Delinquent-09


「ほらプス! 見てごらん!」


 私は地面に落ちていたレーザーポインターのスイッチをONにし、赤い点を浮かび上がらせた。プスが顔を上げ、目をまんまるにして首を動かす。


 良かった、プスが点を追ってる!


「ほらほら! これもあるよ、コロコロって転がるよ!」


 シールテープを上手く転がして見せると、プスはそれにも興味を示し、姿勢を低くした。


「プス! おいで!」


 プスは私の呼びかけに反応してくれた。車輪のように転がったシールテープがパタリと倒れると、プスは前足で突いたり叩いたりでその場を動かない。


「ディヴィッド!」


 私が何をしようとしているか、ディヴィッドが気付いてくれたら……!


 振り向いた時、ふとディヴィッドと目があった気がした。どちらも同じ死神装束だけれど、そのシルエットの違いくらい見分けられる。恰好が同じだからって侮らないで欲しい。


 ただ、ディヴィッドは善戦しているとは言い難かった。悪魔を私の傍に誘導するどころか、攻撃を防ぐだけで精いっぱい。


 出会った頃、ディヴィッドは大学生まで陸上部だったと言ってた。確かに足も速いしジャンプ力もある。運動神経がいい人だなと思ってた。


 だけど、彼は「走る以外の運動が壊滅的に駄目だから、陸上部に入った」って言ってたっけ。

 そんなディヴィッドが、こんなフェンシングだかベースボールだか……草刈りだか分かんない事、出来る訳がない。


 時折見える悪魔の大きな手と長く鋭い爪は、きっと悪魔の本来の姿のものだと思う。ハッキリ言って怖い。

 あんなの、運動神経が良くたって怖くてまともに相手出来ないよ。


「どうしよ! 何かできないかな……キャー危ない!」


 悪魔の長い爪がディヴィッドの腕を掠った。袖を切り裂かれたのか、真っ黒な腕が見えている。悪魔はやっぱりディヴィッドを傷つけようとしているんだ。


「こいつっ! くたばれフルフル!」


 私はその辺に落ちてる石を拾い、悪魔に向かって投げた。でも私の手を離れた石は悪魔に当たる事もなく、川岸の茂みへと吸い込まれていく。


 そう、私も学生時代、陸上部だった。


 何度か投げたものの、やっと当たった1投も悪魔の体をすり抜けてしまう。完全に無駄。


「あーんもう! ディヴィッド!」


 私の手が届かない所で激しくぶつかり合う2人。私の投石も効果がない。成す術なし……かと思ったら、石を投げられるのは嫌だったのか、悪魔がこちらに右手を伸ばそうとした。


 遠いから私が掴まれる事はない。でも咄嗟に身構えた私に伸ばされた手は、私を掴むためじゃなかったらしい。

 反射的に目を瞑った私は、瞼越しの閃光を見る事になった。


 その体感1秒後にまた雷が鳴り、空気が音によって引き裂かれる。


「キャーッ!」

『黙って指でもくわえてろ!』

「最低! こいつ私が怖がってるのをキャーッ!」


 立て続けの雷に、私はもう立っていられなかった。プスも気が動転しているのか、その場で背筋を伸ばしたまま座り、微動だに出来ていない。


『ハッハッハ! 待ってろ、すぐにコイツの首を切り裂い……』

「やっ……」


 悪魔は怖がる私をからかうため、一瞬気が緩んだんだと思う。そんな悪魔の肘から先にディヴィッドが振った鎌の先が当たった。


 悪魔の腕は……私の方へと飛んですぐ足元に落ちた。


「うっ、グロすぎる……でぃ、ディヴィ……」

『貴様ァ……よくも』


 腕が切り落とされた事が信じられないのか、悪魔の動きは一瞬止まっていた。でも、腕を切り落としたディヴィッドの動きも止まってる。


「でぃ、ディヴィッド! 次!」

『……あ、ああ!』

「すごい、その調子! 首ちょんぱ!」

『……実はさっき首を狙ったんだ!』


 まぐれ、って事ね。まあ、結果オーライ。


 ディヴィッドは我に返った悪魔に再び鎌を振り上げる。だけど大振り過ぎたのか、その一振りは躱されてしまい、後ろに回り込まれてしまった。


「ディヴィッド逃げて! こっちに!」


 ディヴィッドは悪魔の左手による一撃を喰らいながらも、なんとかこっちへ来た。私の足元には悪魔の片腕。


『オレノ……ウデヲ!』


 フルフルの口調が変わった。余裕を演じる事が出来なくなったんだ。私は急いで腕を持ち上げた。


「うえぇぇやだ指動いてる! まともに見れない!」

『カエセェェェッ!』

「気持ちわるっ、やだこれどうしよう!?」

『俺が預かる!』


 ディヴィッドが悪魔を躱し、悪魔は腕を取り返そうと追いかけまわす。投げたり振り回したりしなければ、ディヴィッドはとても頼もしい。


『ジュリア!』


 大雨じゃなければ、何事かと駆け寄ってくる人がいたかも。ホームレスも見かけないし、幸か不幸か誰も通りすがる気配はない。


 だから誰も助けてはくれないけれど、おかげでパニクる私を見られずに済む。なんて思っていたら、また私の目の前に悪魔の腕が落ちた。


「な、なに……キャーッ! な、何してんの!?」

『腕を! 早く!』

『バカめ』


 悪魔がディヴィッドを追い回すのを止め、こっちへと飛んできた。その後ろでディヴィッドが鎌を振ったけど、盛大に空振り。


「ちょっと何し……」


 私は地面に落ちた悪魔の腕を軽く蹴った。その先には、シールテープが描いた直線。


「あっ、そういう、こと」


 私が移動すれば、プスに繋がるリードで三角形の角を作れる!

 あと1本引くことが出来れば!


 悪魔は多分、腕しか見ていない。

 まだ気付いていない?


 ギリギリまで引き付けて、私はプスのリードが白い直線と交わるように移動。

 腕を掴んだ瞬間、レーザーポインターで三角を作る!


 これしかない。空振りしたディヴィッドはまだ追いついていない。


『貴様ァ、オレノウデヲ』

「きゃ、きゃああーたいへぇん! どうしよう私、これは大ピンチだわあ」


 成す術など何もないかのように振る舞い、わざと避けるような素振りも見せる!


 悪魔には今、片腕しかない。腕を拾うか私を殴るか、どちらかを選ぶとすれば、きっと腕を選ぶ。


「今だっ!」


 悪魔が腕を拾った。私はレーザーポインターのスイッチを押す。その瞬間、悪魔は意図に気付いて自分の腕を落としてしまったけど、構わず飛び去ろうとした。


 逃がさない!


「これでどう!?」

『キ、貴様ァァァ!』


 飛び去ろうとした悪魔が、何か見えない壁にぶつかった。そのまま硬直し動かない。心なしか、悪魔の見た目が漆黒から灰色に変わった気がする。


『ジュリア、よくやった!』

「や、やった……」


 悪魔は地面に作り出した三角形に囲まれている。正三角形かどうかは分からないけれど、動きを封じる事は出来た。


 悪魔は一言も話さない。

 顔も前を向いたまま、足元にいる私を見ているかも分からない。成功したのかな、それとも……演技?


 とにかく、悩んでる暇はない。


「ディヴィッド、こいつに質問を!」

『……お前は悪魔だな』

『その通りだ』

『フルフルという名だな』

『その通りだ』

『描かれた三角形の中で真実を語るか』

『勿論だ、我は今、真実のみを語る存在』


 微動だにしない悪魔から、声だけ発せられている。これは成功……だよね?

 雨は上がり、あんなに暗かった周囲がいつの間にか明るさを取り戻している。


『一番大切な人の魂を刈った俺はどうなる』

『新たな悪魔となる』


 新たな悪魔……目覚めないどころか、悪しき存在に? そんな事は絶対にさせない!

 この質問で、全てを終わらせる。


「どうしたらディヴィッドは目覚める事が出来るの!?」

『刈った魂を持ち主に返せばいい』

「どうやって戻すの!」


 口調が穏やかになったせいか、のんびりとした受け答えがもどかしい。


『持ち主の……貴様ァ、オレに何を言わせた』

「えっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る