Delinquent-08



 私とディヴィッドは固まってしまった。まさか、最初から私達の事を知っていたなんて。悪魔は私達の作戦も知った上でここにいるんだわ。


「……何で私の事を知ってるの?」

『さあねえ。僕を退治しようと画策していたようだけれど、三角の魔法陣は用意できたのかい?』

『そこまで把握済みか』

「ああ。君がこの女の魂を握っている事も分かっているとも。さあ、渡してもらおう』


 悪魔の顔は分からない。だけどニヤッとしたであろう声色に背筋が凍った。


 やっぱり駄目なの?

 ディヴィッドが生き返る術は、もうないの?


 生憎、悪魔と対峙している周囲には角がない。メジャーやレーザーポインターじゃ三角形を作れない。


 どうすれば……いや、待って。


「……そこまでバレてるなら仕方がないわね。三角形描くから、入ってみてよ」

『従う義理はないね』

「そう? この辺りで死神を見掛けなくなった理由は知ってるでしょう? 私達を野放しにすると、死神に真実が広まるわ」

『……悪魔を脅すとは、怖いもの知らずだねえ』

「あら、悪魔である事は認めるのね。三角形も怖いみたいだし、あなたの弱点、死神のからくり、全てを残りの日数で遠くの死神にも伝えるわ」

『お好きにどうぞ。死神がゼロになれば、また誰かを死神にさせてやり直すだけさ。最初の1人に事実を教えられるかい』


 確かに、今いる死神の蛮行は止められるかもしれない。悪魔は苦悩を見られなくなる。

 でも全員50日を迎えた時、その後に死神にされた最初の誰かは、それを教えてくれる人がいない状態。


 仮に今生きている人に向けて発信するとしても、悪魔の嘘に騙されるなとSNSやブログに綴ったところで誰が信じる?

 情報はどこまで広がる?


『まったく、悪魔を前にして考え事とはねえ。度胸があるか馬鹿なのか』

「じゃあ私に負けたら馬鹿にも負ける意気地なし悪魔って事ね。こっちは魂を刈る必要がない事、記憶をなくす事、あなたが悪魔である事、あなたの名前がフルフルである事。考えた事で色々分かったわ」

『その名を口にするな!』


 飄々としていた悪魔が急に怒鳴った。空気がビリビリと鳴り、プスが驚いて私のバッグの中に。

 心なしか辺りも暗くなったようで、気付けば雨も降り始めていた。


「プス、大丈夫だからね」


 ここで怯んじゃいけない。

 私を目の前にして、悪魔は私を殺そうとも、憑りつこうともしていない。ディヴィッドにも手出しをしない。おそらく、何らかの理由で私を襲えないんだわ。


 誰かを死神にする事が出来るのなら、人に干渉出来るって事。少なからず私達は悪魔にとって目障りな存在。

 私もディヴィッドも覚悟を決めてここにいるのだし、今は苦悩していない。それなのに襲わないなんておかしいよね。


「……成程ね。あなた、死神を作り出す時の制約があるんでしょう」

『魂を二重に刈る事は出来ない、魂を持っている死神は襲えない、そんな所か』

『無意味な推測は幾らでもすればいい』

「そう? 嘘つきなあなたが言うなら、無意味じゃないって事でいいかしら」


 今までの会話から、悪魔は感情が高ぶるとボロを出す。もっと挑発してもいいかもしれない。


「それと、私達が傍にいるせいで、こんな小さくてか弱いプスさえも襲えないのよね。悔しかったら私達を始末してみれば?」

『……』

「あなたの怒りが強くなった後、空も暗くなって雨も降って来たみたいだけど。砂漠に行けば歓迎してくれるかもよ、雨の神様だ! ってね」

『僕を神などと同列に扱うな! 貴様許さないぞ』

「今までにあなたから何かを許してもらった覚えはないわ、フルフルさん」


 悪魔はフルフルで間違いない。名前を呼ばれて激昂した後、明らかに悪魔の雰囲気が変わった。死神の偽装を剥ぎ取られたよう。

 悪魔って人に憑依するはずよね、害を成すはずよね。


 もしかして魂を抜くという害を成してしまって、その他の害を追加できないとか?


『俺達に強く出られる立場か?』

『貴様らこそ、もうじき泣くことになるさ。僕がここを去れば、貴様らはもう成す術もない』

「まるで成す術があるかのようね」


 悪魔も、まさかこんな無職女に挑発されるとは思ってなかったでしょうね。悪魔が着ている死神服は小刻みに震えている。

 怒ってるのか、それとも可笑しくて笑いを堪えているのか。


『僕を愚弄するのもそこまでだ! 貴様が雷を恐れているのは分かっている!』


 悪魔がそう叫ぶと、周囲に閃光が走った。

 その僅か1,2秒後、空気が避けたような爆音が響く。


 それが雷だと把握するよりも前に、私はパニックを起こしていた。


「きゃあああっ!」

『……こいつ、雷を落としやがった』


 傘とバッグを落としてしまったのは分かった。中身が幾つか零れたのも分かった。だけど拾おうにも体が動かない。


「や、やだやだ」

『ジュリア落ち着け。頭上で車の急ブレーキ音が聞こえたけど、この付近が帯電している様子もないから』


 ディヴィッドが落ち着かせようと声をかけてくれている。それが分かって震える手を見つめていると、悪魔が高笑いで私を蔑んだ。


『こりゃ愉快だ! 雷を落とせばここまで怖がってくれるのかい? 死神なんて回りくどい事をしなくても貴様にはこれで十分だな! ほら、三角でも魔法陣でもどうぞ』


 ムカつく。でも立ち上がろうとしたら再び閃光。橋の下にいると分かっていても、目は瞑ってしまうし音に悲鳴を上げてしまう。


『おいジュリア! プスが』

「……はっ、プス!」


 自分の恐怖感情ばかりにとらわれて忘れてた! バッグの中にはプスが逃げ込んでいたんだった!


「プス!」


 プスがフェンス下をくぐり、橋脚の壁に身を寄せている。私は慌ててバッグの中身を拾い集め、プスに手招きをする。


 その間、悪魔は面白がって雷を落とし、私はその度に悲鳴を上げる。でも私から離れたらプスが狙われてしまう。気が気じゃなかった。


「プス!」

『アッハッハ! 僕に強がっていたのは何だったのかい』

「うるさいわねクソフルフル! 今はあんたなんか構ってる暇ないの!」


 プスのハーネスに付けたリードは、幸いにも私の手首から外れていない。まっすぐに伸びたリードを手繰り寄せようとするけど、プスはその場で踏ん張ったまま動かない。


「お願いプス、いい子だから」


 あまり引っ張ればリードが壊れるかも。もしリードが壊れたらプスはどこかに行ってしまう。野良だったから外を恐れないし、見失えばもう二度と会えないかも。


「プス、こっちにおいで」

『さて、そろそろ僕は退散するよ。せいぜい余生を楽しんでくれたまえ』

『ジュリア、落ち着け! 今はこいつを留めておかなければ』

「で、でも……」

『俺が時間を稼ぐ!』


 ディヴィッドが悪魔に向かって鎌を振り上げた。悪魔は笑いながらその鎌を躱し、ディヴィッドを挑発するようにくるりと回転して見せる。


『俺がこいつの逃走を止める! 人間相手に逃げるような下級悪魔なんか怖くないさ!』

『僕に向かって下級だと? 後悔するぞ!』


 悪魔は挑発に乗り、ディヴィッドを殴ろうと応戦を始めた。


「ああ、どうしよう! ちょっとディヴィッド!」


 害を成せないというのはあくまでも推測。もしかしたら何かを諦めてでもディヴィッドを傷つけるかも。

 かといって、悪魔を留めようにもこの場所じゃ三角形は作れない。私は空を飛ぶ事も出来ない。私に危害を加えられない以上、私を囮にすることも出来ない。


 傘を差し、裏に仕込んだ三角形を足元に置くなんて無理、角もない。せめて直線が……直線?


 このピンと張ったリードって、直線だよね?

 あと2本をなんとかしないと……そうだ!

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