Delinquent-07
「あー……ごめんなさい、その……死神って夜行性? 暗い所が好き? 例えば今日みたいな曇りの日や、こういった橋の下の方がいい?」
『質問の意図が分からないんだけど』
「この先、他の死神に教えて貰いたい事もあるじゃない? でも私は空も飛べない、壁もすり抜けられない。どこで会えるのかと、明るい屋外で他の死神さんを探し回っても無駄だったりする?」
『成程ね。我々にそんな制約は一切ない。でも君には死神が見えても、周囲の人は見えていないんだよね? 独り言で騒ぐ変な人と思われないために、必然的に人気のない場所を選ぶ事になるんじゃないかい』
「言われてみればそうね、ここもそうだし。参考にさせてもらうわ」
死神の話し方に関して、分かった事がある。
起きた事実に関しては、本当か嘘かを気にせずに話している。だけど弱点や誘導したい事に関してはハッキリと嘘を付く。その嘘をはぐらかすため、こうした方が良いのではないかと助言してくる。
親身になっているフリをして、巧みに騙そうとしてくる。
死神は快晴の空の下でも空を飛び回れる。
我々にそんな制約は一切ないと言ったのが嘘だとして、ディヴィッド達は確かに制約もないし大丈夫。我々に含めてごまかしたけど、悪魔は太陽の光に弱いんだ。
「それで、私はこうして生きてるわけなんだけど。どうしたら元に戻れるの? もしくはこれをやったら絶対に戻れないから気を付けろ、みたいなのはある? あなた知ってる?」
『俺か? いや、俺達は死神になった事で魂を刈る事が出来るからな。だがその……すまん、名前は何だ』
「あ、アンナよ」
『アンナは人の体のままだ。魂を刈る事が出来ないし、俺も助言が出来ない』
『そうだね、こういう事態は初めてなんだ。死神だから人を殺して生き返るのが筋なんだけどねえ』
悪魔はスパッと答えをくれない。私がここに来ると聞いた時から、この質問が来る事は分かっていたはずなのに。
「人を殺せば解決とでも? じゃあ死刑制度のない州に移り住むべきかしら。まあどのみち誰かを身代わりにするくらいなら私は諦めるけど」
『え? 生き返る事を諦めるのかい?』
「だって一生逃げ回る生活は嫌だし、死刑にならなくても終身刑で一生刑務所から出られない。私の家族だって何を言われるか。そんなの死んだも同然よ」
悪魔は少し驚いたようにも見えた。私の返答が期待通りのものじゃない、という事かも。
この悪魔は嘘で人を不幸にしたい、って事なのか、それとも人殺しをさせたいのか。
もうじき昼なのに、辺りはさっきよりも暗い。プスが落ち着かないし、飄々としている悪魔の不気味さに、演技ではなく足がすくみそうになる。
晴れた日ならジョギングやサイクリングの人も通りかかるんだろうけど、今日は誰も通らない。
『……本当はこんな抜け道、教えちゃいけないんだけどな』
「え? 誰かに言われたの? 大丈夫、秘密は守るわ」
『おかしいと思わなかったかい。死神という言葉を』
「おかしい?」
『神イエス・キリストがいるのに、何故死神という存在が?』
「あー……えっと、つまり?」
私は思慮深い女と思われちゃいけない。信心深くないし、言われた事をすぐに信じる。純粋な気持ちで質問をしているだけで、決して敵意はない。
そんな人間として認識されないと。
『僕はキリストの使いなんだよ』
「……えっ」
『あいつは自分で手を汚さない。だから神としてやるべき生殺与奪のうち、生・与だけを奴が行う。そうして崇められる。神としての仕事のうち、殺・奪を担う損な役回りが僕達死神さ』
凄いわね、ここまでもっともらしい嘘を付けるなんて。
こいつは神の使いではない。そして僕達死神と言ったけど、死神ではない。
「良く思われたいからって、汚い仕事を他に任せてるのね。崇めてなくて良かった」
『そうさ、奴は卑怯者さ! おっと失礼、このことは秘密だ。後で僕が何を言われるか』
一瞬、悪魔である事を隠せなくなっていたようね。こいつは神を憎んでいる。そして神は卑怯者ではない、って事ね。
あー信じなくてごめんなさい神様。もしも願いを叶えてくれるなら、ちゃんと信じるわ。叶えてくれないのなら、いないのと一緒だし。
『神の善行を、誰かの悪行が上回る時。神はそいつを排除したくなるだろう。そうなった時、神に条件を付ける事が出来る』
「条件?」
『ああ。神は自ら罰する事がない。その罰を与え憎まれる役目は僕達が担っている。僕達が神の言う事を聞かなかったら』
「……悪人が野放し。神の面目は丸潰れね」
「君がその悪行で目立つ事が、神に免罪符を貰う近道さ」
悪魔の話だと、50日以内に誰かの命を5人分刈らないといけない。そうしなければ死んでしまう。
神はそんな50日でどうせ死ぬ奴の条件なんて聞くだろうか。悪行をさせたいのであって、免罪符を貰う事は出来ない。
悪い事をしてはいけないのね。
この辺りで一度書いたものを見返す素振り。それで、ハッと気が付いたように、用意していた質問を投げかけた。
「そうだ! ねえ、誰か他の死神が刈った命を、私が譲ってもらって達成! ってのは無理なの?」
『それは無理だねえ、出来ない』
「えー? どうして? 死神が譲ってくれないから?」
『俺を見るな、俺は譲ってやった事がない』
悪魔はどんな嘘を付くのか。私はドキドキを隠しながら答えを待った。
『一度刈った魂は、手放す事が出来ないのさ』
手放せないのは嘘。説得に応じて手放した死神達がいるし、手放したらすぐに相手が目覚めたって証言した死神もいた。
抱えたまま消滅された場合でも、50日後まで目覚められないというだけ。そこまでは確認済み。
「えっと、こっちの死神さんに教えてもらったやり方だと、5人の魂を刈るか、一番大切な人の魂を1つ刈るか、だよね」
『そうだねえ、それ以外に方法はないねえ』
「そんなに人を殺してしまえば元に戻れなくても死刑よ。もし私が失敗したらどうなるの?」
『死んでしまうよ、とても悲しい事だけれど』
「じゃあどうせ死んじゃうって事よね。……人を殺すなんてできないし、それなら悪い事をしないで余生を過ごすわ」
死んでしまう、それは嘘って事よね。
5人の魂を刈る、大切な人の魂を1つ刈る。それ以外に方法が……あるってこと?
その方法が知りたい。私はどうすれば……
『俺からも質問をいいだろうか。一番大切かどうか、自信がない場合はどうすればいい』
『手っ取り早く心当たりを刈る事をお勧めするよ。もしくは後4人分を刈るか』
「ちょっと、人の命をそんな簡単には扱えないでしょ」
『そう言われてもねえ。蘇るというのは、それくらい難しい事なんだ』
『成功したかどうか、その場で分かると考えていいのか? 1人分は持っているんだが』
ディヴィッドが予定通りの質問を投げかけた。彼が魂狩りに成功しているかいないか、今この瞬間に分かる質問を。
『5つ揃えたらいいだけのことさ』
『俺が最も大切に思う1人の魂を刈ったら、その場で蘇る事が出来るんだろうか』
『値するかを判断するのは僕だ。僕のところに持っておいで。まあ……』
そう言うと、悪魔はゆっくりと後ろに下がった。
『君達のような奴を見るのが最高に愉快でやっている事さ。5つだろうが1つだろうが、どうでもいい』
「あ、あんた……」
『アッハッハ! 愛する2人が悩み、絶望し、希望という幻を見る! 楽しませて貰ったよ!』
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