~後編~





「さて、行くか」



 休み明けの月曜日。帰りのホームルームが終了して放課後になったので、さっそく習慣となっている図書室へと向かう。廊下にはちらほらと複数の生徒が立っており、全体的に夕陽の色に染まっていた。



(……ん、なんだろう。いつもより生徒の声が騒がしい気がする……?)



 まぁいいか、と僕は内心疑問を抱きながらも図書室へと歩みを進めた。


 図書室があるのは高校最上階である三階の西側だ。元々人気ひとけは少なく、きっと今日も図書室には月見さん以外誰もいないだろう。僕は昇り慣れた階段を踏みしめ、軽く疲労を感じながらも三階に到着。図書室の前の扉に立つと、僕は毎度行なっている深呼吸をした。


 すぅー、はぁー………………よしっ。


 僕は扉に手を掛けると、いつもどおり勢いよくスライドさせた。ここにいる月見さんに僕が来たことが分かるように。



「こーんにちはっ、元気に…………!」

「―――相変わらず騒がしい人ね、貴方は」

「………………え?」



 僕は思わず呆けた声をこぼして目を見張る。


 図書室の南側の窓際。夕陽で染まった緋色ひいろ黄金こがねいろの混じった景色を背にして彼女は佇んでいた。


 透明ではない・・・・・・制服姿の月見綺零が・・・・・・・・・



「……ぁ……っ」

「何をはとが散弾銃で撃ち抜かれた様な顔をしているのかしら。これなら鯖顔の方が三倍ほどマシよ?」

「本当に、月見さん……?」

「貴方の目の前にいるこの私が優れた美貌と並外れた頭脳を持つ圧倒的文学美少女、月見つきみ綺零きれいではないと思うのなら、一度眼科へ受診することをお薦めするわ?」

「………………。……っ…………。~~~ッ、………………ふ、くぅぅ…………ッ!」



 耐えようにも耐えきれず、言葉にらない声が咽喉から洩れる。涙腺が崩壊した両目からはぼろぼろと涙がこぼれた。

 何度も何度も両腕で瞳をぐりぐりと擦るも、すぐに彼女の輪郭りんかく曖昧あいまいになる。ぼやけて、戻って、ぼやけて、戻っての繰り返し。


 僕は制服越しに心臓辺りの胸をギュッと掴む。驚愕、喜色、疑問などといった形容し難い何かが胸の内を踊り狂うも、言葉にならない故、それを吐き出すことは出来なかった。


 そして僕の心情を知ってか知らずか、頭に包帯を巻いた彼女はふと思い出したようにこう呟いた。



「あぁ、私としたことが言い忘れていたわ。意識が戻って、久々にこの身体で貴方に会ったらまず言おうとしていた言葉があったのよ」

「………………?」

「―――"ただいま"」

「~~~~~~ッ! "おかえり"!!」



 僕は『大切な人』からの言葉に両手を広げて駆け出す。


 そして僕は、彼女の華奢きゃしゃなその身体を抱きしめようと―――、



「ふんっ」

「ぷぺるっ!?」



 した次の瞬間、ぺしんっ!と勢い良く平手打ちされた。ひどい、両親や朱音あやねおばさんにだってたれたことないのに……っ。おかげで変な声が出ちゃったじゃないか!


 俺は非難の声をあげようとするも、それよりも先に月見さんが口を開いた。



「勝手に感極まったついでにこの私に暑苦しい抱擁ほうようをしようなんて随分と生きの良い鯖顔ね。生臭いのが移るからやめて貰えるかしら?」

「突き刺すような痛み……それにいつもどおりの毒舌で辛辣な言葉……っ。やっぱり月見さんだぁ……!」

「もう一度殴られたいのかしら?」



 冷たい雰囲気を醸し出した彼女がこてんと静かに首を曲げるのを見て、僕は慌てて首を振った。


 月見さんの平手打ちで逆に冷静になれた僕は、今もなおヒリヒリする頬をさすりながら彼女にあることを訊ねた。



「ねぇ月見さん、いつ意識が回復したんだい?」

「土曜日の昼過ぎ……そうね、貴方が病室から出て行った少しあとかしら? 某闇医者風の白衣のお医者様も"これは奇跡だ!!"と私の偉大な生命力に対し手放しで称賛しょうさんして屈服くっぷくしていたわ」

「くっぷく。……………………ん、え、ちょっと待って月見さん。さらっと流したけど、さっき"貴方が病室から出て行った少しあと"って言った?」

「ちっ、勘の良い鯖顔は嫌いだわ」



 その豊満な胸を支えるように腕を組んだ月見さんは、表情を歪めながらそっぽを向いた。いや勘の良い鯖顔て。……あぁなるほど把握、駄洒落ですねこれ。


 でも今はツッコむ場面ではないので今は口を噤みます。はい。


 月見さんは盛大に溜息を吐くと、何処か居心地が悪そうな表情へと変える。そうして億劫そうに僕に話し掛けた。



「はぁ…………。実は私、今まで貴方に嘘をついていたことがあるのよ」

「ん、嘘? っていうか"も"?」

「貴方に見えないよう、この図書室以外にも自由に移動することが出来たの」

「な、なんだってー!?」



 月見さんから言い放たれた衝撃の真実に驚愕する僕。……いやまぁそうだとするとさっき月見さんが言ってた言葉にすごーく納得出来るんですけどね!!


 ん、んー……、そ、そうだとするともしかして…………?



「だ、だとすると月見さん……。もしやキミは今まで僕が病室に行ったとき……、ぐ、具体的に言えば一昨日おとといの土曜日に意識不明状態のキミに話し掛けていた僕の話って…………」

「えぇ、浮きながら窓の外でずっと聞き耳を立てていたわ。意識がなく物言わぬ私に対し、貴方が妙に熱を込めた自分語りをしているところとか、ね?」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉッッ!?」



 口角を上げた彼女からの指摘に僕は思わず頭を抱える。


 は、恥ずかしい……っ。っていうか全部聞かれていたってことだよね!? 月見さんが初恋だとか、告白した後悔だとか、挙句の果てには"いなくならないでくれ"って泣いて懇願したことも全部全部全部!!


 なんてこった(白目)。



「"キミが初恋だったんだ"」

「ぐはっ」

「"僕さ、寂しくないって言ったけど……あれ、嘘なんだ"」

「ぴぎっ」

「"キミまで、いなくならないでくれよ……っ"」

「もう僕のライフはゼロよ……?」

「あぁそういえば貴方、毎日就寝するときベッドの中で長い間もぞもぞしていたわよね? いったいナニをしていたのかしらね?」

「…………(ブクブクブク)」



 もうやめてよぉ! 僕にプライベートは無いのかい!? 死体蹴りしてそんなに楽しいのかい!?


 心なしか肌がつやつやしてる月見さんと、穴があったら今すぐにでも入りたい僕。彼女は一つ息を吐くと僕を見てこう呟いた。



「ふぅ、久々にスッキリしたわ。なにせ身体を動かすのは約一か月ぶり、昨日はスタッフの制止を振り切って病院でたくさん歩行練習したから色々大変だったのよ?因みに今日の放課後に学校へ来た理由は休学届けの解除よ」

「あぁ、だから生徒がざわざわしてたのか……。っていうか回復したばかりなんだからそんな無理しなくても良かったんじゃあ……」

「そんな訳にもいかないわ。悠長ゆうちょうにリハビリをして図書室で小説を読む時間が減るのは嫌だもの。それに………………」

「それに?」



 月見さんはそこで一旦区切ると、その端正な顔を横へぷいっと逸らした。その顔と耳は僅かに赤く染まっていた。



「…………早く貴方に会いたかったの」

「え…………?」

「~~~ッ、もう、慣れない言葉は使うべきじゃないわね……っ。仕方ないわね。いい? これから即席麺そくせきめんが出来るほどのほんの僅かな間、この私月見綺零は素直になるわ。その貧相な耳をかっぽじってこうべを垂れながらよーく聞きなさい?」

「え、あ、はい」



 ビシィッ!と格好良く指を指しながらも、頬を紅潮させながら僕にそう言う月見さん。天邪鬼あまのじゃくである筈の彼女からの唐突な言葉に僕は戸惑いながらも従う。目指すは借りてきた猫。


 そうして次の瞬間、彼女は驚愕の言葉を口にした。



「……私も、初恋だったのよ」

「え、月見さんも!?」

「きっかけは休日はほとんど家で読書をしていたからと、気分転換にカフェで小説を読んでいたときよ。容姿も服装も見掛け倒し、言葉選びもセンスの欠片も無い将来性皆無の男たちが何故か私に言い寄ってきて……びっくりして、怖くて固まっていると、貴方が助けてくれた」

「あ…………!」

「嬉しかったわ。みんなが見て見ぬ振りをする中、貴方だけが傷を負ってまで私を助けてくれた。あのときは貴方が先に店を出てそのまま別れてしまったけれど、私の心にはずっと貴方がいたわ」



 僕は月見さんの告白にじっと耳を傾ける。


 凛とした美少女で『月の女神』とも呼ばれるあの捻くれ者で毒舌しか吐かない彼女が、まさか内心ではそんなことを考えてくれていたとは。あのとき咄嗟に僕の身体が動いてくれて本当に良かった……!



「でもまさか高校まで同じだとは思わなかったわ。他人に興味が無いとはいえ、貴方のような優しい人間が一年の頃から隣のクラスにいたことに気が付かないだなんて……私の方が馬鹿よ」

「月見さん…………」

「貴方から話し掛けてきてくれて、私はとても幸せだったわ。今まで放課後に図書室で読書をするだけでも心は満たされていたけれど…………貴方に出逢って、大好きな貴方と話をする度に私の心はうるおっていった。これが恋なんだって、柄にもなくときめいたりもしたわ。―――そうしてあの日、私は貴方から告白された」

「………………っ!」



 思わず苦いものが込み上げてきて僕は息を呑む。それは月見さんが、意識不明の重体に陥る原因となった僕の告白。



「そんなに悲しい顔をしないで頂戴ちょうだい。私まで泣きそうになるわ。……それに、私もずっと後悔してたの」

「月見さんが、後悔……?」

「―――貴方の愛の告白にすぐに返事出来なかったことを、よ」

「え………っ」

「私が階段から転落してしまったのは貴方から告白されて嬉しいという想いと、後悔で頭がいっぱいだったからよ。"月が綺麗ですね"という言葉が嫌いと言うのも嘘。内心憧れていたし、こう見えて実はロマンチストなのよ? …………幻滅、したでしょう?」

「そ、うなんだ…………」



 月見さんはそう言って俯く。


 僕への初恋を打ち明けている割に、月見さんの表情はとても寂しそうだった。素直になるという彼女のこれまでの数々の言葉は、まるでこれが嘘で覆い隠す私の醜い姿だと言わんばかりの懺悔ざんげのように思えた。


 でもね月見さん、そんなの関係ないよ。だって僕は天邪鬼な月見さんでも、素直な月見さんでも……どんなキミだって大好きなんだからさ!


 ―――だから、もう一度始めよう。



「拝啓、月見さん。月がとても綺麗ですね」

「――――――ッ」



 月見さんは綺麗な黒髪を揺らしながら、バッと俯いていた顔を上げる。その瞳には今にも零れそうな涙が浮かんでいた。


 彼女はギュッとその綺麗な唇を噛み締めると、何かに耐えるように瞳を閉じる。そうしてゆっくりと瞳を開けると、彼女は僕をじっと見つめていた。



「…………ねぇ太陽くん・・・・。私、とても面倒臭い女よ?」

「あ、初めて僕のこと名前で呼んだね? …………そんなこと、とっくに知ってる」

「自分の本当の気持ちさえ満足に伝えられないし、他の女子みたいに魅力的に、積極的に可愛くなれない」

「なら互いの気持ちが分かるまでずっと話をしよう。それに、月見さんは今のままでも十分可愛くて魅力的だよ」

「器量だって良くないし、なんなら太陽くんが他の女子と会話している姿を想像しただけで嫉妬してしまうわ」

「大丈夫、それ僕もだから」



 え、僕なんか月見さんが他の男子と話している姿とか見るだけで軽く死ねますけど何か?


 一瞬だけ闇に呑み込まれかけたけどなんとか無事生還。すぐに僕は煮え切らない様子の月見さんに言葉を促した。



「それで月見さん、そろそろ告白の返事が欲しいワケですが?」

「……そうね、いつまでも貴方の物欲しそうな鯖顔を見ているわけにもいかないでしょうしね?」



 どうやらいつもの天邪鬼な月見さんの様子に戻ったようだ。


 太陽くん、と彼女は僕の名前を読んで言葉を区切ると、柔らかく笑みを浮かべた。



「―――死んでもいいわ」



 僕も、とそう静かに呟くと、彼女をそっと抱き締めたのだった。










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久しぶりに執筆した短編ラブコメ、いかがでしたでしょうか?(/・ω・)/


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拝啓、天邪鬼なクール文学系黒髪美少女の月見さん。月がとても綺麗ですね。 惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】 @potesara55

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