研究の正体
奥に進むにつれて方向感覚がなくなっていく、同じ景色が続けばそうなるよなと思ってしまう。
さらに進むと扉が見えて来た。 遠目に見ても分かるぐらい俺の力では絶対に開くことのない鉄の扉が見える。
「あれをどうやって開けたらいいんだ」
そう呟きながらも俺は歩みを止めない。 そのまま進み続ける。
扉に近づくと扉のふちが赤く光りゴゴゴッと音をたてて開いた。
「自動ドアみたい」
俺は開いた扉を潜りながら言った。
扉を潜り抜けた先には研究施設だった。 ここを見ればほとんどの人が研究施設と言うだろう。
さっきまで走っていたところも研究施設の一部なのだろうが、ここには何に使うのかよくわからない機械や顕微鏡が置かれた机がずらりの並んでいる。
そして、ひと際目を引くのは部屋の中央に置かれた培養液の中にいる少女の姿があった。
「……ノア?」
中の液体が緑色であるためよく見えないがその顔立ちはどこかノアを彷彿させるものだった。
なぜ、ノアの姿をしているのかを考えるのではなく、なぜ、この子がこの培養液の中に入っているのかを考える。
近くにあった机の上に置かれた書類に目を通す。 書類は英語で書かれていたが、何となくだが、一部翻訳することができた。
それに書かれていたのは
「それを見られたのですね」
「……っ!?」
書類を見ることに夢中になりすぎて後ろに立っている男に気づかなかった。
後ろを見るとそこには白衣を着たやせ気味の男が立っていた。 男の特徴はぼさぼさの髪と目の下にできている大きな隈だろう。
「何者だ」
「何者か、う~ん。 それは難しい質問だね。 僕はここの研究員だよ。 名前は……なんだたっけ、まぁいいや。 名無しの権兵衛とでも呼んでくれ」
そう名乗った権兵衛は眠たそうにあくびをしながらそう答えた。
「これに書かれていることは本当の事なのか?」
「ん? 本当だよ。 この人造人間一体造るのに百人近くの人間が必要だ」
「……そうか」
そう答えた俺には、説明できない感情が渦巻いていた。
培養液の中にいる少女をガラス越しになでる。
振り返り後ろでどや顔を決めている権兵衛の鼻っ面をぶん殴る。 そのまま、数歩ほどよろけながら後ろに下がった。
「お前らは! 人の命をなんだと思ってんだよ!」
ここは、人を人と思わない集団、マッドサイエンティストの集まりだ。
この培養液の中にいる少女はノアをモデルとして作られた存在。 自分たちの手で最強の魔導士を造ろうとしている。
読めたのはそこだけ、他にも重要なことが書いてあるだろうが翻訳できたことはそこだけ。
「フグッ、あ~何か君を怒らせることをしたかな?」
殴られた鼻を押さえながらそう言った。
「あぁ、人の命を大切にしないやつは嫌いだね」
「フフッ、子供みたいですね。 僕たちはこの世界をよりよくするためにやっているのですよ」
意味が分からない。 なぜ、人の命を使うことで世界がよりよくなるのかがわからない。
この人造人間がこれから先、どうなるのかは知らないけれども人の命を粗末に使うことだけは俺は許すことができない。
「世界をよくするにはあのお方が絶対だ。 あのお方が、私たちにこの世界よりもいいものを見せてくれるはずです」
「知らねぇよ、お前の言うあのお方がどんな奴か知らない。 でもな、俺はな命を大切にしないやつが大っ嫌いなんだよ!」
「あぁ、そうですか。 あなたには私たちの研究のすばらしさがわかりませんか」
権兵衛はため息をつきながら後ろに下がった。
地面に右手をつけて何かの呪文を唱え始めた。 魔法が完成する前に相手の邪魔をすればその魔法は不発に終わるとノアから聞いている。
だから、俺は邪魔しようと走り出したが、権兵衛に近づくことができなかった。
『切り裂く
俺が走り出してすぐに権兵衛の魔法が完成した。
権兵衛を中心に巨大な魔方陣が展開され、槍の形状になった研究所の床が襲ってきた。 俺は咄嗟に地面を滑った。
それが最善というわけではない。 それよりも、最善という言葉に遠く離れた行動だと思う。
それはそうだ、研究所の地面が襲ってきているのだから。 俺が滑っているのは権兵衛の魔方陣の上、俺の真下から槍の形状になった地面が出てきてもおかしくはない。
そう思ったところで俺がノアからもらったブレスレットが淡い光を帯びた。
それは、突然のことで俺も槍の隙間から見えた権兵衛も驚いていた。
俺は、身に着けていたブレスレットのことを完全に忘れていた。 覚えていればこんな危険な思いもそこまでしなかっただろうに。
淡い光を放っているブレスレットがひときわ強い光を放つと魔方陣が消えた。 消えた、というより俺のつけているブレスレットの中に吸収されたというほうが正しいかもしれない。
そして、何となくだが俺はこのブレスレットに吸収されたものが使えるかもしれない。 今、魔方陣を吸収したときに理解できないものが頭の中に流れ込んできた。
それをなぜか俺は術式と理解できた。 理解できないもののはずなのになぜかそれは理解できた。
「今のなんだ」
「最強の魔導士からの贈り物だ」
そう言って俺は頭の中に流れ込んできた術式をそのまま発動させた。
アラサーと行き倒れ少女 狐火キュウ @kitunebikyu
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