Delinquent-06
* * * * * * * * *
「どうしよ、上手くいくかな」
『上手く行かなかったら別の方法を試す。日数はまだ残っているからな』
「……これでお別れなんて、この会話すら覚えていられないなんて、絶対に嫌だから」
「ひゃーん」
「プス。私はあなたにも何この猫どうしたの? なんて言いたくないわ」
シャワーを浴びて薄めにメイクをし、薄いブルーのワンピースを着て白いベルトを締めたら準備は終わり。足元は悩んだ結果、白い厚底のブーツサンダルを選んだ。
明らかに流行とは違う恰好。おそらく過去に流行った事はないだろうし、むしろどこか懐古的かもしれない。
天気は良いと言えない。青空は灰色の雲のはるか上。その雲も心なしか低くて、西から東へとあっという間に流れていく。きっと昼過ぎにはまた雨が降り始めるんだろう。
『懐かしい格好だな』
「そうね。私がディヴィッドと出会った日に着ていたワンピースだから」
『だが、どこか違う……髪型、じゃない?』
「うん、髪型も違ってる。あの時はおでこを出してた。あとベルトと靴が黒かった。でも違うって気付いてくれて嬉しい」
ディヴィッドは目覚めても事故からの記憶を失う。もしかしたら私も今日この後、無職になってからの日々の記憶を失うかもしれない。
だから、私は今日またディヴィッドと出会い直すつもりでこの服を選んだ。
コツコツと日記に2週間ちょっとの事も書き記した。その日記は私の鞄の中。悪魔をやっつけて、その瞬間に記憶を失くしても、私はこれで状況を把握できる。
「……」
『緊張しているな』
「そりゃそうよ。あなたを失うかどうか、運命の瞬間に向かって歩いているんだから」
『……今はその緊張感が良いと思う。死神が見える事への不安と受け止められる』
「そうね、今の私は何も知らない無職のか弱い女」
『かよ……。まあ』
「何で途中で止めたの」
『沈黙は肯定だ』
そうやって私の緊張をほぐしてくれるのね。
ディヴィッドがブラックを名乗っていた時と、何にも変わらない。自分が死の淵にいるというのに、私の心配をしてる。
どんな時も私の事を気に掛けてくれて、私を幸せにしてくれる。
こんなディヴィッドが野生の鹿が現れたせいで事故死?
死神に狙われたせいで目覚める事なくこの世を去る? 納得できない。
何でも諦めがちで、ちょっと性格が……だいぶ性格が悪かった私への罰だとしても、ディヴィッドが犠牲になるのは違う。
「どれか1つでも成功すればいいんだもんね。プランそのEまで考えたんだから、どれかいけるはず!」
『まずどれからだ』
「これ」
鞄の中には、さっきホームセンターで買ったグッズ。私が取り出したのは、5メートルまで測れるメジャーだ。パッて伸ばして、コーナーにいる悪魔の目の前で……
「こうするの」
幅数センチのメジャーを伸ばして、三角コーナーのように空間を仕切る!
何を測る道具なのか全然分からないけど、なんだかシュって出せたら出来る女っぽいかなと思って買ってみた。
『……プランBはどれに?』
「これね」
取り出したのはシールテープってやつ。ミシンのボビンみたいなやつに巻きつけられた、粘着性がないテープ。
これを地面にさっと転がして、コーナーにいる悪魔の足元に三角形を作り出す!
何のためにあるのか全然分からないけど、これだって思ったの。白くてなんだかすべすべしてて、これいいなって。ミイラに巻きそうな感じ。
ミシンのボビンか紙テープを探してたんだけど、先にこれを見つけたから。
『プランCは……それか』
「うん。傘の裏に三角形を描いたやつ」
死神に近寄って、差してる傘を地面に向け、内側に描いた三角を悪魔の下に差し込む!
悪魔が宙に浮いている事が前提で、明らかに動きを怪しまれるのが欠点なんだけど、場合によってはいけるかもと思って。
『プランDの順番をCの前にした方がいいんじゃないか』
「そうかな。まあ、パッと出来るから、隙を伺わなくてもいいってのは理想ね」
お次はなんか赤い光が出るレーザーポインターってやつ。
大学のお爺ちゃん教授がスクリーンの文字をこれで追ってたのを思い出したの。
まあ手が震えていてどの文字を指していたのか全然分からなかったけど、光で線を作ってもアリかな? って思って。
『そして、プランEが俺というわけか』
プランEは、ディヴィッドが着ている辛気臭い服のほつれを利用。私と死神が話している間、ディヴィッドがばれないようにコーナーを広く使った三角を作り出す!
『全部その、思い付きってところが不安なんだが』
「そう? 直感って大事じゃない?」
『ジュリアの直感に頼って、何度ドライブ中に迷ったことか』
「それで私の直感を信じずにナビ通りに進んだ結果、どうなったのよ」
『……ナビの地図が古かったのか、道が変わって行き止まりになっていたな。ごめん、ジュリアの直感を信じよう』
ナビは未来の道までは教えてくれない。最新の地図通りに進んだら鹿が飛び出して事故して命の危機に。
私の直感で道に迷っても、元の道には戻れた。私の直感が一番優秀。
「プス、おトイレ大丈夫?」
「……」
「うん、そうね。分かった」
『何を考えてるのか、分かるのか』
「沈黙は肯定」
プスにはハーネスを付けての散歩。100メートルも歩かないうちに私の肩に飛び乗ったり、バッグの中に潜ろうとしたり。
大事な話し合いに猫を連れてくるような緊張感のない女なら、悪魔も少しは呆れるかと思って。
指定場所までは片道2キロ。30分歩くのは面倒でも、猫と一緒にトラムやバスに乗るわけにもいかない。少し汗ばんできた頃、ハイウェイの下をくぐる道に差し掛かった。
『ハイウェイの下をくぐった先で、河川敷の橋の下へ』
「わ、分かった」
片側2車線の道路が走る通りは、市内を横断する川を渡る。その橋の下が待ち合わせ場所。川沿いの道から土手を下る階段で遊歩道に出ると、その100メートル先に橋の下の薄暗い空間があった。
晴れた昼間なら、橋の下だって十分明るい。だけど今日の天気は悪魔向きみたいね。そこには真っ黒な何かが佇んでいた。
「……あれね」
『ああ。不審そうにしていい。だが勘付いている事は悟られないでくれ』
「わ、分かった。私だけじゃ不安だから、助けてね」
いよいよ私の、私による、私とディヴィッドのための悪魔祓いが始まる。ついでにもしこいつがいなくなれば、もうそそのかされて魂を刈るような死神気取りもいなくなる。
私よりも先にディヴィッドが橋の下へと飛んでいく。私は曇りなのに日傘を手に持ち、ゆっくりと近付いた。
『待たせた、これが話していた女性だ』
「……あ、あの……初めまして」
ディヴィッドが私を紹介すると、悪魔はフードに隠れた顔をこちらに向けた。
『驚いた、本当に僕の事が見えているのだねえ』
「あ、ああ、ええ……その、あなたも、その……」
『そうさ、死神さ。この辺りの死神達をまとめている』
私が想像していたのは、地を這うように低い声と、身震いするような威圧感。だけど、目の前の悪魔は予想に反して朗らかな口調だった。
「あ、あの、私……ど、どうしてこんな事に」
『おや君、説明したと言っていたよね』
『俺の説明で信じるくらいなら連れて来ていない』
『それもそうか。まあ端的に言うと、君は他の死神から魂を刈られたんだねえ』
「え、でも私生きてますけど」
『刈られ方が十分じゃなかったって事かもねえ』
「ど、どうすれば、いいんでしょうか」
悪魔は嘘を付く。その前提で話を聞くと、言葉の全てがヒントになる。
私は熱心に聞くふりをして、日記の真っ白なページに書き取りを始めた。
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