不幸者でいさせて

平 凡蔵。

第1話

大阪の本町にある純喫茶で、大阪独特の濃い目に淹れたコーヒーを飲んでいた。

コーヒーに角砂糖を添えて出す店は、もうこの店ぐらいだろう。

タクミは、いつも1つ余分にもらって、3個入れるのが好きだった。


「さっき地下鉄の階段で、落ちてたガムを踏んだな。まあ、これぐらいなら、マイナス0.5ぐらいか。んでもって、合計したら、うんうん、マイナスの8.5だな。」

そう言ってタクミは、使い込まれた皮のカバーの付いた手帳に、数字を書き込んだ。


タクミは、子供のころから、占いや、不思議なことが大好きだった。

それが高じて新興宗教などにハマったこともあったが、どうも教祖の考えとは違うものを感じて、今は自己流の運命改善法をやっているのだ。


タクミの理論はというと、人の人生は、生まれてから、死ぬまでの、ラッキーなことと、アンラッキーなことを、全部足したら、ゼロになるというものだ。


なので、今は、せっせとアンラッキーの貯金をしているのである。

それは、いずれ老後になって、ラッキーとして返ってくると信じているからだ。


「しかし、あと少しアンラッキーなことが起きないかな。せめて、10点ぐらいマイナスにしておかないと。」

そういって、コーヒーを飲むと、甘い砂糖が口の中に残る。

それを、水で洗い流すのだが、そんなことをするぐらいなら、砂糖1個にしたらいいのにと、いつも、タクミは思いながら、3個入れるのである。


窓の外を見ると、サラリーマンが、車を避けようとして、道路の端に停めてあった自転車にぶつかった。

「誰や、こんなところに自転車停めたやつ。」

そういって、自転車を、足で蹴った。


「あー。アホやなあ。せっかくアンラッキーなことが起こったのに、自転車蹴ってどうするの。あれでプラスマイナス・ゼロになったわ。」

そういって、呆れたように、ため息交じりに笑った。


今どきは流行らない暗めの照明に、クラシックの音楽が、ここだけ昭和の初期から取り残された空間のようで、何か居心地がいい。


そんなことを思っていると、他のテーブルにコーヒーを運ぼうとした店の年配の女性、たぶん、お店の御主人の奥さんだろう、その女性が、タクミの横を通る時に、よろめいてお盆のバランスを崩して、上に乗ったコーヒーカップをタクミの膝に落としたのだ。


「あ、熱つーっ。熱い、熱い。」

思わず、タクミは立ち上がって、ズボンに掛かったコーヒーを、手で払うようにした。

そして、皮膚から剥がすようにズボンを持ち上げて、パタパタと空気を送った。


見ると白いデニムのズボンに、コーヒーのシミが、大きくついている。


その時、タクミは思った。

「おおっ。これはかなりのアンラッキーじゃないか。これだとマイナス10点。いや、もっとだ。20点はいってるな。もうこれだけで、今日のマイナスを稼いだぞ。」


年配の女性は、慌てて、タクミのズボンを、おしぼりで拭いて、「ごめんなさい。ごめんなさい。どうしよう。」とタクミに謝っている。


「あー、いやいや。大丈夫ですよ。そんなに謝らなくてもいいですよ。火傷もしてないし。まあ、ちょっと熱かったけれど、それだけだから。」

タクミは、なるべく点数を稼ごうとして、優しく女性に言った。


「でも、ズボンも汚れてしまったし、あ、ちょっと待ってください。」

そう言って、奥の御主人に相談に行った。


しばらくして、今度は、御主人の方が、「お客様、大変申し訳ありませんでした。火傷とかは、大丈夫ですか。」

「ええ、大丈夫です。もう、気にされないでください。本当に大丈夫ですから。」

そう言って、ニコリと笑って見せた。


「そうですか。でも、ズボンが汚れてしまったので、クリーニング代だけでも、受け取ってください。」

そう言って、封筒を差し出した。


「いやいやいや、そんなことをしてもらったら、困ります。仕事をしていたら、こういうこともありますよ。私も、ときたま失敗するんですよ。だから、奥さんですか?うん、奥さんの気持ちもよく解るんです。やりたくて、やったんじゃないんです。どうぞ、奥さんを叱らないで、この場は、これで終わりにしましょう。」


そう言って、封筒を受け取らないでいると、御主人は、「解りました。この度は、本当に、申し訳ありませんでした。」そう言って、深々と頭を下げた。


タクミは、内心、「ああ、これで今日は、目標達成だ。」とガッツポーズをした。


ご主人と奥さんが、カウンターに戻ると、娘さんだろうか、御主人と奥で話をしだした。


「お父ちゃん、アカン。あれはアカンわ。あれは、クレーマーや。しかも、かなりのクレーマーやで。あたしな、コールセンターでクレーム係りしとったやろ。せやから、解るねん。あれは、きっと3日ぐらいしたら、『おっと、姉ちゃん、あのな、やっぱり医者に診てもろたらな、火傷やって言われてん。かなりの、火傷らしいわ。さあ、どないしてくれる。ええ、どないしてくれるんやっちゅう話や。』みたいに言ってくるに違いないわ。あの顔は、そんな顔してるわ。」

口をゆがめながら、身体を斜めにして揺らしながら、右手を、何か呉れみたいな感じで前に出して、チンピラ風に、説明した。


「ふうん。そうかなあ。そんな風には見えへんけどなあ。それよりも、お前、そのオーバーなジェスチャーは、なんやねん。」

「いや、雰囲気出して喋りたかってん。」


「いや、今どき、そんなやつはおらんやろ。オーバー過ぎるで。」

ご主人が言うと、「アンタは、昔っから、そうやったわ。イチビリやなあ。そういえば、アンタ、小学校の授業参観のときに、、、。」と奥さんが言い出した。


御主人は、それを止めて、「いや、お母さん、今はその話はええねん。あのお客さんのことや。どないする。」

「あたしが、話してくる。」そう言って娘が、クリーニング代の封筒を、パッと父親から取って、タクミの席に行った。


「あのう、先ほどは、うちの親が、大変失礼なことをしまして、大変申し訳ありませんでした。それで、クリーニング代もご辞退されたとこのことですが、それでは、こちらの気持ちが済ません。どうか、お受け取り願えませんでしょうか。」


これまた、厄介な娘が登場したな。

タクミは、どう切り抜けようかと考えていた。


「いや、本当に大丈夫ですよ。」

ただ、それだけ言って、ニコリと笑った。


娘は、思った。

やっぱり、おかしい。何故、笑ったのだ。これは、どうしても受け取らせてみせるよ。それが、クレーム処理のあたしの腕の見せどころじゃない。


「いや、もともと、母親が、お客様の脚にコーヒーをこぼしたのがいけないのです。非は私どもにあるんです。なので受け取ってもらわなければいけません。」


「いや、ミスは誰にでもありますよ。いちいち、それを責めていては、世の中丸く治まりません。ここは、平和に、解決しましょう。お母様も、お父様も、謝ってくれたことだし。」

タクミは、そう言いながら、この娘が、タダ物ではないことを感じていた。


「いえいえ、こんなミスは、喫茶店では許されません。許されるミスと、許されないミスがあるんです。医者が、手術を失敗するなんて許されないことですよね。それと同じなんです。喫茶店で、コーヒーをお客様に掛けてしまうなんてことは、許されないミスなんです。なので、普通のミスじゃなくて、許されないミスなんです。なので、受け取ってもらわないと、いけないものなんです。」


この娘、なかなか手ごわいぞと、タクミは椅子に座り直して、少しテンションをあげて説明をした。


「いや、その説明は、ごもっとも。さすが、昔からやっている喫茶店ですね。ちゃんとした接客で、しかも、礼儀正しい娘さんですね。ご主人も、さぞかし誇りに思ってらっしゃるんじゃないですか。でもね、今回の事は違うんですよ。奥さんのミスじゃない。ほら、見てください。このテーブルね、ここから私の脚がね、ほら、通路に出ちゃってるでしょ。もし、私の脚が、通路にはみ出てなくて、こう真っすぐにしてたらね、それは、ひょっとしたら、奥さんのミスって言えるかもしれません。でも、この脚がね、ほら、通路に、いやあ、私の脚が長いせいかな。あはは。いや、こんな冗談言ってる場合じゃないですよね。真剣に話している時にね。でもね、ほら脚が出ちゃってるから、言ってみれば私のミスなんです。なので、本当なら、私が奥さんに謝らなければいけないところなんですよ。あ、今からでも遅くないな。あ、奥さん、ごめんなさい。私の脚が出てたばっかりに、奥さんを引っかけることになっちゃって。そんな訳で、クリーニング代は、受け取る訳にはいかないんです。本当に、ごめんなさい。」

そう言いながら、タクミは、自分の脚を、パンパンと叩きながら、そして、母親に謝る時は、ややオネエ風に合掌してみせたりした。


それを、父親と母親がカウンターから見ている。

「あのお客さんも、なんか、変なジェスチャーするようになってきたで。大丈夫かな。」

父親が言った。

すると、「ちょっと見て、ほらあの子も変なジェスチャーしてない?」と母親が、父親に言った。


見ると、娘が、身体をクネクネさせて、歩く仕草をしている。

何をしているのかと見たら、今度は、身体を、90度横に倒して、「クキッ、クキッ。」と言いだしたではないか。


娘がタクミに説明をしていた。

「本当ですね。お客様のおみ足、本当に、シュッと長いですね。素敵でございます。その長いおみ足がテーブルから出ていたとのこと、いや、それも当店のミスでございます。普通なら、カウンターから、こうストーンと真っすぐにね、動線を伸ばさなきゃいけないところなのでございます。でも、何しろこんな手狭な喫茶店でしょ。カウンターからこう伸ばした動線を、ここで、ほら、お客様のところで、ちょうど、クキッとね、ほらこう、クキッと曲げなきゃいけなかったんです。そうすると、私の様に若いものでしたら、こんな具合に、ほらモンローウォークみたいでしょ、そんな歩き方で、ここをクキッと曲がれるんですが、何分、母親は、年齢もありますし、ここをこう、クキッと曲がれなかったんです。すべて、私どもの店の設計ミス。非は私どもにあります。」

言った後も、娘は、身体をクネクネさせている。


「ちょっと、あの子、まだ身体クネクネさせてるで。いや、恥ずかしいわ。あんな子に育てたつもりないんやけどな。」そう母親が言った。

すると、「そやけど、あのお客さん、あの子がクネクネしてるのジッと見てるで。いや、あれ変態ちゃうか。何か変な事想像して、クネクネ見てるんちゃうか。お父ちゃん、心配やで。」と父親が言った。


タクミは、娘のクネクネにポッとなりながらも、これはマズいことになったなと感じていた。

どうして、この娘は、ここまでクリーニング代を渡すことに執着しているのか。

不可解だ。

被害に遭ったこっちが、クリーニング代は要らないといっているのだ。

それを無理やり受け取らせようとしている。

しかも、身体をクネクネさせてまでだ。

いや、そのクネクネが、これまた、うん、色っぽい。

独身なのかな。

彼氏はどうだ。

よく見ると中々可愛いじゃないか。

いや、こんな女は、付き合いだすと、或いは、厄介な彼女になるだろうな。

そんなことを、娘のクネクネを見て思っていた。

いや、娘に見とれている場合じゃない。

この話し合いは、絶対に負けられないのだ。


すると、娘が更に続ける。

「ええ、解りました。クリーニング代として、2000円をご用意したのですが、それでお客様が、御負担に感じるのなら、せめて、1000円だけでも、受け取っていただけないでしょうか。」

これは、始めに大きな要求をして、その後に、軽るい目の要求をする事で、相手を断りにくくするという心理学で有名なドア・イン・ザ・フェイスという手法だ。

娘は、こころの中でニヤリと笑った。


これはマズいと、タクミは思った。

この娘、やはりタダモノではないな。


数秒考えた後に、タクミは急に立ち上がって、パーンと手を叩き満面の笑みを浮かべてみせながら、「芸術は、バクダンだ!」と叫んだ。

本当は、岡本太郎さんの、芸術は、爆発だと言いたかったのだが、間違ってしまったのだ。


「爆弾?」娘が、驚いて言った。


タクミは、娘の驚いた顔を見て、シメタと思った。

「うーん。ほいほい。うーん、ほい。」変なメロディに乗せて歌いだした。


「うーん、ほいほい?」と娘は、あっけに取られて呟く。


「あ、ごめんなさい。僕はね、実は、芸術家なんだ。それで、新しいアイデアが見つかると、ついついね、こう『うーん、ほいほい。』って歌っちゃうんだよね。ほら、このシミを見てみるといい、ああ、実に素晴らしい。これが偶然の美というものなんだな。人が考えても表現できない美。ああ、これが芸術だ。あははは。いや、しかーし、これだけでは、不十分だ。何か足りない、何だ。何が足りないんだ。あ、君解るか。」


そう突然言われて、娘は、答えられなかった。

ただ、タクミの様子に驚いて、首を左右に振るだけだ。


タクミは続ける。

「そうだろうな。芸術家の考えは、一般の人には理解できないものだ。それは解らなくて仕方がないよ。何しろ爆発だからね。バーンだ。バーン。解った!このシミに足りないものが分かったぞ。君、解るか。」


「いえ、解りません。」娘は、ドキドキしながら言った。


「ああ、そうやったな。さっき聞いたな。ごめんやで。2回聞いて。あ、2回あることは3回あるって思った?いや、そんな冗談は、今は置いておこ。さっきの話や。このシミは偶然にできた偶然の美や。どうや美しいやろ。うん、実にいい。でも、偶然だけでは、つまらないんだ。そこに人間の手が加えられなきゃ、人間の芸術とは言えない。そうだろ?だから、ここに人間の手を加えるんだ。それで、このズボンのシミの芸術が完成するんだ。うーん、ほいほい。」

そう言ったかと思うと、急にカウンターまで行って、サイホンの残りのコーヒーを手に持って、また娘のところに戻り、そのコーヒーを、ズボンや身体に掛けだした。


「あ、熱い、ああ、熱い。うーん、ほいほい。あ、あつつつ、熱い。うーん、ほいほい。」

見ると、タクミのズボンも、シャツも、コーヒーで茶色く染まっていく。


そして、タクミは満面の笑みを浮かべて言った。

「これで、偶然と人間の意思の融合した芸術が完成したんだ。ありがとう。」

そういって、娘に手を差し出した。


娘は、思った。

これはアカン。ちょっとやばいな。これはクレーマー以上や。

頭のネジ1本抜けとるやないか。

これ以上、付き合ったら、このお店のお客が逃げてしまう。

もう、あたしのクレーム処理係の意地は、どうでもいい。


「わ、解りました。お客様の言うとおりにいたします。」

そう言って、カウンターに逃げて帰った。

タクミは勝ったと思った。


「お前、大丈夫か。それにしても、あのお客に、言い負けたみたいやな。」父親の言葉に、娘が言った。

「いや、あたしが、負けてあげたんや。」


その言葉を聞いて、タクミはハッとなった。

「負けてあげた。」と言ったな。

それは、聞き捨てならない言葉だ。


彼女が負けてあげたということは、それは、言い換えると、自分が負けて貰ったということになる。

負けて貰った、、、、。

つまりは、相手の好意で、自分が勝たせてもらったということになる。

ということは、自分が娘に、お願いをきいてもらったということだ

ということは、ということは、自分がラッキーだったということとになってしまうじゃないか。


そんなことがあっていいのか。

タクミは、焦った。

コーヒーを掛けられたのにもかかわらず、タクミがラッキーだったということになるのである。


どうしたらいいんだ。

タクミは、腕組みをして、貧乏ゆすりをして、考えていた。

折角の20点のマイナスを取り戻さなければ。


そして、大きく息を吸って、天井を見上げた瞬間、ハッとして、急に表情が明るくなった。

タクミは、解決策を思いついたのだ。


勢いよく立ち上がって、入口のレジに向かって颯爽と歩いて行ったかと思うと、1000円札をポンと置いて、「ありがとう。」と言った。

そして、レジに向かって歩いて来る娘に向かって、「さっきのクリーニング代の勝負。僕が、あなたに負けて貰った、、、ということにしてあげますね。」

そういって、急いでドアを開けて店を出た。


タクミは、満面の笑みで走った。

負けて貰ったと、ここまでは、僕の負けだ。

でも、負けて貰ったということにしてあげますね、と言った瞬間、僕が好意で娘に花を持たせてあげたことになる。

つまりは、僕がアンラッキーで、娘が僕に、負けて貰ったことにしてもらったんだから、詰まりは、お願いを聞いてもらったんだから、ラッキーということになるんだ。

そんな理屈を、走りながら、再度頭の中で確認をしていた。

「どうだ、参ったか。」


タクミは、娘に後ろから、「負けてあげた、ことにしてもらった、ということに、してあげますね。」なんて、言葉を掛けられないように、ダッシュで走った。


「あはははは。あはははは。どうだ、マイナス20点だ!」


すると、タクミの耳に「キーッ」という音が聞こえて、「ドーン」という衝撃とともに、タクミ自身が、5メートルぐらい飛ばされているのを感じた。

空中で、スローモーションのように見える映像。


道の横から出て来た車にはねられたことを、冷静に知った。

「これって、マイナス100点はいくよね。」

薄らぐ意識の中で、タクミは考えていた。


驚いて喫茶店の娘と御主人夫婦が走って来た。

「なんや、この人、笑ってるで。気持ち悪いわあ。」奥さんが言った。

「死んでるんか。いや、息はしてるな。そやけど、笑ってるがな。ひょっとして娘のクネクネまた思いだしてるんちゃうか。気持ち悪いやつやな。ほんま。」父親が言った。


そして、娘がタクミの耳元で、「負けてあげた、ことにしてもらった、、、ことにしてあげますね。」そう言って、クリーニング代を、そっと胸のポケットに差し込んだ。

その勝ち誇ったような娘の顔が、ぼんやりと見える。


遠のく意識の中では、これに反する言葉が思いつかない

しかし、車にはねられたんだ。

クリーニング代をもらってしまうことになったプラスの何倍もマイナスを稼いだんだ。

これって、マイナス1000点はいっただろう。


すると、タクミの耳に、コツコツとコンクリートに響く音が聞こえてくる。

倒れているタクミの目に、7センチの赤いヒールが見えた。

運転手が、タクミに近づいてきたのだ。


目の前に、若い女性が来て、座ってタクミの顔を覗き込んでいる。

タイトなニットのワンピースが可愛い女の子だ。

ロングヘア―が、サラリとタクミの顔に掛かった時に、タクミはジャスミンの香をかいだ。

全身に痛みを感じたが、何故か幸せを感じた。


すると、若い女の運転手が言った。

「大丈夫ですか。あなたが急に飛び出してきたのよ。あなたのせいで、私はあなたを轢いてしまったのよ。ああ、なんて、あたしは、アンラッキーなの。」

タクミは、その言葉を、ぼんやりと聞いていた。

運転手が、アンラッキー。

じゃ、僕は、ラッキーなのか、、、。

ああ、どれだけのラッキーなのだろうか。

そうだ、1000点のラッキーだったか。


それにしても、可愛い女の子だ。

こんな可愛い子と巡り合えるなんて、なんてラッキーなんだ。

いや、ラッキーだなんて、考えちゃいけない。

必死で、その考えをタクミは、こころの中で否定した。


女の子は、タクミの様子を上から覗き込んでいる。

もう一度、女の子の髪のジャスミンの香をかいでみたかった。

そんな願いに神様が答えてくれたのか、ゆるやかな風が吹き抜けて、タクミの鼻孔にジャスミンの香が漂った。


「ラッキーだなあ。」

思わずタクミが呟いた。

そして、満面の笑みで意識を失ったのである。

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不幸者でいさせて 平 凡蔵。 @tairabonzou

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