第4話 そして……
いよいよ予告の日が来ました。天文台は一段と騒がしくなり、空は飛行機が飛び交っています。
とある研究室の一角では、特に大きな喧噪が沸き起こっていました。
「国からの許可は出ている。何故あの部屋に通さない。レヴィアンは、怪盗が、既にあの部屋にいるということは明白なんだ」
「アレと引き合わせるのは危険すぎるのです。いつ、どこで、どんな奇跡が起きるのか予測できない以上、素人と引き合わせるわけには参りません」
「いくら危険だからって、万が一あの怪盗が盗んでいったりしたら更に大変なことになるんだぞ。研究者ならそれくらい分かるだろう」
「ご安心を。素人の怪盗ごときにアレが扱えるはずありませぬ。もし接触したとしても決して外には出せません。長年保管してきた我々を侮らないでいただきたいものですな」
結局突入許可が下りず、もどかしい気持ちを抱えたままウィンストン警部は部屋を出ました。怪盗レヴィアンを追いかけ続けて早7年。誰よりも怪盗のことを知っている自負がありました。忍び込み方、隠れる場所、変装術、そして、相手に『魔導』の心得があることも……。
警部は、人目を忍んで調査を続けた結果、室長が頑なに入れようとしなかった秘密の部屋には、「少女」がいるということが分かりました。そして怪盗が、現在少女の部屋に潜んでいることは見抜いています。そして、恐らく上から脱出しようとすることも。
7年も付き合っていれば、それくらい分かるのです。問題は、研究室が想像以上に「少女」を隠したがっていること、おかげでレヴィアンが隠れている部屋に入ることができないことでした。あの部屋に入る許可さえ下りれば、すぐに解決するのです。
とはいえ、策はいくつも練っておくもの。天文台に張り付いてから3日間、なんとか突入する方法を探しつづけました。
警部は、少女がいる部屋に向かいました。そこには1人の女性が待っています。
彼女は、「少女」の教育係。ほぼ唯一「少女」に接触できる存在。彼は教育係に目をつけ、話し合っておいたのです。
「やあ、お待たせいたしました。やはり研究室長の許可は降りませんでした」
「そうでしたか」
「非常に心苦しいですが、打ち合わせ通りお願いできますかな。貴方は月の天文台研究室の掟に背いたことになってしまいますが……」
「構いません。私はもう……あの子を失うわけにはいかないのです」
女性は勢いよく扉を開けました。警部も続きます。
誰も居ません。机の下やクローゼットの中を見て回ります。探しながら、警部は女性に話しかけました。気になることがあったのです。
「ところで、1つ伺っても良いですかな。何故、天文台が幼い子を住まわせているのかね。しかも隠したがっているときた」
「……答える必要があるのでしょうか」
「無理にとは言わないが。奴が人さらいなんて初めてだから、妙だと思いましてね」
2人の間に、長い、長い沈黙が訪れました。女性は迷っていたのです。天文台に関係のない人に、秘密を話すべきかどうかを。女性は悩みに悩んだ後、ついに打ち明ける決心をしました。
「そうですか。……仕方ありません。お話しましょう。あの子には、特別な力があります。きっと怪盗レヴィアンはその力を狙っているのです」
「特別な力というのは?」
「申し訳ありません。それ以上はちょっと」
「……そうか」
と答えた警部は腕を組み、暫しの間考え込みました。どうも納得がいかないのです。詳しく話せないのはまあ、仕方のないことです。彼女も研究所の人間ですから。
警部がそれより訝しく思ったのは、力を狙っているという部分です。怪盗がこれまで盗んできた物は、キツネの剥製、死骸、星の力を蓄積するための鉱物、本などでした。決して一般的に価値のあるものではないのです。警部はにらんでいました。盗まれた物には共通点があると。彼女の持つ、力とやら以外の価値が。
ところで、部屋の中には、人の気配が全くしません。中にいると確信していた警部か肩を落とします。
「隣にも部屋があります。私もほとんど入ったことがないのですが」
女性が淡々と言いました。少女が眠っているときは、月の力が不安定になりやすいと考えられていましたのです。警部と女性は、寝室へと突入します。
部屋はもぬけの殻でした。探している間か、その前か。怪盗は既に動いていました。
「クソッ。遅かったか。急いでください。奴は上です」
「そんなに慌てなくても、結界がありますから。……あら、でも、今日は確か…………まさか! 急がないと」
警部と女性は、全速力で天文台を貫く螺旋階段を駆け上がりました。
いつの間にか、日が沈み、月が昇り始めて居ました。頂上にいるレヴィアンは、怯える少女を抱えながら、小型飛行機に乗った警官と相対しています。
レヴィアンはレヴィアンで飛行機の風圧に負けないよう必死でしたが、警官も目と鼻の先にいる怪盗にあと一歩のところで届かず試行錯誤を繰り返していました。
幸い晴れているため、屋根は開いていましたが、真ん中に置いてある望遠鏡が邪魔で、飛行機を近づけることができないのです。
警察が器物破損なんて笑えません。しかも、国を支える天文台の望遠鏡なのです。
怪盗の胸元でうずくまっていた少女が、顔を上げると、さっきまで満月だった月が、欠けています。目をこすって見直しても、やはり欠けています。しかも、段々月がやせ細っていくような気がするのです。少女はなんだか怖くなってきて、怪盗の服をギュッと掴みます。
「ねえ、月がおかしいよ。どんどん小さくなってる」
怪盗も月を見ると、不敵な笑みを浮かべました。
「ああ、もうこんなに。もうすぐ街へ行けるね」
「こんなに囲まれているのに? それに、この前、出られなかったじゃない」
この天文台には、強力な結界が張ってあり、少女が出られないようになっていたのです。
「大丈夫。怪盗レヴィアンに不可能は無いのさ」
欠けてゆく月、暗くなってゆく街。頭が割れるような、飛行機の音。
それをかき消すほどの怒鳴り声。
「見つけたぞ、怪盗レヴィアン! 今度こそお前を逮捕する!」
ウィンストン警部が到着したのです。近づく警部と女性。後ずさる怪盗。更に警部が追い詰めます。
「やあ、警部。久しぶりだね。この前のニュース見させて貰ったよ。相変わらず人気者で羨ましいことだ」
怪盗は務めて余裕のある口ぶりで話しかけます。警部はそんな挨拶を無視して怪盗を問い詰めます。
「見損なったぞ。まさか、幼子を誘拐するなんてな。私にも息子がいるんだ。見過ごすわけにはいかん」
「この子は特別な子どもなのだよ」
強い風にも負けず、警部が一歩、また一歩進み出る。
「そんなことは知らん。私にとっては息子が何より大切で、特別な子だからな。ともかく、盗みを許す訳にはいかん。お前は一体、何を考えている。何の為にこんなことを繰り返しているんだ」
柵を登る。近づく警部と飛行機。あと少し、少しで動きを止めることができるのに。
「答えろ!」
「……さあ? まだ、その時ではないのでね。――数多に煌めく星々よ、月を照らせし太陽よ……」
柵の上に立つ怪盗。揺らぎ、壊れてゆく透明の壁。
「そうだ、今は、フェスティバルの季節だったね。折角だから、私なんか追いかけていないで、息子さんと楽しく過ごしてくれたまえよ。本当に大切だと言うのなら」
呆気に取られる警部。咄嗟に少女へ手を伸ばす女性。
少女に手は届かない。彼女の頬に触れたのは、白い手袋。
「先生、またどこかで」
耳元で囁く声は、どこか懐かしくて。
「――貴方は、レリ……どうして……」
背中から落ちてゆく2人の影。月はすっかり闇に隠されて。
――――浮かび上がった赤い月
突如、落ちてゆく2人を包み込むように、強い風が巻き起こりました。風に乗って、遠くへ、遠くへと運ばれてゆきます。もはや飛行機でさえ、追いつくことはできません。
2人は渡り鳥のように、山を越え、川を越え、満点の星空を飛んでゆきました。視線の先に、灯りのともった街が見えてきました。
少女の瞳は、満月のような輝きを放っていました。
* * *
突風の激しさで、飛んでゆく2人の姿を見た人はほとんどいなかったようです。
おかげさまで、国の人達はまたもやレヴィアンが何を盗んでいったのか、分からずじまいでした。
* * *
月の天文台から遠く離れた街では、お祭りが行われていました。
流れる笛の音、響く歌声、色とりどりのアーチ。旗を振り、槍をあげ、アメジストの酒に酔いしれた人々のパレード。誰もが歓喜を迸らせています。
パレードを眺めながらのんびり歩く2人も同じでした。2人とも綺麗なドレスを身に纏っていて、端から見れば、ごく普通の親子です。
小さな子どもと大人が手を繋いで歩いています。子どもは反対側の手に赤い風船を持っていました。風船には、リンデルの街の名産品である薔薇が描かれています。
「ねえ、レヴィアンお姉ちゃん。あれ食べたい」
少女は1つの屋台を指さして言いました。美味しそうなワッフルが焼かれています。
「仰せの通りに。今日はフェスティバルだからね、ルイーズ」
おわり
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怪盗レヴィアンと月の王女様 かめさん @camesam
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