾と二人の姉妹に視線を向けた。


 地面からはずんだ陸吾は、宙に浮いている、すえのちごの目の前で止まっていた。

 陸吾はそのまま、天子ではなく、すえのちごの身体に腕を伸ばした。

 その瞬間、陸吾とちごの間に突如、何枚もの大きな和紙が、"ぶわっ!"と勢いよく現れた。

 和紙は一枚一枚が大きく、その一枚だけで、陸吾の全身を覆い隠せるほど巨大であった。


「む」

 陸吾が声を上げた。


 その大きな和紙たちは、ちごを守るように陸吾の視界を遮ると、やがて一枚ずつ、ばらばらと音を立てながら、空中でひとりでに折り曲がり始めた。

 やがてすぐに、それは陸吾の目の前で、綺麗な折り鶴の形になった。

 和紙がどんどん折り曲がり、大きな折り鶴が次々と、ひとりでに何羽もできあがっていった。


 突如現れた和紙から巨大な折り鶴が全てできあがると、その折り鶴が六羽ほど、宙に浮く陸吾の周りをぐるりと囲んだ。


「……親に触れようとするなんて、掟破おきてやぶりでございますわね」


 天子がそう言うと、巨大な折り鶴に囲まれた陸吾が、


「……ふん。

 こどもの遊びの掟なんざ知らんわ。

 都合良く仕掛けてきやがって……」


と言った。


 続けて陸吾が、


「……しかしどうも、違和感しかねえなあ……。

 あの女達は、どこに消えた?」


と、天子に鋭い視線を向けて聞いた。


 陸吾の問いに天子は、

「鬼に捕まってしまったら、こちらの負けでございます」

と言った。


 陸吾は、天子とちごを鋭い眼力でもう一度、じっ、と見た。


「おぬしら……。

 本当に姉妹か?」


 陸吾の言葉に、天子の目から、光がすっ、と消えた。

 同時に、ちごの瞳が、ぎらっ、と怪しく光った。


 すると、陸吾の周りにいた六羽の巨大な折り鶴が、陸吾目掛けて、一斉に襲いかかってきた。

 陸吾の全身に、巨大な折り鶴の群れがびたりっ、びたりっ、びたりっ、と纏わりついた。

 折り鶴の大きな羽が何枚も重なり、陸吾の頑強な身体を覆い隠し、狡の時と同じように、陸吾の姿も、その巨大な折り鶴たちの羽や体によって見えなくなった。


 与次郎が、はっと息を呑み、折り鶴を見た。

 徐々に、陸吾に張り付いた折り鶴たちが、中にいる陸吾を圧迫してゆく。


「────……陸吾様!!」

 与次郎が叫んだ。


 すると、折り鶴たちが陸吾を覆い隠したその隙間から、白い光が少しずつ、ぴかり、ぴかりと、漏れで始めた。


 次の瞬間。


"────────カッ!"


 折り鶴の隙間から突如、白い閃光が放出した。


 折り鶴たちは一斉に、その激しい突風のような閃光によって、りにはじけ飛んだ。


 洞窟内は一瞬で、目も開けていられないほどの、稲光のような閃光に包まれた。

 やがて光が徐々に収まり、そこにいた者の姿を、与次郎はまばゆい光から解放されたその瞳で、しっかりと捉えた。



「────……!」


 与次郎が、金色こんじきに光るその姿を見て、またしても息を呑んだ。



────長く立派な尾が、九本生えている。


 身体つきは虎のようで、毛は金色こんじきにさらさらとなびいており、体長は十尺以上はある。


 太く立派な四肢ししを持ち、鋭い爪、口元はやはり虎のようで、二本の長い牙が生えている。


 目の前に突如現れた、虎のような見事な獣は、しかしその双眸だけは、ただの獣のでは無かった。

 その瞳は、与次郎が知っている、人間の姿をした陸吾のあの力強い眼力と、全く同じであった。



「……もう少し遊ばせてくれよ。

 別嬪べっぴんさんがた



 金色こんじきの毛と九本の長い尾をさらさらとなびかせ、美しい神獣しんじゅうの姿になった陸吾が、力強い眼力を姉妹に向けながら、ゆっくりと、優雅にそう言った。



 その時であった。


 与次郎と陸吾の頭の中に突如、何かの情景が、水が流れるようにすぅーっ……と流れ込んできた。


「……これは……。

 蒼頡か」


 陸吾が、金色の毛並みを美しく輝かせながら、ぼそりとそう呟いた。


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