Delinquent-04



 もうすっかり暗くなり、病院の中も静かになっている。看護士が様子を確認している間も、私達は5人で今後を話し合った。


 ディヴィッドが死神となってここにいるって事は伝えなかった。


「神頼みなんて、失望するくらいやり尽くしたわ。その、本当に……その」

「悪魔祓い」

「ええ、それよ。悪魔祓いなんかでディヴィッドを目覚めさせる気?」

「勿論です」

「ジュリアはこの1か月弱、色々と調べ上げて、意識不明だった人の行動から不安材料を取り除き、目覚めさせた実績があるんです」


 ああ、ローリ。確かにそれはその通りだけど、一気に胡散臭い話になってしまったから、私の能力の事は黙っていて欲しかったのに。


 案の定、おじさまもおばさまも町に現れたチンパンジーでも見るかのような表情。


「あー……その、オカルト的な話ではないんです。私は可能性を1つ1つ検証しただけで」

「そう、オカルトとか、幽霊が見えるなんて話じゃないんです。ジュリアは生まれてこの方、日曜日のミサに1度も参加した事がないくらい、そういうのには疎いんで」

「1度もなんて言ってない。10歳まではクリスマスの時期になると聖歌隊でお菓子を貰うために通ってた」

「日曜日に?」

「……そうね、確かに11月からの毎週金曜日の夜だったわ。私は日曜日のミサには行ってない」


 自分がどれだけ信心深くないかを熱弁しなきゃいけないなんて、こんな日が来るとは思ってもいなかった。

 私こそ、こいつと息子を結婚させていいのか? と思われそう。


『話がズレているが、どうする。俺の現状は伏せたままで事を進めるのか』

「それしかないでしょ。頭がおかしい女と思われたら、アンナを呼び戻して手術の日程を早めるかも」

「ジュリアさん?」

「あ、ああ、ごめんなさい。何でもないんです! ふふふっ」


 とにかく、5日待ってもらう事は承諾してもらえた。私をまた受け入れてもらう事にも成功した。ここに来た目的は期待以上に達成できた。

 仲良くなるのは大事だけど、今はそんな悠長な事はしていられない。作戦に対して、おじさま達に手伝って貰える事は何もない。


「それじゃあ、私達はこれで。また来ます」

「有難う、ジュリアさん。エリックくん、ローリさんも」

「あまり気を張らずに待ちましょう? 必ず目覚めますから」


 私達はおじさま達に挨拶をし、病室を後にした。仕事帰りに慌てて来たと思われる女性とすれ違いつつ、夜間出入り口を出ようとした時だった。


『ジュリア、ローリに手伝ってもらうのはやめた方がいい』

「まあ、妊婦に無理して欲しくないし、私もそれは賛成だけど」

『それだけじゃない。この界隈では人の魂を刈らなくても生き返れると知れ渡ったが、知らない者もいるんだ。妊婦は狙われやすい』

「まあ、確かにそうね。体調を崩している時なんて、2人分になるもの」


 エリックとローリには十分過ぎるくらい手伝って貰った。こうして私とディヴィッドの危機も救って貰ったし。ここからは私がやらなくちゃ。


『ローリには出来るだけ人が多い所か、病院の中で過ごす事を心がけて貰ってくれ。悪魔を退治するまでの数日、俺やジュリアは奴に目を付けられる』

「一緒に行動していたら危ない、って事ね」

『病院は弱った奴も多いが、死神が既に魂を刈った者も運び込まれている。二重狩りは失敗扱いだし、回復している者を刈っても失敗だ。通常は病院を狙いたがらない』

「ジュリア、何かあった? ディヴィッドは何て言ってんの」


 暗くてスカスカの駐車場は、エリックの赤いスポーツカーがよく目立つ。まっすぐ車目掛けて歩いている間、私はローリに会話の内容を伝えた。


「まあ、確かにこれ以上あたし達が手伝える事って、ないもんね」

「おれも日中は仕事だし、ローリは実家に帰っていてもいい。数日は誰かが一緒にいた方が安全だろ」

「そうね、ちょっと考えとく。本当に送らなくて大丈夫?」

「うん、大丈夫。反対方向だし、プスの好きな缶詰を買って帰るから」


 ローリ達と別れ、私はディヴィッドと共に敷地を出て大通り沿いを歩く。悪魔に私の協力者の存在を知られたくなかったんだ。

 バスを待ち、家の近所まで結局40分かけてまっすぐ帰った。缶詰を買うと言ったけど、このメイクでこれ以上に知っている人と出くわすのは嫌だもん。


「ひゃーん、ひゃあーん」

「ただいま。あー可愛い! お利口にしていたのね」

『俺は悪魔の奴が潜んでいる地下水路へ行ってくる』

「……1人で大丈夫?」

『他の死神達も、助言を聞くつもりで会いに行く事がある。俺は正体を知ってしまった、それだけだ』


 地下水路? え、やだ! まさか下水道って事!?

 ディヴィッドに具体的な場所を教えてもらうと、そこはまさかの場所。


「……何でここにきてワークスを思い出さなきゃいけないの」


 地図で示された場所は、あの閉園したワークスの前の通りの地下だった。私にとっては忌まわしい事この上なし。雷に撃たれた歩道橋の真下と言ってもいい場所。


『あの場所はまだ新しい。他所よりもマシだと思う』

「……そうね、地下なら雷に撃たれる事もないし」

『明日、ジュリアを連れてくると伝える。悪魔に本当の名前を教えるのはまずい気がするから、偽名を使っておく』

「じゃあアンナって言っといて」

『分かった』


 そう言うと、ディヴィッドは私にハグをして外へと消えて行った。


「私が悪魔を油断させて、ディヴィッドが奴の首を狩る……。ディビッドの鎌は本当に悪魔に通用するのかな」


 死神を操る悪魔が、死神の反乱を想定していないわけないよね。だとしたら……どうやって倒せばいいの?

 誰にも憑依していないからエクソシストの管轄外。誰かに憑依させるって訳にもいかないし、そもそも憑依するかも分からない。


「あー……今更ながら、ちゃんと聖書やミサの内容に興味を示すべきだったわ。悪魔って言われてもサタンとルシフェル以外、何がいるんだっけ」

「グルル……」

「分かんないよね、プスは天使だもんね」


 あー可愛い! 何で猫ってこんな可愛いんだろう。太ってても可愛いし、不細工でも可愛いと言われる。

おじいちゃんおばあちゃんになっても可愛いって言われる。痩せてたら心配されてご飯を貰える。


 返事しただけで可愛いって言われる。座っただけでお利口ねって褒められる。


「じゃなかった。あんたを撫でてる場合じゃないの、悪魔ってどんな奴がいるのか、調べなくちゃ」


 普段使わないパソコンの電源を入れ、悪魔について調べていく。個人のオカルトサイトやゲームの悪魔のページがずらっと出てくるけれど、中には神話や聖書を解説するサイトもあった。


「楽な世の中ね。悪魔とは何か、昔だったら次の日に教会に行くか図書館に行かなくちゃいけなかった。悪魔にとっても油断ならない時代かも」


 そんな事を呟いているうち、ソロモン72柱というキーワードが目に飛び込んできた。


「……72体もいるの? それで、死神を使役するような悪魔っているのかな」


 色々調べるうち、使い魔というのはファンタジーの話だって事が分かってしまい、5分と経たずに行き詰ってしまった。

 悪魔の正体を推測できるような事、何かあったかな。


「ディヴィッド達を死神だと信じさせて、魂を刈れば生き返れると嘘を付いて……いや、悪魔ってそもそも嘘つきだよね?」


 嘘つきと呼ばれる悪魔は確かにいるみたいだけど。それだけを頼りにってさすがにね。


「うーん、72体しかいない前提で探しちゃ駄目なのかな。いや……あれ? こいつって」


 ふと1体の悪魔の説明が引っ掛かった。


「嘘つき、稲妻、雷鳴……男女の、愛?」

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